第四章 全部、嘘だった
悪魔軍の拠点は退廃的だ。
色など何もない。
広がるのは灰色の大地。
根城にしているのは真っ黒な城。
領地の果てには黒い教会などの廃墟がポツポツとあるくらい。
広大な城の中にベルフェゴールの姿があった。
玉座のような豪奢な椅子に座る悪魔軍を統べる悪魔、その名はギュノシス。
その前にベルフェゴールは膝をついて彼の言葉を待っていた。
ギュノシスに問いかけられる。
「最近任務に積極的だと聞いているよ。順調かい?」
「はい、ギュノシス様。すこぶる順調です」
それを聞いてギュノシスは微笑んだ。
「そうか、君は怠惰のベルフェゴールだからね。任務に乗り気でないようなら別の悪魔に交代させようかとも心配していたけどそれなら良かった。
今後も引き続き任務にあたりなさい」
「承知致しました」
玉座の間を後にする。
そう、これは与えられた任務。
「天界追悼官を堕とせ」という内容のただの任務だ。
「ベルフェゴールちゃん、久しぶりじゃーん。どうなの?薔薇天使ちゃんとはどんな感じー?」
玉座の間を出ると軽い口調で声がかけられる。
彼の名はマモン。ベルフェゴールと同じ七つの大罪という階級の悪魔だ。
ベルフェゴールが司るのは怠惰、マモンは強欲を司る悪魔だった。
その姿は何百年も生きているにも関わらず少年のようだった。
性格も見た目のように軽薄ですぐ人の物を欲しがる強欲さを兼ね備えていた。
初めはベルフェゴールの任務さえ「俺がそれやりたい〜」とダダをこねる始末だったが任務内容的にマモンには務まらないとギュノシスの一言で諦めた経緯がある。
その為任務の経過が気になるのだろう。
「順調だよ」
ベルフェゴールは壁にもたれながら笑った。
「もう俺にかなり心を開いてる」
「へぇ?」
「昨日はキスまでした」
「さっすが、ベルフェゴールちゃん!天使如きに情なんてわいてないよね、立派な悪い優男〜」
そう言われて少しだけドキッとした。
情なんて、湧いてなんかいない。
一人の天使の小娘如きに。
そう、これは全て任務だ。
ギュノシス様から与えられたもの。
だから俺はアンナなんか愛していない。
ただ彼女が望む言葉を与えてやってるだけ。
「いいなぁ、その「相手の望む言葉がわかる」能力!それとベルフェゴールちゃんのルックスがあれば薔薇天使ちゃん一人堕とすのなんて簡単だよねぇ」
ねぇねぇ、なんていう言葉を薔薇天使ちゃんは望んでたの?
『その眼帯、似合ってるよ』
アンナが求めていた言葉はこれだった。
死期が見えるという神意。
そのせいで大切な友人を失ったと聞いていた。
その時から薔薇の眼帯で右目を封じているとも。
もう誰の死も見ないように。
「んー、ナイショ」
「えー、ベルフェゴールちゃんの意地悪〜」
「俺、今日も任務で例の薔薇天使ちゃんに会いに行かないといけないからもう行くよ。マモンも任務頑張れよ」
そう言うと「あいあいさ〜」とマモンは姿を消し、廊下にはベルフェゴール一人が残される。
先程マモンが言った通り彼の能力は「相手の求めてる言葉がわかる」もの。
ベルフェゴールは最初から任務のためにアンナに近づいた。
だからアンナのコンプレックスにも優しい言葉をかけた。
全ては計算の上だった。
ベルフェゴールは廊下でポツリと独り言を呟いた。
「だけどなーんか嫌なんだよね。
アンナの泣き顔だけは見たくない気がする。嫌な気分」
この感情はなんなんだろう。
あの時、アンナの笑顔を見て感じたものは一体何だったんだろう。
今まで任務で数々の天使たちを堕としてきた。
今回もいつもと同じだと思っていた。
それなのにこんな感情を抱くのは初めてでベルフェゴールは戸惑った。
違う。
アンナを愛おしいと思うのは任務の一環だ。
少し可哀想な天使に同情してしまっただけだ。
そう自分に言い聞かせる。
彼もまた気づいていなかったのだ。
自分がアンナに恋をしたということに。




