第7話。落ちて、消えた
「……メトラ?」
突然出た女性の名前に、片眉が上がる。
そんな様子を見たルナウが、両肩をすくめた。
「そ、メトラ」
「……誰だよ、それ」
「それは言えない。言っていいって言われてないからな」
その言葉にぐっと詰まる。
メトラ――今までのことを振り返っても思い当たる人はいない。俺の記憶にある女性と言えば、村のみんなと冒険者ギルドでお世話になった人たちだ。そこにメトラなんて人はいない。
考えすぎて頭が痛くなってくる。ちらりと視線を上げると、ルナウはこちらの様子を気にすることなくパクパクとメシを食っている。そうだ、メシ……
ひとまずメシを食おう――そう思った時、目の前のパンが一つルナウに取られた。
「あ……」
おもわず声を上げれば、目の前でニヤリとルナウが笑う。途端
「痛ッ……!」
突然また石が落ちて、ルナウに当たった。
見れば先程落ちてきたものより一回り大きな石だ。
「お、おい、大丈夫か……?」
おもわず近寄って頭を触る。たんこぶができてるぐらいなら大丈夫だろう。……というか、あんな石が当たってたんこぶ程度ってそれもどうなんだろう。コイツもたいがい丈夫なヤツだな。
「……ッ! いいって、触んな! 大丈夫だよ」
いつものことだから――そう言って払われた手に、顔が引きつった。
「いつものことって……」
どういうことだ?
自分で顔が険しくなるのが分かる。その俺の様子を見てか、「あー……」と言わんばかりの表情になったルナウがため息を吐き、
「そんなんじゃない。お前が思ってるようなんじゃねぇよ」
そうあきらめたように零した。
……どういう意味だ?
はぁともう一度ルナウがため息を吐いた。
「俺はさ、こんな感じだからすぐ怒られるんだよ」
自分に正直に生きてるだけなんだけどなぁ……そう呟く姿に、意味が分からず首をかしげる。
「怒られる? 誰にだ?」
親にか? そう思った途端、返ってきたのは予想と違う答えだった。
「メトラとか。あとバーロンさんとかかな」
「メトラ? バーロン?」
誰だよ、そりゃ。
「……親、か?」
そう聞けば、目の前の顔がポカンとした。
「親? そんなモン、もうだいぶ会ってねぇよ」
「だいぶって?」
「ええー……。だいぶってだいぶだよ。ンなん覚えてるワケないじゃん。
ここ来てどんだけ経ってるかも分かんねぇんだからさ」
ドクリと、心臓が音を立てた。
『ここ来てどんだけ経ってるかも分かんねぇ』?――つまり、コイツも俺と同じ、よそから来てここにいる人間……いや、獣人だっていうのか?
ゴクリと、つばを飲み込む。
「……お前は、どうしてここにいるんだ?」
そう聞けば、ルナウがムッとした表情を浮かべた。
「……なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ」
「知りたいんだよ、俺が」
「お前が知りたいからって俺がお前に言う必要あんのか?」
……もっともだな。俺が知りたいからって、俺がこの状況のヒントが欲しいからって、聞いていいことではないのかもしれない。だが……
「……落ちたんだよ、落とし穴に!
~~~ッ、ンなこと言わせんじゃねぇよ! 恥ずかしいだろうが!!」
…………。
どう言えば、どう頼めば教えてもらえるのか。
必死に考えようとした次の瞬間、顔を真っ赤にしたルナウが叫んだ。
(ええー……)
開いた口が塞がらない。お前、そんなんで良いのか……?
「……悪ィ」
「謝ンな! 余計悪いわ!!」
耳を覆って首を振るルナウを見て、その子供か村にいた弟分かに思えるような態度にちょっと引く。
「……なんで落とし穴に? ってかなんでここに……?」
目尻に涙を溜めた(?!)ルナウがじとりとこちらを睨んでくる。
「ダンジョンに来る理由なんてお宝探し以外にあるのかよ?」
「ダンジョン……?!」
そう、ここはダンジョンだ。当たり前だ。そこに、お宝探しにやってきたってことは……
「お前、冒険者か盗賊か……?」
「盗賊なんて失礼なこと言うな! ンなことやってねぇ!!」
「す、すまん……!」
尻尾を逆立てて怒る様子に、慌てて謝る。
フンッと鼻を鳴らして、ルナウは逆立てた尻尾を収めてくれた。
「俺ァ冒険者だよ。元が付くけどな。
落とし穴に落ちてからは、ずっとここで世話になってる」
「……冒険者カードは?」
「ンなもん、とっくにどっかいったわ」
再び肩をすくめた姿に思い出す。
――ダンジョンで行方不明になる人間は多い。見つかればまだいい方で、大抵はそのまま戻らない。そしてダンジョンで亡くなった人間は、ダンジョンに吸収されてしまうというのが定説だが……
「お前は……ダンジョンに吸収されなかったのか?」
「俺は助けられたからな」
「誰に?」
「バーロンさん」
……また『バーロンさん』だ。
「……何者だ?」
「だから言えねぇって。言っていいって言われてないんだから。
でもバーロンさんとメトラ、あとみんなのおかげで俺はここにいる。それだけは間違いねぇ」
何故か胸を張るルナウの姿に首を傾げた。だが――そうだ、思い出した。ここは……
「ログ……『メトラ』……?」
そう、このダンジョン名は『ログ・メトラ』。
険しく高い山々が連なるガル・ルダ高地にあるダンジョンで、俺はここに採掘に来ていて、そして……
「お、気づいたか?」
俺の表情を見てか、ルナウが満足気に声をかけてきた。
「そう、ここは硬い岩石と鉱石のダンジョン『ログ・メトラ』。
メトラはそこの主だ……って、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
信じられない言葉を吐いたルナウが突然叫び声を上げて消える。あと遠ざかっていく「落とし穴はイヤだって……!」という声。
……呆然と、ルナウが先程までいた場所を見る。
そこには落とし穴があり……そしてゆっくりと、閉じていった。
目の前には、2人分の食事が載っていた盆――1人分はきれいに食べ終わっている――だけがあった。




