第二章〈前編〉 死神と呼ばれた日
その夢は何度忘れようとしても私を赦してくれない。
大切な人を失った日。
私が初めて自分の神意を呪った日。
――エミリアが死んだ日。
それはまだアンナが神意を賜ってそう間もない頃だった。
アンナには幼い頃から友人と呼べる天界追悼官がいた。
名前はエミリア。
アンナより歳上のエミリアのことをアンナは姉のように慕っていた。
エミリアの神意は戦いに特化したものだった。
エミリアが傷を負って帰ってくるたびにアンナは心配で泣いてエミリアを困らせたものだった。
「…いや…見たくない…」
この先は見たくない。
思い出したくない。
だが夢は非情にも続きを見せることをやめない。
ある日いつものように起きてエミリアの姿を見つけたアンナは「エミリア!おはよう!」とアンナより逞しいその身体に飛びついた。
「わっ、びっくりした!アンナおはよう」
そう振り返りエミリアがいつもの笑顔で笑ってくれる。
だがその瞬間。
アンナの右目に鈍痛が走った。
目が、痛くそして熱い。
ドクドクと鼓動のように右目が疼く。
「アンナ?アンナ!大丈夫かい?!」
思わず右目を抑え座り込んだアンナの顔をエミリアが覗き込む。
「ん…いきなり右目が痛くなっただけ…ちょっと落ち着いたみたい。心配かけてごめんね」
と右目を抑えていた手を離しエミリアを見た瞬間アンナはハッとした。
大切な、エミリアの顔が真っ白にぼやけていた。はっきりと昨日まで見れていたはずのその顔を見ることが出来なかったのだ。
アンナは震えた。
『あぁ、またなのか』と。
「…エミリア、今日も戦いにいくの…?」
「…?あ、あぁ。勿論。私の神意は戦いに特化したものだから。この力で神の為に戦わないとな!」
「お願い、行かないで!!」
思わず叫んでいた。
周りの天使たちが「何事か」というように二人を見つめていたがそんなことどうでも良かった。
「アンナ…?そんな我儘言うなよ。今日も私の神意を前線で待ってる天使たちが沢山いる。
私が戦わなきゃ悪魔軍に負けてしまうんだぞ?」
エミリアは震えるアンナの手をそっと握ってやる。
少しでもアンナが落ち着くように。
「ダメ…行かないで…エミリアが死んじゃう…」
その台詞にエミリアは目を見開いた。
「アンナ、そんなこと冗談でも言うな」
思わず口調がきつくなる。
「違うの…今私の神意が見せたの…。このままだとエミリアは今日死んじゃう…」
あぁ、まただ。
視える。
見たくもない未来が。
私の右目は――その人の死を映してしまう。
その人の死期がはっきりと手に取るようにわかってしまう呪われた神意。
「どうした?」
「ほら、また薔薇の追悼官よ」
「また死期を見たのか」
「次はエミリアですって。可哀想に。自分の死を伝えられて冷静でいられるはずないじゃない」
周りにいた天使たちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
繋いでいたエミリアの手が冷たい。
その顔を見上げるもアンナには白くぼやけてエミリアがどんな顔をしているのか見えなかった。
「アンナ…」
しばらく無言だったエミリアが口を開く。
「それでも行く。私は天界追悼官で悪魔と戦うことが使命であり任務だから。さよなら、アンナ」
「…っ!エミリア!?」
手を振り解かれエミリアはアンナに背を向ける。
「アンナの神意はまるで呪いだね。自分の死ぬ日なんて知りたくなかった。私にはあんたが今まるで死神に見えるよ」
冷たいエミリアの声にアンナは涙した。
伝えなきゃよかった。
周りの天使たちの言う通りだ。
自らの死期を知って、どんな屈強な戦士も冷静でいることなんてできないだろう。
「違うの……違うのエミリア……!私は貴女を助けたかっただけなの……!」
「さよなら、アンナ。もう二度と会うこともないだろうけど」
こうしてアンナとエミリアの長年続いた友情はいともたやすく終わった。
アンナがエミリアの死期を見てしまうという最悪の方法で。
そしてその日の戦場でアンナはエミリアの死体を見つけるのだ。
身体は傷だらけで血塗れで、苦悶の表情のエミリアの死体を見つけてアンナは決意した。
「もうこの神意を人に伝えるのはやめよう」と。
これまで散々仲間の死期を見てきた。
尊敬していた長官様方。
仲良くしていた同期の天界追悼官。
その度右目と同じくらい胸が痛んだ。
いつもは何も言わずにいたがエミリアへ黙ってることがどうしても出来なかった。
大切な人だったから。
慕っていた。
大好きだった。
貴女には死んでほしくなかった。
貴女のこんな姿は見たくなかったの。
エミリアの手を胸の前で組ませ目をそっと閉じさせる。
白薔薇を手向け祈った。
『あぁ、神よ。どうかエミリアが来世では戦いのない幸せな世界に生まれ変わりますように』と。
エミリアの身体から抜け出た魂にそっと触れ胸元から身体の中に回収する。
そうして戦場を歩き回り回収した魂を天界へ持ち帰る。
これがアンナに課せられた任務だ。
死期を見て。
死体を探し。
白薔薇を手向け。
魂を回収する。
あぁ、まるで本当に死神のようだと自嘲した。
こんな神意はいらなかった。
これは祝福なんかじゃない。
呪いだ。
雨が降り始めた。
それはとても冷たくアンナの身体を冷たくする雨だった。
雨に打たれながらアンナは決める。
こんな神意は封じてしまおう。
もう誰の死期を見ることもないように。
そしてアンナはエミリアを失ったこの日を境に右目を白薔薇の眼帯で隠すようになる。
これがアンナにかけられた神からの呪い。
アンナの忌む神意の全て。
朝起きると枕が濡れていた。
あんな夢はもう見たくない。
でも右目がそれを赦すことをしてくれない。
「エミリア…ごめんなさい。大好きだったよ。
今日も私、頑張るから見守っていてね」
そして白いドレスを身に纏い、白いブーツを履く。
髪を結びチョーカーをつける。
そして最後に白薔薇で出来た眼帯をつけた。
もう何も見なくて良いように。
もう大切な人を傷つけないように。
そして今日もアンナは戦場に向かう。
天使軍と悪魔軍の戦いは激しさを増している。
迷える魂を導く為に。
世界は優しく作られていないのだから。




