第6話 ガラクタの腕は、もう一度動き出す
翌朝。
「……まだ作ってないんですね」
レオンの小屋へ入ったリシアは、机の上を見てそう言った。
「ああ」
「てっきり、昨日の夜に完成させてるかと思いました」
「俺を何だと思ってる?」
「食事も忘れて一晩中作業する人です」
「……」
「否定してくださいよ」
レオンは答えなかった。
机の上には、新しい右腕――ではなく。
昨日、灰の谷から持ち帰った素材が並べられていた。
青銀色の装甲板。
古い魔導鎧から外した関節部品。
魔力経路の刻まれた金属板。
そして、アッシュクロウラーの黒い甲殻。
その横には、紙が何枚も置かれている。
重量。
傷のつき方。
曲げた時の変化。
熱した時の反応。
細かな数字と記号がびっしり書き込まれていた。
リシアが一枚を手に取る。
「これ、全部昨日調べたんですか?」
「ああ」
「……寝ました?」
「寝た」
「何時間?」
「四時間」
「少ない!」
「前より寝てる」
「何と比べてるんですか!?」
レオンは答えず、黒い甲殻を手に取った。
「見ろ」
「はい?」
机の端に甲殻を置く。
金槌を持ち上げた。
「ちょっと待ってください」
「何?」
「何するんです?」
「叩く」
「それは見れば分かります!」
レオンは金槌を振り下ろした。
ガン!
「ひゃっ!」
リシアの肩が跳ねる。
甲殻は机の上を滑った。
だが割れていない。
「……硬い」
「だろ」
「だからって突然叩かないでください!」
「試験だからな」
レオンは甲殻を拾った。
表面には小さな傷。
だが大きな亀裂はない。
「昨日の攻撃を受けた時から思ってた。こいつは軽い割に衝撃に強い」
次に、細い金属棒を取り出す。
甲殻の端に当てる。
力を加える。
ミシッ。
今度は小さな亀裂が入った。
「あ」
「でも一点に力を集中させると弱い」
「それって……」
「外側には使える。でも関節には向いてない」
レオンは紙に書き込む。
リシアが甲殻と紙を交互に見る。
「昨日は『硬いから使えるかも』って言ってただけなのに」
「だから調べた」
「使えなかったら?」
「別の用途を探す」
「それでも駄目なら?」
「保留」
「捨てるという選択肢は?」
「ない」
「やっぱり」
リシアはため息をついた。
レオンは次に青銀色の金属板を持ち上げた。
「こっちはもっと面白い」
同じ大きさに切った普通の鉄板と並べる。
「持ってみろ」
「私が?」
「ああ」
リシアが両方を持つ。
「……こっちの方が軽い」
「なのに硬い」
「すごい素材ですね」
「ただし加工しにくい」
「駄目じゃないですか」
「全部に使わなければいい」
レオンは昨日描いた設計図を広げた。
関節。
固定部。
力が集中する場所。
そこだけに青銀色の金属を使う。
「外側は甲殻。中で力を受けるところはこいつ」
「なるほど……」
リシアが設計図を覗き込む。
「じゃあ、これで作れるんですね?」
「まだ」
「まだ?」
「問題が一つある」
「何です?」
レオンは古い魔導鎧から外してきた関節部品を机に置いた。
「これが作れない」
「……」
「……」
リシアが瞬きをする。
「え?」
「俺の道具じゃ無理だ」
「昨日あんなに嬉しそうだったのに!?」
「構造は分かった。でも加工精度が足りない」
レオンは古い関節を指差す。
複数の小さな部品。
滑らかな曲面。
精密に噛み合う軸。
今の小屋にある工具だけでは再現できない。
「同じものは作れない」
リシアは古代の魔導鎧の部品を見る。
次に。
脚の長さが違う机。
修理された金槌。
そして小さな作業場を見る。
「……今さら気づいたんですか?」
「うるさい」
「昨日『宝の山だ』って言ってたじゃないですか」
「宝を拾ったからって、そのまま使えるとは限らない」
「それはそうですけど……」
レオンは関節部品を持ち上げた。
「だから、同じものは作らない」
「え?」
「必要なのは形じゃない」
古い部品を回す。
「こいつが、なんでこうなってるかだ」
複数の部品で力を受ける。
一か所に集中させない。
動きを邪魔せず、別方向へ負荷を逃がす。
完全に同じ構造を再現できなくても。
その考え方なら使える。
「俺の道具で作れる形に変える」
「……そんなことできるんですか?」
「やってみる」
「できるとは言わないんですね」
「まだ作ってないからな」
リシアは少し笑った。
「そういうところは信用できます」
「他は?」
「聞きたいですか?」
「やめとく」
◇
午前中。
小屋には金属を叩く音が響き続けていた。
カン。
カン。
カン。
青銀色の金属を必要な大きさへ加工する。
簡単ではない。
「硬いな……」
レオンの額に汗が浮かぶ。
前世なら、専用の工具があった。
切断機。
研磨機。
加熱設備。
測定器。
必要なら成分分析だってできた。
今あるのは。
金槌。
ヤスリ。
簡単な炉。
自作した工具。
それだけ。
「前世の職場が恋しい?」
リシアが聞いた。
「設備だけは」
「設備だけ?」
「人間関係まで戻りたいとは言ってない」
「何があったんですか……」
「色々」
レオンは金属板を見つめた。
知識がある。
だからといって、何でもできるわけではない。
頭の中で分かっていても。
作るための設備がなければ実現できない。
そして、この世界には魔力という前世にはなかったものまで存在する。
だから。
昔の知識だけでは足りない。
「リシア」
「はい?」
「手伝ってくれ」
「珍しいですね」
「何が?」
「あなたから頼むの」
「必要だからな」
「もう少し可愛くお願いできません?」
「お願いします、リシア様」
「気持ちが入ってない!」
「入れてる時間がもったいない」
「本当にもう!」
文句を言いながらも、リシアは椅子を引いた。
「それで、何をすればいいんです?」
レオンは青い線が刻まれた金属板を置く。
「魔力を流してほしい」
「これに?」
「ああ」
「壊れてません?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「だから少しだけ」
「私で実験しないでください!」
「危なかったら止める」
「誰が?」
「俺が」
「一番信用できない人が言ってます!」
結局。
リシアは恐る恐る指先を金属板へ近づけた。
「少しだけですよ?」
「ああ」
淡い金色の光が指先に集まる。
魔力が流れる。
青い線がわずかに輝いた。
「止めるな」
「はい」
レオンは顔を近づける。
「ここは?」
「流れてます」
「こっちは?」
「弱いです」
「ここを押さえたら?」
レオンが金属片を置く。
「少し強くなりました」
「じゃあ、これは?」
「待ってくださ――」
パチッ!
「きゃっ!」
リシアが手を引いた。
レオンも飛び退く。
「……」
「……」
沈黙。
リシアの金髪が少しだけ逆立っている。
「レオン」
「何?」
「今、何しました?」
「接続位置を変えた」
「変える前に言ってください!」
「悪かった」
「本当に思ってます?」
「思ってる」
「目が金属板しか見てません!」
レオンは紙に結果を書き込んだ。
「でも分かった」
「私はまだ怒ってます!」
「魔力も流れやすい場所と流れにくい場所がある」
「聞いてください!」
レオンは炭筆を止めた。
リシアを見る。
「ありがとう」
「……」
今度はリシアが止まった。
「何?」
「い、いえ……」
彼女は顔を逸らした。
「急に素直になるのは反則です」
「?」
「何でもありません!」
◇
午後。
机の上に、新しい右腕が形を現し始めた。
最初のものとは違う。
内部の骨組み。
そこへ青銀色の金属を使った補強部品。
外側には加工したアッシュクロウラーの甲殻。
そして。
魔石から伸びる青い魔力経路。
「できた?」
リシアが覗き込む。
「試作一号」
「二本目なのに一号なんですか?」
「設計が違うからな」
「ややこしいですね」
レオンは右腕へ装具を取り付ける。
革紐を締める。
指を動かす。
「重さは?」
「前より軽い」
「動きは?」
レオンが肘を曲げる。
ギ……。
少し音はする。
だが前より滑らかだった。
「悪くない」
リシアの顔が明るくなる。
「成功ですか?」
「まだ」
「厳しい……」
レオンは魔石を接続した。
「少し離れろ」
「それは先に言えるんですね」
「学習した」
リシアが机から離れる。
レオンが魔力を流す。
青い線が光った。
右腕が僅かに震える。
「……よし」
拳を握る。
ギギッ。
指の動きを装具が補助する。
「動いた!」
リシアが声を上げる。
「ああ」
「やりましたね!」
「まだだ」
「また!?」
レオンは机の上に置いた金属棒を掴んだ。
力を込める。
装具が反応した。
ギッ――。
「……」
ミシッ。
レオンの眉が動く。
「レオン?」
「待て」
次の瞬間。
パキン!
小さな固定具が外れた。
ヒュッ!
「きゃっ!」
リシアの顔の横を飛び。
壁に当たった。
カン。
「……」
「……」
二人は壁を見る。
次に。
互いを見る。
「今」
「三センチくらい離れてた」
「私の顔の横を飛んでいきましたよね!?」
「当たってない」
「十分近いです!」
「次から盾を置く」
「私を盾の後ろに置いてください!」
「そのつもりだ」
「最初からしてください!」
レオンは壊れた部分を見る。
「魔力経路は問題ない」
「私の心臓は問題あります!」
「固定部か」
「聞いてます!?」
レオンは外れた部品を拾う。
変形している。
「違うな」
「何がです?」
「固定部だけじゃない」
腕を見る。
最初の試作品。
古い魔導鎧。
新しい関節。
青銀色の金属。
頭の中で、それらが繋がる。
「力を逃がしたつもりだった」
「はい」
「でも最後にここへ集まってる」
指を差す。
「だったら――」
レオンは紙を取った。
線を引く。
「ここでもう一回分ければいい」
「もう直すんですか?」
「ああ」
「少し休んでは?」
「まだ――」
言いかける。
止まった。
『これだけ終わらせる』
前世の自分の声が、頭の奥で響いた。
レオンは黙る。
「レオン?」
「……飯にする」
「え?」
「腹減った」
リシアの目が大きくなる。
「どうした?」
「いえ」
彼女は嬉しそうに笑った。
「少しだけ、人間らしくなったなと思って」
「前から人間だ」
「怪しいです」
「お前な」
二人は少し遅い昼食を取った。
◇
修正には三時間かかった。
固定方法を変えた。
力を二方向へ逃がす。
関節の位置も数ミリ変更した。
青銀色の補強材を一枚追加。
甲殻の形も削り直す。
そして。
「……できた」
夕方。
二本目の右腕が、再びレオンの右腕を覆っていた。
綺麗ではない。
黒い甲殻。
青銀色の金属。
普通の鉄。
革。
色も形も揃っていない。
高級な魔導鎧とは比べ物にならない。
それでも。
最初の腕とは明らかに違っていた。
リシアが装具を見る。
「なんだか……」
「何?」
「ちゃんと装備っぽくなりました」
「前のは?」
「……」
「おい」
「味がありました」
「ガラクタって言っただろ」
「覚えてたんですか!?」
「覚えてる」
レオンは小さく笑った。
そして。
小屋の隅を見る。
そこには金属塊が置かれている。
最初の腕を壊したもの。
リシアも気づいた。
「まさか……」
「ああ」
「それ、前に壊れた時と同じものですよね?」
「同じだ」
レオンは金属塊の前に立った。
右手を置く。
「怖くないんですか?」
「何が?」
「また壊れるかもしれませんよ」
「だからやる」
「……」
「前と同じ条件で成功しなきゃ、良くなったか分からない」
レオンは深く息を吸った。
魔石を起動する。
青い線が光った。
手。
手首。
肘。
淡い光が順番に走る。
指が金属塊を掴む。
「いくぞ」
力を込めた。
金属塊が浮いた。
「……!」
数センチ。
十センチ。
前回。
ここで。
ミシッ。
音がした。
レオンは待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
リシアも息を止めている。
四秒。
五秒。
何も起こらない。
青い線は安定して光っている。
金属塊も落ちない。
「レオン……」
「まだ」
十秒。
十五秒。
レオンはゆっくりと金属塊を床へ戻した。
ドン。
魔力を止める。
青い光が消えた。
沈黙。
レオンは右腕を見る。
金属板。
問題なし。
関節。
問題なし。
固定具。
外れていない。
甲殻。
亀裂なし。
「……」
リシアが恐る恐る聞いた。
「成功……ですか?」
レオンは腕を曲げた。
伸ばす。
拳を握る。
「いや」
「ええっ!?」
「指の動きが遅い」
「でも!」
「まだ重い」
「持ち上げましたよ!?」
「魔力の消費も多い」
「壊れなかったじゃないですか!」
「肩にも少し負担が――」
「レオン!」
リシアが両手を腰に当てた。
「何?」
「成功です!」
「完成じゃない」
「完成じゃなくても成功は成功です!」
「でも改善点が――」
「あります!」
リシアが即答する。
「ありますけど!」
一歩近づく。
「最初の腕より良くなったんですよね?」
「ああ」
「前は壊れた」
「ああ」
「今回は壊れなかった」
「ああ」
「だったら成功です!」
レオンは黙った。
右腕を見る。
不揃いな素材。
粗い加工。
むき出しの魔力経路。
高級な魔導鎧とは程遠い。
それでも。
三日前。
同じ金属塊を持ち上げた腕は、一分も持たず壊れた。
今は。
壊れていない。
「完成してなくても」
リシアが少し柔らかい声で言った。
「前より良くなったなら、少しくらい喜んでもいいと思いますけど」
レオンは彼女を見る。
空色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
前世では。
成功しても、次の仕事があった。
結果を出しても、もっと上があった。
足りない。
もっと。
まだ足りない。
そうやって。
いつの間にか、自分が何を達成したのかを見ることさえなくなった。
レオンはもう一度、右腕を見る。
自分で拾った廃材。
壊れた魔導鎧から学んだ構造。
アッシュクロウラーの甲殻。
前世で得た知識。
この世界で何十回も繰り返した失敗。
そして。
一人では分からなかった魔力の流れを調べてくれた少女。
全部が、この一本に繋がっている。
「……そうだな」
「え?」
「成功だ」
リシアの顔が明るくなった。
「はい!」
レオンも。
ほんの少しだけ笑った。
◇
「それで」
しばらくして。
リシアが新しい右腕を眺めながら聞いた。
「次はどうするんですか?」
「改善する」
「それは知ってます」
「指をもっと――」
「そうじゃなくて!」
リシアが指を差す。
「それ、実際に使えるんですか?」
「金属塊は持てた」
「金属塊は襲ってきません」
「確かに」
「探索中に使うなら、歩きながら動かしたり、急に力を入れたり、魔物から攻撃されたりしますよね?」
レオンは黙った。
新しい右腕を見る。
工房で動いた。
荷物を持ち上げた。
だが。
実際の探索では条件が違う。
前世でもそうだった。
試験室で出た数値が、そのまま現場で通用するとは限らない。
温度。
湿度。
衝撃。
予想外の荷重。
使う人間の動き。
環境が変われば結果も変わる。
「……必要だな」
「何がです?」
レオンは立ち上がった。
右手を握る。
青い線が淡く光る。
「実地試験」
「実地?」
「ああ」
「どこで?」
レオンは壁に貼られた地図を見る。
その視線の先。
北。
灰の谷。
リシアもそれに気づいた。
「……まさか」
「まだ回収してない部品もある」
「嫌な予感がします」
「ちょうどいい」
「何がです?」
レオンは新しい右腕を曲げた。
低い駆動音。
今度は。
壊れない。
「こいつが本当に使えるか――」
拳を握る。
「実戦で試す」
「やっぱり!」
小屋の中に、リシアの声が響いた。
レオンは笑った。
最初の腕は、一分も持たなかった。
二本目は。
まだ壊れていない。
だが。
完成には、まだ遠い。
だからこそ――面白かった。
この章を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
楽しんでいただけたなら幸いです。もし何かご感想やご意見、あるいは単に物語の展開に対する感想などがありましたら、ぜひお聞かせください。皆さんのコメントは、物語をどのように受け止めていただいているのかを知る上で大変参考になりますし、私自身も作家として成長していく上で大きな励みになります。
もしこの物語が評価に値すると感じていただけましたら、ぜひ評価をいただけると嬉しいです。
この物語をこれからも応援してくださり、心から感謝申し上げます。次の章でお会いしましょう。




