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廃材鎧でスラムを出る ~最底辺に転生した元軍属の素材専門家、捨てられた素材から魔導鎧を造る~  作者: ジャクロの精霊


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第7話 二本目の腕、実戦試験

翌朝。

 リシアがレオンの小屋へ入ると、彼はすでに準備を終えていた。

「おはようございます」

「ああ」

「今日は早いですね」

「昨日のうちに準備した」

「へえ」

 リシアは何気なく背負い袋を見る。

 そして。

 動きが止まった。

「……レオン」

「何?」

「食料は?」

「入ってる」

「水は?」

「二本」

「手袋」

「ある」

「包帯」

「ある」

「薬」

「買った」

「……」

「何だよ」

 リシアは無言でレオンを見つめた。

 短い黒髪。

 使い古した灰色の上着。

 細身の身体。

 そこまではいつもと同じ。

 違うのは右腕だった。

 黒い甲殻。

 青銀色の補強材。

 革の固定具。

 その隙間を走る青い魔力線。

 決して美しい装備ではない。

 だが。

 もう、ただの廃材を寄せ集めただけの物には見えなかった。

「……成長しましたね」

「子供扱いするな」

「十五歳ですよね?」

「お前も同じくらいだろ」

「私は最初から準備できます」

「地図は逆さまだったけどな」

「それはもう忘れてください!」

「無理だ」

 リシアが頬を膨らませる。

 レオンは背負い袋を肩へかけた。

「行くぞ」

「はい」

 二人は小屋を出た。

◇

 灰の谷。

 前回と同じ灰色の大地が、二人を迎えた。

 風が吹く。

 灰が舞う。

 レオンは立ち止まり、背負い袋から手袋を取り出した。

 何も言われる前に装着する。

 隣から視線を感じた。

「何?」

「何でもありません」

 リシアが少し笑っている。

「言いたいことあるなら言え」

「本当に何でもありません」

「……変な奴」

「あなたに言われたくありません」

 レオンは右腕を見る。

 今日の目的は二つ。

 一つ。

 古い魔導鎧から、昨日持ち帰れなかった部品を回収する。

 そしてもう一つ。

 二本目の右腕。

 その実地試験。

「いきなり魔物と戦おうとか考えてませんよね?」

「考えてない」

「本当に?」

「ああ」

 レオンは右手を握る。

「まず動かす」

 魔石へ魔力を流した。

 淡い青色の線が光る。

 低い駆動音。

 肘を曲げる。

 伸ばす。

 拳を握る。

「問題なし」

 歩く。

 最初はゆっくり。

 次に少し速く。

 右腕を振る。

「どうです?」

「小屋より重く感じる」

「え?」

「腕じゃない。身体が」

 地面を見る。

 平らな床とは違う。

 灰。

 石。

 傾斜。

 一歩ごとに身体の姿勢が変わる。

 腕の重量も、それに合わせて肩へ違う方向からかかる。

「なるほど……」

 レオンは紙を取り出す。

「今書くんですか?」

「忘れる」

「歩きながら書かないでください」

「止まってる」

「そういう問題じゃなくて……」

 リシアはため息をついた。

 レオンは記録する。

 ――平地以外では肩への負担増加。

 ――固定方法の改善が必要。

「走ってみる」

「転ばないでくださいね」

「子供じゃない」

 走る。

 十歩。

 二十歩。

 装具から低い駆動音。

 問題ない。

 少し速度を上げる。

 右腕を強く振った。

 青い線が一瞬明るくなる。

「……ん?」

「どうしました?」

「もう一回」

 走る。

 急停止。

 拳を握る。

 腕を前へ出す。

 青い光が強くなる。

 レオンは魔石を見る。

「減りが早い」

「魔力ですか?」

「ああ」

 小屋で金属塊を持ち上げた時より、明らかに消費が大きい。

「動かす速度で変わるのか?」

 レオンは何度か試す。

 ゆっくり曲げる。

 消費は少ない。

 素早く曲げる。

 青い光が強くなる。

「……なるほど」

「分かったんですか?」

「速く動かすほど魔力を食う」

「それって問題では?」

「ああ」

 レオンは紙へ書き込む。

「一つ見つかった」

「嬉しそうに言わないでください」

「見つからない方が困る」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

 工房で動くことと。

 現場で使えることは違う。

 前世でも同じだった。

 一定の温度。

 一定の荷重。

 決められた条件。

 そこで出た数値だけを見て、現場でも同じだと思えば事故になる。

 だから試す。

 違う条件で。

 何度も。

「行こう」

 レオンは紙をしまった。

「本命はここからだ」

◇

 古い魔導鎧は、昨日と同じ場所にあった。

「残ってたな」

「誰が持っていくんですか、こんな大きなもの」

「俺」

「全部は無理でしょう!」

「いつか」

「本気なんですね……」

 レオンは灰を払い始めた。

 リシアも手伝う。

 昨日は時間がなく、表面しか調べられなかった。

 今日は胸部の周辺を中心に見る。

「ここ外せそうだな」

「また重そうな物を……」

「使える」

「その言葉、本当に好きですね」

 レオンは留め具を外す。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 古い装甲板を持ち上げる。

「ん?」

 その下。

 汚れた金属板に何か刻まれている。

「文字?」

 リシアが光を近づけた。

 灰を払う。

 文字が現れる。

『第七工廠』

 その下にも、小さな文字。

『試作型』

「読めるか?」

「第七工廠……試作型?」

「試作……」

 レオンの手が止まった。

「何か分かるんですか?」

「いや」

 文字を見る。

 試作型。

 つまり。

 これは誰か一人のために作られた伝説の鎧ではない可能性が高い。

 少なくとも。

 工房か。

 施設か。

 何らかの組織が作ったもの。

「これ、兵器だったのかもな」

「兵器?」

「量産する前に試すための物だった可能性がある」

「どうして?」

「試作って書いてあるから」

「そのままじゃないですか」

「重要だろ」

 レオンは装甲を見る。

 前世。

 軍に関わる施設。

 試作品。

 試験。

 改良。

 量産。

 その流れを何度も見てきた。

 世界は違う。

 技術も違う。

 だが。

 物を作る人間の考え方まで、すべて違うわけではないらしい。

「面白いな」

「またその顔してますよ」

「どの顔?」

「何時間でも帰らなさそうな顔」

「今日は帰る」

「本当に?」

「食料は持ってきた」

「そういう問題じゃありません」

 リシアが呆れた、その時だった。

 ザッ。

 二人の動きが止まった。

 灰が動いた。

 一か所ではない。

 二か所。

「レオン」

「ああ」

 リシアが杖を握る。

 レオンも立ち上がった。

 灰の中から黒い甲殻が現れる。

 一体。

 そして。

 もう一体。

「アッシュクロウラー……」

 前回と同じ魔物。

 だが今度は二体。

 リシアがレオンの前へ出た。

「下がってください」

「試したい」

「駄目です」

「実地試験――」

「死んだら結果を記録できませんよね?」

「……」

 レオンは黙った。

「そういう言い方はずるいな」

「あなたには効くと思いました」

 リシアは魔物から目を離さない。

「戦うなら私の指示を聞いてください」

「分かった」

「本当に?」

「今はお前の方が経験ある」

 リシアが一瞬だけレオンを見る。

「……素直ですね」

「死にたくないからな」

「それでいいです」

 二体のアッシュクロウラーが身体を低くした。

「来ます!」

 一体が走る。

「《ライトバレット》!」

 光弾。

 魔物が横へ跳ぶ。

 もう一体が反対側から回り込む。

「レオン、右!」

「ああ!」

 右腕へ魔力を流す。

 青い線が光る。

 レオンは拳を握った。

 魔物が跳ぶ。

 黒い爪。

 レオンは右腕を前へ出した。

 ガァン!

「ぐっ!」

 衝撃。

 一歩。

 二歩。

 後ろへ下がる。

 だが。

 倒れない。

「……」

 レオンは右腕を見る。

 黒い甲殻。

 傷はついている。

 青銀色の補強材。

 曲がっていない。

 関節。

 動く。

「……耐えた」

「喜ぶのは後です!」

「ああ!」

 アッシュクロウラーが再び飛びかかる。

 レオンは拳を握った。

 殴る。

 そう考えた。

 だが。

「遅い――」

 魔物はすでに横へ移動していた。

 拳が空を切る。

 身体のバランスが崩れる。

「レオン!」

「っ!」

 もう一体が迫る。

 リシアの光弾がその顔へ当たった。

 魔物が怯む。

「強くなったからって、急に戦えるようになるわけじゃありません!」

「……その通りだな」

 力は増えた。

 腕も耐える。

 だが。

 それだけだ。

 レオン自身の戦闘経験が増えたわけではない。

 強い腕を作った。

 だからといって。

 自分まで強い戦士になったわけではない。

「なら」

 レオンは周囲を見る。

 殴る必要はない。

 勝つ必要もない。

 自分ができることをする。

 近くに、古い装甲板が落ちている。

 普通なら一人では簡単に動かせない。

「リシア!」

「はい!?」

「一体止められるか!」

「少しなら!」

「十分!」

 リシアが杖を向ける。

「《ライトバインド》!」

 光の帯。

 一体のアッシュクロウラーの脚へ絡みつく。

「今!」

 レオンは装甲板へ走った。

 右手で掴む。

 魔力を流す。

 青い線が強く光る。

「ぐっ……!」

 重い。

 だが。

 持ち上がる。

「レオン!?」

「こっち!」

 装甲板を引きずる。

 もう一体のアッシュクロウラーがレオンへ向かう。

 レオンは待った。

 距離。

 脚。

 身体が沈む。

 来る。

「今だ!」

 レオンは装甲板を押した。

 倒れる。

 ドン!

 アッシュクロウラーが進路を変える。

 ほんの一瞬。

 それで十分だった。

「リシア!」

「分かってます!」

 杖の先へ金色の光が集まる。

「《ライトバレット》!」

 光が魔物の頭部へ直撃した。

 倒れる。

 一体。

 だが。

「まだ!」

 拘束されていたもう一体が光の帯を引きちぎった。

 リシアへ向かう。

「っ!」

 彼女が杖を構える。

 間に合わない。

 レオンは走った。

 右腕を伸ばす。

 魔力。

 青い光。

 魔物の身体へ手を伸ばし――。

 掴んだ。

「レオン!?」

「うおっ……!」

 重い。

 暴れる。

 爪が甲殻の外装を削る。

 それでも離さない。

 右腕の駆動音が大きくなる。

 ギギギギッ――。

「今!」

 リシアが一歩踏み込む。

 杖を向ける。

「《ライトバレット》!」

 至近距離。

 光弾が頭部へ直撃した。

 アッシュクロウラーの身体から力が抜ける。

 レオンは手を離した。

 魔物が灰の上へ落ちる。

「……」

「……」

 二体。

 動かない。

 リシアが息を吐いた。

「やりました……」

「ああ」

 レオンは右腕を見る。

「壊れてない」

「そっちですか!?」

「重要だろ」

「私たちが無事なのも重要です!」

「それも重要だ」

「『それも』じゃなくて!」

 レオンが少し笑った。

 その時。

 プツン。

「……ん?」

 青い光が消えた。

 右腕が重くなる。

「レオン?」

 拳を握ろうとする。

 動かない。

 肘。

 補助なし。

「……止まった」

「壊れたんですか!?」

「待て」

 固定具を見る。

 問題なし。

 関節。

 破損なし。

 青銀色の金属。

 変形していない。

 甲殻には傷があるが、割れてはいない。

「じゃあ、どうして?」

 レオンは魔石を見る。

 反応がない。

「……空だ」

「え?」

「魔力を使い切った」

 リシアが目を丸くする。

「もう?」

「ああ」

 レオンは黙った。

 戦闘時間。

 数分。

 走った。

 防御した。

 装甲板を動かした。

 魔物を掴んだ。

 それだけで。

 空になった。

「……」

「レオン?」

 リシアが心配そうに見る。

「落ち込んでます?」

「いや」

 レオンは右腕を見る。

 壊れていない。

 構造は耐えた。

 最初の問題は解決している。

 その代わり。

 次の問題が見えた。

「足りない」

「何がです?」

「力じゃない」

 レオンは空になった魔石を指で叩く。

「使い方だ」

「使い方?」

「同じ動きでも、ゆっくりなら消費が少なかった。速くすると増えた」

 さらに思い出す。

 魔物を掴んだ時。

 青い線は異常なほど強く光っていた。

「無駄に流してるかもしれない」

「魔力を?」

「ああ」

 レオンの灰色の瞳が変わった。

 リシアはそれを見て、ため息をつく。

「……また嬉しそうですね」

「問題が分かったからな」

「普通はもう少し困るところですよ」

「困ってる」

「全然そう見えません」

 レオンは壊れた魔導鎧を見る。

 その胸部。

 昨日見つけた。

 ひび割れた黒い結晶。

 魔力炉。

 大きな魔導鎧を動かしていた装置。

 そして自分の右腕。

 数分で魔力を使い切った小さな装置。

「リシア」

「何です?」

「予定変更」

「またですか?」

「帰る前に、あれをもう一度見る」

 レオンが指差す。

 古い魔導鎧の胸部。

 リシアも気づいた。

「……魔力炉?」

「ああ」

「外すんですか?」

「まだ外さない」

「おお」

「なんだよ」

「ちゃんと学習してる……」

「馬鹿にしてるだろ」

「少しだけ」

 レオンは古い魔導鎧の前へしゃがんだ。

 自分の腕には、力がある。

 壊れなかった。

 実戦でも使えた。

 だが。

 数分しか持たない。

 それでは足りない。

 もっと大きな魔石を積む?

 最初に思いついた。

 だが。

 レオンは首を振った。

 それでは重くなる。

 高くなる。

 そして。

 もし本当に魔力を無駄にしているのなら。

 大きくしても、無駄が増えるだけだ。

「……違うな」

「何がです?」

「足りないから増やすんじゃない」

 レオンは自分の腕に刻まれた青い線を見る。

 次に。

 古い魔導鎧の複雑な魔力経路を見る。

「今ある魔力を、ちゃんと使えるようにする」

 リシアが隣にしゃがむ。

「私にできることは?」

 レオンは彼女を見る。

 少し前なら。

 自分一人で調べると言っていたかもしれない。

 だが。

 魔力を見ること。

 感じること。

 それは今のレオンにはできない。

「ある」

「何です?」

「流れを見てほしい」

「魔力の?」

「ああ」

 リシアが笑った。

「分かりました」

 レオンはもう一度、二本目の右腕を見る。

 最初の腕は。

 力に耐えられず壊れた。

 二本目は。

 壊れなかった。

 そして今。

 次に直すべきものが見つかった。

「まだ良くなる」

「はい」

「次はもっと――」

「良くする、ですよね?」

 先に言われた。

 レオンがリシアを見る。

 彼女は楽しそうに笑っている。

「……俺の台詞だぞ」

「何回も聞きましたから」

 灰色の谷。

 動かなくなった右腕。

 その前で。

 レオンも少しだけ笑った。

 二本目の腕は、壊れなかった。

 だから今度は。

 壊れないことの、その先へ進める。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

今回は、ついに二本目の腕を実戦で試す回となりました。

壊れなかった――でも、まだ完成ではない。

一つの問題を乗り越えれば、また次の問題が見えてくる。そんなレオンの試行錯誤を楽しんでいただけたら嬉しいです。

そして今回は、レオンとリシアが少しずつ「一緒に戦う相棒」らしくなってきた回でもありました。

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価やブックマークをしていただけると、執筆の大きな励みになります!

また、感想も大歓迎です。

レオンの成長やリシアとのやり取り、今回の戦闘など、印象に残ったところや気になったところがあれば、ぜひ教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

次回は――

力ではなく、「魔力の使い方」。

レオンは、壊れた魔導鎧の魔力炉から新たな答えを探します。

次回もよろしくお願いします!

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