肆
篝火から火の粉がパチンと落ちる。赤く燃え広がる炭が電灯のように光っていた。冷たい風が吹きすさぶと、一人の男が篝火近くにある橋をきしませた。
「あいつさえ、いなければ……俺はこんなことにはならなかったはずだ」
ずるずると狩衣の裾を引きずる男の体にはたくさんの包帯が巻かれていた。頭のてっぺんから足のつま先まで白い包帯に包まれた男。木乃伊男が羅城門の前に佇んでいた。真っ暗な門の前に松明を持って現れた。草履をひきずるように歩き、周りの者たちを恐怖に陥れる。幽霊でも妖怪でもない。正真正銘の人間であることが間違いない。だが、ぐるぐる巻きにされた体を見た者たちは、恐れおののいて近づこうとはしない。目を合わすこともできない。孤独な人間だった。
「やっとここに辿り着いた。さぁ、どうやってしまおうか、なぁ!??」
誰かに声をかけたわけじゃない。気合を入れて、大声を出す。門番が不審な男を発見すると、じりじりと近づいてくる。
「……何者だ。身分を明かせ」
「俺か!? 見れば、分かるだろう。ほら、よーーく見て見ろよ」
武器は持っていない。腰に身に着けていたのは1本のぼろぼろの箒。門番もあまり警戒はしていなかったが、その言葉ひとつに持っていた横刀を構えた。
「くっ……貴様、何をする気だ」
にやりと笑うと、ぐるぐる巻いていた包帯を上半身全て、剥がしとった。この体を直視できるのかと見せつけていた。見るも無残な全身大やけどの姿。どうやったら、こんなに体になるのかと2人の門番は同情の目で見ていた。
「……見たな、見たなぁ!! 俺様の体を。こんなにも傷を負ってもまだ生きてやがるんだ。さぁ、こんな俺様にしたのはどこの輩か分かっているのかぁ?」
「そんな惨いことをするやつなんかいるのか」
「それは自作自演じゃないのか?」
「はぁ!? お前らは正気か? どこにわざわざこんなやけどをする奴がいるんだよ! 犯人は分かっているんだ。術師だかというやつらと聞いている。変な術を使って炎を飛ばすって話だ。どこにいるんだ、早く出してくれ」
男は門番に詰め寄る。名前も知らない犯人に会わせろとしつこいくらいに責めよってくる。証拠などどこにもない。
「確かにここ平安京にはたくさんの術師の方はいらっしゃる。どの方か名前を言ってもらわないとこちらとしても中に通すことはできない。さぁ、どうするんだ」
「身分を明かすものを持ってこないとなおさら、中へ通すことはできないぞ」
「……ち、役に立たないやつらだ」
木乃伊男は、持っていた箒を剣道の竹刀のように構えて、呼吸を整えると、一気に攻め入った。2人の門番はあっという間に倒れ込んでしまう。今日は新月でさらに辺りは真っ暗闇と化していた。パチッと篝火から火の粉が飛ぶと歯ぎしりをさせる木乃伊男がいた。
「いちいち、パチパチさせるな! 目ざわりだ」
箒をぶんぶん振り回し、篝火を勢いよく、倒していた。
「これですっきりしたわ……」
篝火が倒れた先に橋があった。火の粉から少しずつ燃え移っていく。火が大きくなる頃には、橋は崩れてしまった。木乃伊男は橋が燃えようが、どうでもよかった。復讐の思いを消すことなく、先に進むのが先決と感じていたからだ。
「弱い門番で助かったな……これでよしと」
持っていた藁紐で、きつく門番たちの両手をしばりあげると、パンパンと手をたたいて平安京の奥の奥へと突き進んでいった。
―――― 一方、その頃、陰陽寮では
土御門 康成に憑依した土御門迅は、白狐兎の術により瞬間移動して、稲荷神社へと行ってしまった。平安京の陰陽師たちは土御門がいないと仕事が進まないため、探し回ることになっていた。朝起きるのは相変わらず遅いが、仕事はできるため、いなくなるとかなりの痛手になるようだ。
「土御門殿はどこだ?」
「昨夜までは書庫の方でお見掛けしましたが、今朝はどこにも」
「その話は本当なのか?」
「え、たぶんですけども」
「ほかの者から聞いた話では、唐橋で式神カラスと一緒だったという話もありました」
「なに!? どこが本当の話なんだ」
陰陽寮では慌てふためくことが多い。それは陰陽師たちは土御門を探すことで、忙しくしていた。
ふくろうの鳴き声が森から響いていた。今日の夜は長くなりそうだ。




