第15話。凍る布と笑う男
涙目で頬を押さえながら、目の前で布を差し出す男を睨み続ける。
男は首を傾げた後、「ほら」とさらに布を近付けてきた。
(そんなモン受け取れるか……!)
受け取ったらなにが起こるか分かったもんじゃない!
だが男は「ほらほら」と言いながらどんどん迫ってくる。おもわずのけぞると、男はにやりと口の端を上げた。
「気持ちいぃよぅ?」
今の少年にはピッタリだろぅ――そう言って手に当てられた布は、すごく冷たかった。
ビクリと体が震える。なにが起こったのかと男を見上げると、ニヤニヤと笑っていた。
「ほら、気持ちいぃだろぅ? 頬に当てるといぃ」
差し出された布に、手を伸ばす。触れた瞬間、「だが」と声が聞こえた。
「気を付けないと。凍っちゃうかもよぉ?」
「ヒッ!」
布が急に凍り付いた。
おもわず手を離せば、布が落ちる。
「ひぃぁっ、はははッ! あっ、ははははははは!!」
男が腹を抱えて笑い出す。
やっぱりこんなヤツの言うことを聞いちゃダメだったんだ――そう思いつつ再び睨み付ける。
しばらくヒーヒー言いながら笑い続けた男が、「あぁ、苦しぃ……」と言いながら起き上がった。
布を拾い上げてパンパンと叩く。その布はもう凍っておらず、そして……男がボソッとなにか呟いた瞬間、付いていたはずの土汚れすらなくなった。
「え……?」
「ほら、使いなよぅ。今度は大丈夫だからサ」
呆気に取られるこちらに構うことなく、男が布を押し当ててくる。今度は驚くような冷たさではなく、凍りもしなかった。
おそるおそる布を手に取っても、ひんやりしているだけだ。
そっと、頬に当てると、おもわず息が漏れるほど気持ちよかった。
「いやぁ、悪かったねぇ。つい面白くてさぁ……」
男はクククと笑う。
「少年はルナウに似てるねぇ。素直でどんくさいところなんて、そっくりだぁ」
いやぁかわいいもんだぁ。
そう言われたところで全然うれしくない。『素直でどんくさい』って、絶対褒め言葉じゃないだろう。
冷たい頬を布に押し当てながら口を曲げれば、男は口の端を上げたままこちらを見ていた。
「挨拶できた子にはご褒美だぁ。
はじめまして、少年。私はバーロン、それ以外の名は捨てた男だぁ」
「それ以外の名って……」
「それ以外の名はそれ以外の名だよぅ。それで少年、きみの名はぁ?」
「俺は……」
言いかけてためらう。ここでこの男に名前を言ってはダメなんじゃないかと――
「名前を言ったところで、盗らないよぅ? なにもしないさ、きみには誓って、ねぇ」
だから安心して名乗るといぃ――そう言われて誰が安心できるのか。
だが、首を傾げて待っている男の姿に、さっきの記憶が蘇る。……また、頬を引っ張られたらどうしよう。
「……クリフ」
「クリフかぁ! よろしくなぁ!」
ぼそりと小声で言ってみたが、男の耳にも聞こえたらしい。残念だ。
上機嫌で人の名前を呼ぶ男に、なんとも言えない気分になった。




