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第一章 白薔薇の天使と黒翼の悪魔



その天使は、今日も戦場で死者に花を手向けていた。


白薔薇のアンナ。

それが彼女の名前だった。


彼女は戦えない。


何百年も続く天界と悪魔の戦争の中で――ただ一人。

剣を持つことも許されず、戦うための神意も持たない天使だった。


一人の天使であるその少女は白いドレスとブーツを身に纏い、その右目は白薔薇の眼帯に隠されている。

唯一見える左の瞳は澄んだオーシャンブルー。




アンナに与えられた役目は戦うことではない。

死者の魂を導くこと。


天界軍と悪魔軍はもう何百年も戦い続けているのに。

天界追悼官であるアンナは戦う術を持っていなかった。


彼女の任務は戦場で散っていった死者の魂を集め天界へ連れ戻すこと。


毎日。

毎日。


死者に白薔薇を手向けの花として捧げ、祈りを捧げる。


「よく頑張りましたね、もう辛いことも苦しいこともありませんよ」と声をかける。


もうこの声は届くことはないと知っていながら。


戦場で優しくアンナは死者に白薔薇を手向ける。


周囲では天使兵が戦っているにも関わらずアンナは戦えない。


戦うための神意を神は彼女に与えなかった。

代わりに彼女に与えられたのはある特殊な神意だった。




本当は私だって剣を取りたかった。

誰かを守る力が欲しかった。

尊敬する上官様のように誰かを救える存在になりたかった。

なのに私に与えられたのは戦う力ではなく死者を送る役目だけ。


どうして。

どうして私だけ。


こんな戦争は早く終わりにしたいのに。

私にも強い神意を与えてくださったなら良かったのに。



同僚や尊敬していた上官様の死体を見つけるたびにそっと花を手向けた。



「また薔薇の追悼官か」

「戦えないくせに」

「神意持ちなのに役立たず」

「まるで死神のようだわ」


そんな陰口は日々アンナの心を傷つける。


それでも。

自分の任務はこなさなければならない。

出ないと死者の魂が迷子になってしまうから。


そうなれば魂は行き場を失い永遠に彷徨うことになる。

そんな可哀想な魂を出さない為に、今日もアンナは戦場で死者に祈り続けるのだ。



そんなある日。

いつものように祈っている際背後に殺気を感じた。

慌てて振り返るとそこには一人の悪魔兵の姿。


「その羽。その姿。お前天使追悼官だな」

「…あ…」

恐怖のあまり足が震える。立つことが出来ず逃げようとすら思えないほど思考がおぼつかない。


こちら側は天界軍の領地内のはずなのに。


アンナは生きている悪魔に出会ったのはこれが初めてだった。

いつも出会う悪魔はもう既に事切れている死体ばかりだったから。



「追悼官は俺たちの敵だ。始末するように言われている」


悪魔が剣を振りかぶる。

それをただ見つめることしか出来なかった。




私が死んだらどうなるんだろう。

まだたくさんの魂が私を待っているのに。


あぁ――

私、死ぬんだ。



剣が振り下ろされる瞬間。

目を閉じた。


でもいくら待っても痛みも衝撃も襲って来ず、アンナはおずおずと目を開く。


するとそこには先程の悪魔と違うもう一人の悪魔がいてアンナは目を見開く。


アッシュグレーの長い髪。

金色に輝く瞳。

黒いジャケットを身に纏い、背には真っ黒な羽を携えた青年だった。


その顔はこれまで見た悪魔軍の誰よりも優しそうに見えた。


彼がもう一人の悪魔軍の剣を片手で受け止めている。

腕からは血がポタポタと流れ落ちていた。


「…ベルフェゴール様…?!」

「なにしてる?ここは天界軍の領地だろう?戦争はまだ終わってない。早く自分の持ち場に戻れ」

「ですが…せっかくの天界追悼官を葬り去るチャンスです…!」

「俺の言うことが聞こえなかったのか?俺は「戻れ」と言ったんだ」


温度の下がった声に悪魔軍は顔を蒼ざめさせ「承知しました…!」と去っていった。



「あ、あの…ありがとうございました…。助けて頂いて…」


「んー?別に気にしなくていいよ。

それにさ、こんな場所で天使一人死なれたら面倒だし?」

ニヤッと青年は笑った。


「ベルフェゴール」と呼ばれた悪魔はアンナにそう言って腕から流れる血をペロリと舐めとる。



「血が…!私のために怪我をさせてしまいすいません…!」

「これくらい平気だよ」

「ダメです…!」


アンナは自分の着ていた白ドレスの裾を破り彼の腕に包帯代わりに巻いていく。


「…いいの?綺麗なドレスなのに」

「私の服なんかより貴方の怪我の方が大事です…」


ポロポロと涙が溢れていく。

その涙をベルフェゴールは指でそっと拭ってくれた。


「…君は変わった天界追悼官だね。ねぇ、名前を教えてよ。俺の名はベルフェゴール」

優しく微笑まれアンナは困惑した。


天使と悪魔は相入れないもの。

それは永遠に変わらない。


それなのにこの青年はまったくそんなこと気にしていない、というようにアンナに接してくれたから。


『この悪魔の青年は悪い人ではないのかもしれない』


天使にも様々な性格の天使がいれば悪魔にも様々な性格の悪魔がいてもおかしくない。


彼は優しい悪魔なのではないか、と純真無垢なアンナは思った。


だって私を助けてくれたのだから。

だってこんなに優しい顔で微笑んでくれるのだから。


「私の名前はアンナ。通称「白薔薇のアンナ」です」


そう言って少しだけ微笑む。



それが二人の初めての邂逅だった。

戦場で出会った白と黒。

本来交わることの出来ない種族の高い壁。




これは――


天使と悪魔。


決して結ばれてはいけない二人が紡ぐ、

甘く、そしてあまりにも残酷な恋の物語。


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