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廃材鎧でスラムを出る ~最底辺に転生した元軍属の素材専門家、捨てられた素材から魔導鎧を造る~  作者: ジャクロの精霊


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第4話 灰の谷で見つけたもの

翌朝。

「……何ですか、これ」

 レオンの小屋に入ったリシアが、最初に口にした言葉だった。

「何って?」

「全部です」

 リシアは呆然と部屋を見回した。

 狭い。

 それ自体は予想していた。

 スラムにある小屋なのだから、立派な家だとは思っていない。

 問題はそこではなかった。

 部屋にある物のほとんどが――まともではない。

「この机……脚の長さが違いません?」

「違う」

「普通に認めるんですね」

「木片を挟んだから問題ない」

 レオンが指差した先では、短い脚の下に薄い木片が三枚重ねられていた。

「じゃあ、この鍋は?」

「穴が開いたから塞いだ」

「この鞄……」

「破れたから縫った」

「この金槌は?」

「柄が折れたから交換した」

「……この椅子は?」

「三つの壊れた椅子から使える部分だけ取って作った」

「…………」

 リシアは黙った。

 改めて部屋を見る。

 捨てられた板。

 欠けた食器。

 柄を交換された工具。

 何度も縫い直された鞄。

 本来なら役目を終えたはずの物が、この部屋では当たり前のように使われている。

 そして、その中心でレオンはいつもの灰色の上着を着ていた。

 袖には何度も縫い直された跡がある。

 黒髪は相変わらず少し跳ねていた。

 どうやら直す気もないらしい。

「あなた……昔からこうなんですか?」

「何が?」

「壊れた物を捨てないところです」

 レオンは背負い袋に工具を入れながら答えた。

「使えるのに捨てる理由がないだろ」

「直せない物は?」

「部品を取る」

「部品も使えなかったら?」

「溶かせるか調べる」

「それも無理なら?」

 レオンの手が止まった。

 少し考える。

「……その時考える」

「絶対捨てないじゃないですか」

 リシアがため息をついた。

 だが、その空色の瞳が机の上で止まった。

 あの右腕用の装具だ。

 三日かけて作り。

 初めての試験で壊れた。

 レオンにとって最初の魔導装備。

「それも持っていくんですか?」

「ああ」

「壊れてますよ?」

「だから持っていく」

「……?」

 リシアが首を傾げる。

 レオンは歪んだ金属板を指で叩いた。

「壊れた場所を見れば、どこに負荷が集中したか分かる」

「でも、失敗作ですよね?」

「失敗したから分かることもある」

 リシアは少しだけ目を丸くした。

 レオンは壊れた装具を布で包む。

「次に同じところが壊れなければ、一つ良くなったことになる」

「……変な人ですね」

「昨日も聞いた」

「今日も思いました」

「明日も言われそうだな」

 装具を背負い袋へ入れる。

「準備できた」

「待ってください」

「何?」

「食料は?」

「ある」

「見せてください」

「なんで?」

「いいから」

 レオンは袋から硬いパンを一つ取り出した。

 リシアが待っている。

 レオンも待つ。

「……それだけ?」

「ああ」

「水は?」

「ある」

「どれくらい?」

「一本」

「予備は?」

「ない」

「薬は?」

「お前がいる」

「私を薬扱いしないでください!」

 朝のスラムにリシアの声が響いた。

「半日程度だろ?」

「予定通りならです!」

 リシアの淡い金髪が勢いよく揺れる。

「危険地帯へ行くのに、予定通り帰ってこられる前提で準備する人がありますか!?」

「ここにいる」

「胸を張らないでください!」

 リシアは額を押さえた。

 そして自分の荷物から保存食を取り出し、レオンの袋へ押し込む。

「これも」

「重くなる」

「食べ物です!」

 次に水。

「これも」

「二本も?」

「必要です!」

 包帯。

「それも?」

「必要です!」

「お前、荷物多いな」

「あなたが少なすぎるんです!」

 リシアは深く息を吐いた。

「あなたを一人で行かせちゃいけない理由が、また一つ増えました」

「じゃあ、昨日組んで正解だったな」

「そういう問題じゃありません!」

 レオンは少し笑った。

 昨日までなら、一人で行く方法を探していただろう。

 だが今日は違う。

 二人で行く。

 まだ仲間と呼べるほど互いを知らない。

 それでも、一人ではない。

◇

 街を出て北へ進む。

 最初の一時間ほどは、ごく普通の街道だった。

 商人の馬車とすれ違う。

 農地では人々が働いている。

 遠くには森も見えた。

 昨日は泥だらけだったリシアの金髪も、今日は綺麗に整えられていた。

 白を基調とした旅装。

 細身の杖。

 腰には小さな革袋。

 スラムで泣いていた時とは、ずいぶん印象が違う。

「今日は地図、ちゃんと読めるんだな」

「読めます!」

「昨日は逆さまだったぞ」

「あれは……!」

 リシアの頬が赤くなる。

「疲れてたんです!」

「そうか」

「絶対信じてないですよね?」

「半分くらいは」

「半分しか!?」

 そんな会話をしているうちに、景色が少しずつ変わり始めた。

 草が減る。

 木々も低くなる。

 茶色かった地面から色が失われていく。

 風に混じる匂いまで変わった。

 乾いている。

 それなのに、どこか金属臭い。

「ここからです」

 リシアの声から、それまでの軽さが消えた。

 杖を握る手も変わる。

 先ほどまでの、道に迷う少女ではない。

 探索者の顔だった。

 レオンも足を止める。

 目の前に広がっているのは、灰色の大地だった。

 まるで巨大な火事が起き、その跡が何十年も残されているような場所。

 岩は黒ずみ。

 地面には灰のような粉が積もっている。

 風が吹くたび、それが薄く舞い上がった。

 遠くには崩れた石壁。

 半分地面に埋まった剣。

 錆びた兜。

 さらに奥には、何なのか判別できない巨大な金属の残骸まで見える。

「ここが……」

「灰の谷です」

「思ったより広いな」

「昔、大きな戦いがあったそうです。詳しいことは私も知りませんけど」

 レオンはしゃがみ込んだ。

 灰色の粉へ指を伸ばす。

「触らないで!」

 手首を掴まれた。

「何だよ」

「何だよ、じゃありません!」

 リシアが杖を向ける。

 先端に淡い金色の光が集まった。

「《ピュリフィケーション》」

 光が地面へ広がる。

 灰へ触れた瞬間。

 ジュッ――。

 微かな音。

 灰の一部から紫色の煙のようなものが立ち上った。

 レオンの灰色の瞳が細くなる。

「……これは?」

「魔力汚染です」

「全部?」

「いいえ。でも場所によって濃度が違います。長く触れていると身体に異常が出ることがあります」

「症状は?」

「頭痛、吐き気、手足の痺れ……酷い場合は魔力障害を起こすことも」

「少量を長期間浴びた場合は?」

「え?」

「一度に大量じゃなくても、長い期間触れ続けたらどうなる?」

 リシアは少し考えた。

「危険だと思います。身体に蓄積する種類の汚染もありますから」

「……そうか」

 レオンは灰を見る。

 鼻を刺す薬品の臭い。

 白い部屋。

 ゴム手袋。

 防護眼鏡。

 換気装置の低い音。

 そして。

 自分の咳。

『今日はもう帰ったほうがいいですよ』

『これだけ終わらせる』

 ――まただ。

 前世でもそうだった。

 危険だと知っていた。

 知識もあった。

 警告も受けていた。

 それでも、自分だけはまだ大丈夫だと思っていた。

「レオン?」

「……何でもない」

 無意識に、もう一度灰へ手を伸ばしかける。

 途中で止まった。

 リシアは何も言わない。

 ただ、じっと見ている。

「……」

「……」

 レオンは手を引っ込めた。

 背負い袋を開ける。

 手袋を取り出す。

 装着した。

 リシアが満足そうに頷く。

「よろしい」

「なんでお前が偉そうなんだ」

「あなたが危なっかしいからです」

「調べないと分からないだろ」

「だからって素手で触る必要はありません」

 リシアは手袋を指差した。

「知識があっても、身体まで丈夫になるわけじゃありません」

「……」

「何ですか?」

「前にも似たようなことを言われた」

「誰に?」

 レオンは答えかけた。

 白い部屋が浮かぶ。

 もう、この世界にはいない人間たち。

「……昔の知り合い」

「そうですか」

 リシアはそれ以上聞かなかった。

 レオンも説明しなかった。

 だが。

 手袋は外さなかった。

◇

 二人は谷の浅い区域を進んだ。

 目的は二つ。

 リシアが探している鉱石。

 そして、レオンが必要としている青銀色の金属。

 しばらく歩いたところで――。

「あっ!」

 リシアが岩場へ走った。

「レオン! これじゃないですか?」

 岩の隙間から薄い黄色の結晶が顔を出している。

 レオンはしゃがみ込んだ。

 見る。

 触る。

「違う」

「早い!」

「違うものは違う」

「もう少し夢を見せてくださいよ!」

「鉱石に?」

「私にです!」

 レオンは結晶を軽く叩いた。

 薄い欠片が剥がれる。

「お前が探してるものは、説明だともっと密度が高い。それにこれは層状に割れる」

「……違うんですか」

「ああ」

「綺麗なのに」

「綺麗かどうかは関係ない」

「やっぱり夢がないですね」

「鉱石に?」

「あなたにです!」

「二回目だぞ」

 二人はさらに進んだ。

 いくつかの石を調べる。

 違う。

 また違う。

 リシアの表情から、少しずつ期待が消えていった。

「本当にあるんでしょうか……」

「ある可能性は高い」

「どうして分かるんです?」

「地面」

「地面?」

 レオンは周囲を見渡した。

 崩れた岩壁。

 灰の下から覗く石。

 地面を走る亀裂。

 そして谷の傾斜。

 石を一つ拾う。

 割る。

 内部を見る。

「この辺りから岩の種類が変わってる」

「……私には全部灰色に見えます」

「表面だけ見ればな」

 レオンはさらに歩く。

 突然しゃがみ込む。

 地面を手袋で払った。

「ここ、昔は水が流れてた」

 リシアが周囲を見る。

「水なんてありませんよ?」

「今はな」

 レオンは谷の斜面を見上げる。

 前世で何度も見た地質資料。

 採取した鉱石。

 断面。

 試料。

 研究施設で教えられた知識。

 それらと目の前の光景は、もちろん同じではない。

 この世界には魔力がある。

 前世には存在しなかった鉱物だってある。

 それでも。

 地面を見る方法まで、すべて無意味になったわけではない。

 水の流れ。

 削られた岩。

 沈殿。

 露出した層。

 レオンはそれらを一つずつ拾う。

「掘るなら、あそこだ」

 何もない地面を指差した。

 リシアが見る。

「……何もないですけど」

「表面にはな」

「本当に?」

「たぶん」

「また『たぶん』!」

「絶対って言う奴より信用できるだろ」

 リシアが口を開く。

 そして止まった。

 昨日失った銀貨三枚を思い出したらしい。

「……それは否定できません」

 二人で掘り始めた。

 最初は灰。

 その下には硬い土。

 さらに掘る。

「やっぱり何も――」

 カン。

 リシアの杖の先が何かに当たった。

「……え?」

 レオンがしゃがむ。

 土を払う。

 淡い金色を帯びた石が現れた。

 リシアの空色の瞳が大きくなる。

「これ……」

「まだ分からない」

 慎重に欠片を取る。

 断面。

 結晶。

 重量。

 爪では傷つかない。

 レオンは持ってきた簡単な道具を使い、いくつか確認する。

 そして。

「お前が探してたものにかなり近い」

「本当ですか!?」

「ああ」

「やった!」

 リシアが両手を上げた。

 金髪が肩の上で跳ねる。

「本当にあった!」

「声大きい」

「だって!」

 リシアは嬉しそうに鉱石を見る。

 そしてレオンを見た。

「すごいですね」

「何が?」

「何もない場所を見て、ここにあるって分かったじゃないですか」

「条件が揃ってただけだ」

「その条件が分かるのがすごいんです」

 レオンは返事をしなかった。

「……レオン?」

「必要な分を取るぞ」

「あ、はい」

 レオンは作業を始めた。

 リシアには見えなかった。

 ほんの少しだけ、レオンが顔を逸らしたことに。

 褒められることに、まだ慣れていなかった。

◇

 採掘を終えたあとも、レオンは周囲を調べ続けた。

 リシアの目的は達成した。

 だが、自分の目的である青銀色の金属はまだ見つかっていない。

「もう少しだけ奥を見る」

「浅い区域から出ないでくださいね」

「分かってる」

「本当に?」

「……分かってる」

 リシアが瞬きをする。

「今、『たぶん』って言おうとしました?」

「言ってない」

「間がありましたよ」

「気のせいだ」

 レオンが岩を調べる。

 その時だった。

「レオン」

「ん?」

「動かないでください」

 声が違う。

 レオンは即座に止まった。

 さっきまでの少女とは違う。

 リシアの声が低い。

「どうした?」

「後ろ」

 レオンが振り返ろうとする。

「動かないで!」

 今度は強い声だった。

 レオンは従った。

 目だけを動かす。

 灰の山。

 いや。

 違う。

 動いている。

 ゆっくりと灰が落ちる。

 その下から黒い甲殻が現れた。

 四本の脚。

 地面すれすれまで低い身体。

 犬より大きい。

 鋭い前脚。

「魔物?」

「アッシュクロウラー……」

 リシアが杖を構える。

 泣いていた少女の面影はない。

 空色の瞳が魔物だけを捉えている。

「灰に潜って獲物を待つ魔物です」

「弱点は?」

「頭部。でも――」

 アッシュクロウラーの身体が沈む。

「速いです!」

 地面を蹴った。

「レオン!」

「右!」

 リシアが反応する。

「《ライトバレット》!」

 光弾。

 だが魔物は横へ跳ぶ。

 外れた。

「速っ……!」

 アッシュクロウラーがそのままリシアへ向かう。

 レオンは魔物を見る。

 速い。

 だが、動く前には必ず身体が沈む。

 前脚。

 後脚。

 重心。

 前世で戦場に立った経験などない。

 それでも、軍に関わる施設では装備の動作試験を何度も見てきた。

 荷重。

 姿勢。

 どこへ力がかかるか。

 生き物と機械は違う。

 だが、力がかかれば何かが動く。

「左へ!」

 リシアが反射的に飛ぶ。

 直後。

 爪が先ほどまで彼女がいた場所を切り裂いた。

「どうして分かるんです!?」

「脚を見ろ!」

「今それ言います!?」

 魔物が向きを変える。

 身体を沈める。

 右前脚。

 次に後脚。

「今!」

「《ライトバレット》!」

 光が走る。

 今度は命中した。

 ギャッ!

 魔物が地面を転がる。

「やった!」

「まだだ!」

 レオンの声と同時に、魔物が起き上がった。

 怒ったような声を上げる。

 そして――。

 レオンを見る。

「……俺か」

「逃げて!」

 アッシュクロウラーが走り出した。

 レオンも動く。

 だが速さが違いすぎる。

 逃げ切れない。

 魔物が跳んだ。

 黒い爪。

 間に合わない。

 レオンは背負い袋へ手を突っ込んだ。

 取り出したのは――壊れた右腕用の装具。

 腕へ通す。

 固定する時間はない。

 ただ前へ。

 盾のように突き出した。

 ガァン!

「ぐっ!」

 凄まじい衝撃。

 金属板が歪む。

 革紐が千切れる。

 レオンの身体が地面を転がった。

「レオン!」

 アッシュクロウラーが追撃しようとする。

 リシアが杖を握り直す。

 唇を噛む。

「《ライトバインド》!」

 金色の光の帯が魔物の脚へ絡みつく。

 動きが止まった。

 一秒にも満たない。

 だが、それで十分だった。

 リシアは一歩踏み込む。

「《ライトバレット》!」

 至近距離から放たれた光弾が頭部へ直撃した。

 魔物の身体が跳ねる。

 地面へ落ちた。

 今度こそ動かない。

 谷に静寂が戻った。

「……」

 レオンは倒れたまま、魔物を見る。

 リシアの魔法。

 さっきまでの動き。

 迷いがなかった。

 少なくとも戦いに関しては。

 ――本当に探索経験はあるらしい。

「レオン!」

 リシアが駆け寄る。

 金髪が乱れ、額には汗が浮かんでいる。

「大丈夫ですか!?」

「ああ……たぶん」

「たぶん禁止!」

 リシアがその場に膝をついた。

「腕を見せてください!」

「先に周囲を――」

「周囲は確認しました! 腕!」

「……はい」

 レオンが右腕を差し出す。

「素直に言うこと聞けるじゃないですか!」

「怒ってる奴と議論すると時間かかるから」

「あとで説教します!」

 淡い金色の光が腕を包む。

 幸い、骨は折れていない。

 だが装具は酷い状態だった。

 金属板は大きく凹み。

 留め具は飛び。

 関節部分には新しい亀裂まで入っている。

 リシアが顔をしかめる。

「……完全に壊れましたね」

 レオンは装具を見る。

「いや」

「え?」

「役目は果たした」

「でも……」

「あれがなかったら、爪を直接受けてた」

 レオンは潰れた金属板に触れる。

「壊れた。でも俺の腕は残った」

 昨日までは。

 力を増やすためだけの装具だった。

 だが今日は違う。

 壊れたからこそ、自分を守った。

「なら、失敗じゃない」

 リシアはしばらく何も言わなかった。

 やがて小さく息を吐く。

「……本当に変な人」

「今日何回目?」

「数えてません」

 レオンは立ち上がった。

 そして倒れたアッシュクロウラーを見る。

「……」

「どうしました?」

 近づく。

 黒い甲殻を指で叩く。

 硬い。

 だが金属とは違う。

 わずかにしなる。

 欠けた部分を見る。

「リシア」

「はい?」

「これ、持って帰るぞ」

「……え?」

「甲殻」

「どうして?」

「使えるかもしれない」

 リシアの目が大きくなる。

「魔物まで素材にするんですか!?」

「硬い。それに軽い」

「いや、そうじゃなくて!」

「加工できるかは試さないと分からないけどな」

「あなた、そのうち何でも拾い始めそうですね」

「使えるなら」

「否定してください!」

 レオンは甲殻の一部を外せないか確認する。

 その時だった。

「……ん?」

 視界の端。

 何かが光を反射した。

 先ほどの戦闘で、斜面の一部が崩れている。

 灰の下。

 そこから何かが覗いていた。

「金属……?」

 レオンが立ち上がる。

「リシア」

「今度は何です?」

「光、頼む」

「勝手に奥へ行かないでくださいよ」

「数メートルだ」

「その数メートルで魔物に襲われたんです!」

「……確かに」

 二人で近づく。

 リシアが杖を掲げた。

「《ライト》」

 小さな光球が浮かぶ。

 淡い金色の光が灰の下から覗く何かを照らした。

 レオンは手袋を確認する。

 今度はリシアに言われる前に。

「……」

 リシアが少しだけ笑った。

「何?」

「いいえ。何でもありません」

 レオンは灰を払う。

 金属の面積が広がる。

「大きい……」

 リシアが呟く。

 剣ではない。

 盾でもない。

 さらに灰を取り除く。

 曲面。

 分厚い装甲。

 その先に関節らしき構造。

「これ……」

 二人で掘る。

 少しずつ形が見えてくる。

 巨大な肩。

 胸部。

 壊れた関節。

 片腕は途中から存在しない。

「待て」

 レオンの手が止まった。

 装甲の表面に細い溝がある。

 汚れを慎重に落とす。

 その下から――青い線。

「……同じだ」

「何がです?」

 レオンは背負い袋から小さな金属片を取り出した。

 廃品商から買った、青銀色の金属。

 並べる。

 色。

 加工。

 そして魔力を通すための溝。

「これ……」

 リシアも気づいた。

 二人はさらに灰を払った。

 現れたのは、人間の身体を覆うために作られた巨大な装甲だった。

 だが、酷く壊れている。

 胸部は裂け。

 左腕は失われ。

 表面には無数の傷。

 魔力を通していたはずの線も、ほとんど光を失っている。

 どれほど長い間ここに埋まっていたのか。

 分からない。

 リシアが息を呑む。

「これって……」

 レオンは膝をついた。

 灰色の瞳が、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 指先で装甲をなぞる。

 古い。

 壊れている。

 動くとは思えない。

 普通なら、それで終わりだ。

 だが、レオンが見ているものは違った。

 装甲の厚さ。

 接合方法。

 関節。

 魔力経路。

 知らない加工。

 知らない構造。

 そして。

 まだ使えるかもしれない部品。

 胸の奥が高鳴る。

「魔導鎧だ」

 リシアがレオンを見る。

「まだ使えるんですか?」

「分からない」

「直せる?」

「分からない」

「じゃあ――」

「だから調べる」

 レオンの目は、もう鎧から離れなかった。

 目的だった青銀色の金属は、まだ見つかっていない。

 なのに。

 それ以上に興味深いものが目の前にある。

 リシアが嫌な予感を覚えたように眉を寄せた。

「レオン」

「何?」

「まさかとは思いますけど……」

 レオンは答えなかった。

 古い魔導鎧の肩に積もった灰を払う。

 その下から、新しい構造が姿を現す。

 壊れている。

 捨てられている。

 誰も持って帰らなかった。

 なら、他の人間にとっては価値がなかったのだろう。

 だが。

 レオンにはそう見えなかった。

「……まだ使える」

「え?」

「全部じゃない」

 指で関節をなぞる。

「でも、ここも」

 次に装甲。

「これも」

 青い魔力経路。

「こっちも調べられる」

 リシアの顔が引きつる。

「その顔、知ってます」

「何が?」

「昨日、壊れた装具を見ていた時と同じ顔です」

「そうか?」

「そうです」

 レオンは自分の頬に触れた。

 自覚はなかった。

 だが。

 笑っていた。

「リシア」

「……はい?」

「予定変更だ」

「嫌な予感しかしません」

「こいつを調べる」

「やっぱり!」

 灰色の谷にリシアの声が響いた。

 レオンは気にしなかった。

 目の前には。

 誰かが捨てた、壊れた魔導鎧。

 足元には、自分を守って完全に壊れた最初の右腕。

 そして背後には、先ほど倒した魔物の甲殻。

 どれも。

 そのままでは役に立たない。

 だからこそ。

 レオンは笑った。

「使えるものは、まだある」

 灰に埋もれていた魔導鎧を前に。

 レオンの頭の中では、すでに次の右腕が形を作り始めていた。

お読みいただき、本当にありがとうございます!

今回は、レオンとリシアがついに灰の谷へ足を踏み入れました。

そして最後に見つけた、壊れた魔導鎧――これがレオンのものづくりにどう影響していくのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価していただけると今後の執筆の大きな励みになります!

感想やコメントも大歓迎です。

好きだった場面、気になったところ、今後見てみたい展開など、ぜひ皆さんのご意見を聞かせてください。

また、作品を気に入っていただけましたら、他の方にも紹介・共有していただけるととても嬉しいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!

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