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廃材鎧でスラムを出る ~最底辺に転生した元軍属の素材専門家、捨てられた素材から魔導鎧を造る~  作者: ジャクロの精霊


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第三話 ひとりでは行けない

翌朝。

 レオンは壊れた右腕の装具を布で包み、背負い袋に入れた。

 机の上には、老人から買った青銀色の金属片が置かれている。

 たった一枚。

 これでは足りない。

 昨日、装具が壊れた原因は分かった。

 魔導機構そのものだけが問題なのではない。

 魔力によって生み出された力に、廃材の鉄が耐えられなかった。

 ならば、やることは単純だ。

 もっと強い素材を手に入れる。

 そのために――灰の谷へ行く。

「よし」

 レオンは跳ねた黒髪を手で適当に押さえ、背負い袋を肩にかけた。

 直らない。

「……まあいいか」

 どうせ探索者登録所へ行くだけだ。

 灰色の上着の袖を確認する。

 何度も縫い直した跡。

 使い古した靴。

 腰には工具を入れた小さな袋。

 探索者というより、工房の雑用係にしか見えない。

 だが、今のレオンにはこれしかない。

 小屋を出る。

 まだ朝だというのに、スラムの路地にはすでに人がいた。

 仕事を探しに行く者。

 廃材を積んだ荷車を押す者。

 昨日の残り物を並べる露店。

 いつもの景色だ。

「レオン」

 呼び止められた。

 振り向くと、向かいの小屋に住む男が椅子に座っていた。

 四十を少し過ぎたくらいだろうか。

 だが、実際の年齢よりずっと老けて見える。

 右足を悪くしていて、今では荷物運びの仕事を時々する程度だった。

「朝からどこへ行く?」

「探索者の登録所」

「探索者?」

 男はレオンの背負い袋を見た。

「まさか、お前……」

「灰の谷へ行きたい」

 男の表情が変わった。

「やめとけ」

 即答だった。

「まだ何も説明してないぞ」

「説明なんかいらん。灰の谷だろ?」

 男は自分の右足を叩いた。

「俺の足も、昔はちゃんと動いた」

 レオンは何も言わなかった。

「俺も若い頃は探索者になった。金を稼いで、こんな場所から出てやるってな」

「……」

「お前くらいの奴は、ここに何人もいたよ」

 男は周囲を見渡した。

「金を貯める。店を持つ。探索者として成功する。いつかスラムを出る――みんな一度くらいは考える」

 男は笑った。

 だが、楽しそうな笑いではなかった。

「それで、何人が出られたと思う?」

 レオンは答えなかった。

「スラムで生まれた奴は、結局スラムに戻ってくる」

 レオンは背負い袋の紐を握った。

 怒りはなかった。

 この男が自分を嫌っているわけではないと分かっていた。

 むしろ逆だ。

 失敗したからこそ、同じ目に遭わせたくないのだろう。

 だからこそ、その言葉は重かった。

「お前が何日かけて何かを作ったって、外の連中は気にしない」

 男は続ける。

「努力なんて見ちゃくれない。見るのは結果だけだ」

 その言葉に、レオンは背負い袋の中にある装具を思い出した。

 三日。

 何十回も失敗した。

 火傷もした。

 ようやく動いた。

 そして、一分も経たず壊れた。

 結果だけを見れば――失敗作だ。

 前世でも似たようなものだった。

 何日調べたか。

 何度試したか。

 どれだけ眠らなかったか。

 そんなものは報告書の最後には残らない。

 残るのは結果だ。

 成功したか。

 失敗したか。

「……そうだな」

 レオンは言った。

 男が少し驚く。

「だったら分かっただろ」

「ああ」

 レオンは頷いた。

「結果が出るまでやればいい」

「……は?」

「一回で駄目なら二回。二回で駄目なら三回」

 レオンは背負い袋を軽く叩いた。

「これも壊れた」

「だったら――」

「だから次は、もっと良くする」

 男は黙った。

「俺はここを出るよ」

 大声ではなかった。

 誰かに聞かせるための言葉でもない。

 ただ、決めていることを口にしただけだった。

 レオンは再び歩き出す。

 背後から返事はなかった。

◇

 探索者登録所は、スラムから歩いて三十分ほどの場所にあった。

 石造りの大きな建物。

 入口を出入りする人間たちを見ただけで、レオンは自分が場違いなのを理解した。

 剣。

 弓。

 杖。

 革鎧。

 金属鎧。

 そして――。

「魔導鎧……」

 一人の男が全身を覆う鎧をまとっていた。

 普通の鎧より明らかに厚い。

 関節部には淡い光を放つ線。

 歩くたび、低い駆動音がする。

 レオンの灰色の瞳が自然とその動きを追う。

 肩。

 肘。

 腰。

 膝。

 重量をどこで支えている?

 関節に負荷が集中していない。

 昨日壊れた自分の装具とは違う。

 魔力はどこから供給されている?

 背中?

 胸部?

「邪魔だぞ」

「あ、悪い」

 後ろから来た探索者に言われ、レオンは慌てて入口を空けた。

 危うく、その場で追いかけて観察するところだった。

「……いつか分解してみたいな」

「怖いこと言うなよ」

 通り過ぎた探索者が振り返った。

「鎧をだ」

「余計怖いわ」

 レオンは中へ入った。

◇

 受付には数人並んでいた。

 やがてレオンの番になる。

「登録ですか?」

「ああ。それと聞きたいことがある」

 受付の男が紙を用意する。

「どうぞ」

「灰の谷へ行きたい」

 ペンが止まった。

 男が顔を上げる。

「……灰の谷ですか?」

「ああ」

 視線がレオンの古びた服へ。

 次に背負い袋。

「探索経験は?」

「ない」

「所属しているパーティーは?」

「ない」

「装備は?」

 レオンは少し考えた。

「製作中」

「製作中?」

 背後から笑い声が聞こえた。

「おいおい」

 振り返る。

 二人組の探索者がこちらを見ていた。

 一人がレオンの服装を見て鼻で笑う。

「スラムのガキが灰の谷だってよ」

 もう一人が言った。

「その格好で行くつもりか?」

 レオンは自分の服を見る。

 灰色の上着。

 継ぎ当て。

 使い古した靴。

「今のまま行くとは言ってない」

「同じようなもんだろ」

 小さな笑い。

 レオンは言い返さなかった。

 慣れている。

 前世では肩書きがあった。

 この世界では十五歳のスラムの少年。

 自分が何を知っているかなど、見ただけでは誰にも分からない。

 なら、説明したところで意味はない。

 受付の男が二人を見る。

「登録資格に出身は関係ありません」

 二人は肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。

 受付の男はレオンへ視線を戻す。

「ですが、灰の谷となると話は別です」

「何が必要なんだ?」

「まず、単独での進入は勧められません。特に初めてなら」

「禁止?」

「絶対的な禁止ではありません。ただし、今のあなたの装備と経験では許可を出せる区域がかなり限られます」

「……なるほど」

「経験者を含むパーティーを組むことを強く勧めます」

 レオンは黙った。

 問題が一つ増えた。

 素材を取りに行くために装備が必要。

 装備を作るために素材が必要。

「面倒だな」

「命に関わることですから」

「それはそうだ」

 受付の男は少し意外そうな顔をした。

「もっと食い下がるかと思いました」

「規則に文句を言って素材が手に入るなら言う」

「……現実的ですね」

「死んだら作れないからな」

 何気なく口にしてから、レオンは少しだけ黙った。

 一度、それを忘れて死んでいる。

 受付の男には、その意味など分からない。

「とにかく、仲間を探してみてください」

「ああ」

 登録に必要な説明を聞き、レオンは建物を出た。

◇

「パーティーか……」

 外で考える。

 知り合いの探索者などいない。

 金を払って護衛を雇う。

 却下。

 そんな金があるなら素材を買っている。

「どうするかな……」

 考えながらスラムへ戻った。

◇

「……ん?」

 いつもの路地へ入ったところで、レオンは足を止めた。

 汚れた木箱に、一人の少女が座っていた。

 見覚えがある。

 昨日、道端で誰かに話しかけていた少女。

 廃品商の老人が言っていた金髪の娘。

「……まだいたのか」

 昨日見た時とは、ずいぶん印象が違った。

 肩より少し長い淡い金色の髪は、本来なら丁寧に手入れされているのだろう。

 だが今は埃でくすみ、毛先には泥までついている。

 白を基調とした旅装も質の良いものだったが、裾には茶色い汚れ。

 細身の杖が木箱へ立てかけられている。

 年齢はレオンと同じくらいに見えた。

 そして何より目を引いたのは、その瞳だった。

 澄んだ空を思わせる青。

 もっとも今は、その空色の瞳が涙で濡れている。

「うぅ……」

 少女は鼻をすすった。

 両手には一枚の地図。

 上下逆だった。

「……どこなのよ、ここ……」

 レオンは地図を見る。

 少女を見る。

 もう一度地図を見る。

 昨日の自分の考えを思い出した。

 ――あんなふうに簡単に知らない人間を信用していたら、そのうち痛い目を見る。

「……本当に遭ったのか」

 小さく呟く。

 そして、そのまま通り過ぎようとした。

「――あっ!」

 背後から声。

「あ、あの! すみません!」

 レオンは止まった。

 少し迷ってから振り返る。

「何?」

 少女が立ち上がる。

「た、助かった……人がいた……」

「人ならさっきからいるだろ」

「みんな話しかけても逃げるんです!」

「その格好で泣きながら地図持ってたら、面倒事だと思う」

「そんなぁ……」

 また泣きそうになる。

「それで?」

「あっ、はい!」

 少女は慌てて地図を広げた。

 まだ逆さまだ。

 レオンは無言で地図を百八十度回転させた。

「……」

「……」

 少女の頬が赤くなる。

「これは……わざとです」

「そうか」

「信じてませんね!?」

「それで?」

「うぅ……」

 少女は咳払いした。

「灰の谷へ行く乗合馬車を探しているんです」

 レオンの表情が変わった。

「灰の谷?」

「はい。この辺りから出ると聞いたんですけど……」

「誰に?」

「案内してくれた男性に」

「いくら払った?」

「え?」

「そいつにいくら払った?」

 少女の表情が曇る。

「……銀貨三枚」

「……」

「な、なんですか、その顔は?」

「高い勉強代だったなと思って」

「え?」

「ここから灰の谷へ行く乗合馬車なんて出てない」

「…………」

 少女の口が少し開いた。

「つまり……」

「ああ」

「私……」

「ああ」

「騙されたんですか!?」

「たぶんな」

「そんなぁぁぁ……!」

 少女はその場にしゃがみ込んだ。

 頭を抱える。

「銀貨三枚……三枚も……!」

 レオンは少しだけ同情した。

 少しだけ。

「じゃあな」

「待ってください!」

 服の裾を掴まれた。

「離せ」

「お願いです! 道だけでも教えてください!」

「灰の谷?」

「はい!」

「なんで行く?」

 少女の表情が変わった。

 裾を掴んでいた手を離す。

「……」

 今度はすぐに答えなかった。

 先ほど騙されたばかりだ。

 昨日のように、知らない人間へ何でも話す気にはなれないらしい。

 少なくとも、一つは学んだようだ。

「言いたくないならいい」

 レオンが歩き出そうとする。

「待って」

 少女が言った。

「……鉱石を探しています」

 レオンの足が止まった。

「鉱石?」

「でも、先に言っておきます」

 少女は少し警戒した目でレオンを見る。

「お金は払いません」

「頼んでない」

「案内料も払いません」

「だから頼んでない」

「あと、知らない場所にはついていきません」

「それは今後も守った方がいいな」

「……なんか腹が立ちます」

 レオンは少しだけ笑った。

「探してる鉱石は?」

 少女は迷ってから、鞄から一枚の紙を取り出した。

 ただし、今度はすぐには渡さない。

「見るだけですよ」

「ああ」

「持って逃げないでくださいね」

「そんな紙、売れないだろ」

「分かりませんよ!」

「じゃあ見せなくていい」

「あっ、待って!」

 少女は慌てて紙を差し出した。

 レオンは受け取る。

 紙には一つの鉱石が描かれている。

 横には特徴らしきものが書かれていた。

 色。

 硬度。

 産出場所。

 いくつかの記述。

「これだけ?」

「はい」

「実物は?」

「あります」

 少女は小さな袋を開いた。

 三つの石を取り出す。

「どれかが同じ鉱石らしいんですけど……私には見分けられなくて」

 レオンは三つを見る。

 一つ目。

 手に取る。

「違う」

「え?」

 二つ目。

「これも違う」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何?」

「ほとんど見ただけじゃないですか!」

「持った」

「そういう意味じゃありません!」

 レオンは一つ目を少女へ返す。

「軽すぎる」

「軽い?」

「説明に比重が高いって書いてある。それに、こっちは割れ方が違う」

 次に二つ目を指す。

「表面の色は似てるけど、中の結晶の出方が違う」

 少女がぽかんとする。

 レオンは三つ目を手に取った。

 重さを確かめる。

 表面を見る。

 爪で軽く擦る。

「三つの中なら、これが一番近い」

「本当ですか!?」

「たぶん」

「たぶん!?」

「分析する設備がない。断言する方がおかしい」

「そ、それはそうですけど……」

 少女はレオンをじっと見る。

 先ほどまでの警戒とは少し違う。

「あなた、鉱石に詳しいんですか?」

「それなりに」

「それなりで、そんなこと分かるんですか?」

「昔から見てる」

 嘘ではない。

 一つ目の人生から数えれば、かなり長い。

「誰かに習ったんです?」

 レオンの返事が一瞬遅れた。

「……まあ、そんなところだ」

 一度目の人生の自分自身に。

 そんな説明をしても信じないだろう。

 少女がさらに何か尋ねようとした時だった。

 彼女の視線がレオンの右手で止まる。

「……その手」

「ん?」

「怪我してるじゃないですか」

 昨日までの作業でできた細かな切り傷。

 火傷。

 レオン自身はほとんど気にしていなかった。

「これくらい――」

「動かないで」

「は?」

 少女がレオンの手を取った。

 柔らかな光が生まれる。

 暖かい。

 レオンの灰色の瞳が少し見開かれた。

 淡い金色の光が傷を包む。

 火傷の赤みが薄くなる。

 切り傷が閉じていく。

 数秒後。

 光が消えた。

「これで大丈夫です」

 少女が微笑む。

 泣いていた時とは、まるで印象が違った。

 泥で汚れた金髪。

 涙の跡が残った頬。

 それでも笑うと、空色の瞳が明るく見える。

 レオンは自分の手を見る。

「……魔法?」

「光魔法です」

「治癒?」

「はい。それと浄化も得意です。毒や軽い状態異常、それから弱い魔力汚染くらいなら――」

「もったいない」

「え?」

「こんな傷に魔力を使うの、もったいないだろ」

 少女の笑顔が消えた。

「……何を言ってるんですか?」

「だから――」

「怪我を治すための魔法なんですけど!?」

「大した怪我じゃない」

「大した怪我になる前に治すんです!」

「放っておけば治る」

「あなた、自分の身体を何だと思ってるんですか!?」

 レオンは少し考えた。

「作業用?」

「疑問形で答えないでください!」

 少女が頭を抱える。

「変な人……」

「よく言われる」

「褒めてません」

 レオンは少女を見る。

 光魔法。

 治癒。

 浄化。

 魔力汚染への対処。

 そして目的地は――灰の谷。

 受付で言われた言葉を思い出す。

 ――経験者を含むパーティーを組むことを強く勧めます。

「お前」

「お前じゃありません」

 少女が頬を膨らませる。

「リシアです」

「リシア」

「はい」

「灰の谷へ行くんだよな?」

「そのつもりです」

「一人で?」

 リシアは目を逸らした。

「……そのつもりでした」

「探索経験は?」

「あります!」

「どれくらい?」

「近郊の森や遺跡なら何度か」

 レオンは少し意外だった。

「本当にあるのか」

「なんで驚くんですか!?」

「地図を逆さまに持ってたから」

「あれは関係ありません!」

「かなり関係あると思うけどな」

「戦うのと道を覚えるのは別です!」

「威張るところじゃない」

「うぅ……」

 リシアは杖を握る。

「少なくとも、あなたよりは経験があります!」

「それは間違いない」

 レオンは即答した。

「俺はゼロだからな」

「ゼロ!?」

 リシアが後ずさる。

「ちょっと待ってください! まさかあなたも灰の谷に?」

「ああ」

「その格好で!?」

 今日二回目だ。

 レオンは自分の服を見る。

「何か問題が?」

「問題しかありません!」

「装備は作ってる途中だ」

「途中の装備で危険地帯に行かないでください!」

 レオンは背負い袋を開けた。

 布を外す。

 壊れた右腕の装具を見せる。

 リシアが固まった。

「……これは?」

「俺が作った」

「あなたが?」

「ああ」

 リシアはすぐには触らなかった。

 少し屈み、壊れた装具を覗き込む。

 不揃いな金属板。

 革紐。

 むき出しになった青い導線。

 歪んだ肘の部分。

「これ……動くんですか?」

 レオンは少し驚いた。

 笑わなかった。

 ゴミとも言わなかった。

 最初に聞いたのは、それだった。

「動いた」

「動いた?」

「ああ」

「これが?」

「壊れたけどな」

「壊れたんじゃないですか!」

「だから改良する」

「直すんじゃなくて?」

「同じものを直しても、また同じところが壊れる」

 レオンは歪んだ部分を指差した。

「原因を調べて、次はもっと良くする」

 リシアは黙った。

 空色の瞳が、壊れた装具をじっと見ている。

「……そのために灰の谷へ?」

「あそこに必要な素材がある」

「でも、一人では危険」

「受付でも言われた」

「当たり前です」

「ああ」

「……」

「……」

 二人はしばらく互いを見る。

 レオンがリシアの持つ鉱石へ視線を落とした。

「リシアは鉱石を見分けられない」

「うっ」

「俺は探索経験がない」

「……」

「利害は一致してる」

 リシアが瞬きをする。

「つまり……一緒に行くってことですか?」

「そうなる」

「ちょっと待ってください」

 リシアが一歩下がった。

 今度はすぐに頷かなかった。

「私は昨日、知らない人を信じて銀貨三枚も取られたんですよ?」

「ああ」

「なのに、今度は会ったばかりのあなたと危険な谷へ行けって?」

「俺は行けとは言ってない」

「え?」

「条件が合うなら組む。嫌なら別の奴を探す」

「……」

「それに」

 レオンはリシアを見る。

「俺だって、お前が信用できるか分からない」

「私も?」

「当然だろ」

「私は治療までしてあげたのに!」

「それと信用できるかは別だ」

「細かい……!」

「昨日騙された奴が言うな」

「それを言わないでください!」

 レオンは少しだけ笑った。

「だから、先に条件を決める」

「条件?」

「ああ」

「……聞くだけ聞きます」

 まだ警戒したまま、リシアが腕を組んだ。

 レオンは指を一本立てる。

「まず、目的の鉱石はそれぞれ必要な分を優先する」

「はい」

「それ以外の素材は六対四」

「……六?」

「俺が六」

「なんでですか!」

「交渉」

「今のであなたへの信用が下がりました!」

「じゃあ五対五」

「最初からそうしてください!」

 レオンは二本目の指を立てる。

「勝手な行動はしない」

「それは賛成です」

「危険だとどちらかが判断したら、一度止まる」

 リシアが少し驚く。

「……あなた、ちゃんと撤退する気はあるんですね」

「死んだら素材を持って帰れない」

「基準が素材なんですね……」

「重要だろ」

「命のほうが先です」

「結果は同じだ」

「全然違います!」

 三つ目。

「嘘をつかない」

 リシアの表情が少し変わった。

「……全部話す、ではなく?」

「必要のないことまで話す必要はない。でも相手の命に関わることは隠さない」

 リシアはしばらく黙った。

 昨日、嘘をつかれて銀貨を失った。

 だからこそ、その条件には意味があった。

「分かりました」

 彼女が頷く。

「最後に一つ」

「まだあるのか?」

「あります」

 リシアが今度は指を立てた。

「私が危険だと言った時は、ちゃんと聞いてください」

「内容による」

「そういうところです!」

「分かった。聞く」

「本当に?」

「判断する前には聞く」

「……まあ、いいでしょう」

 完全に信用したわけではない。

 お互いに。

 だが、それでいい。

 最終的に、目的の鉱石はそれぞれ必要な分を優先。

 それ以外の素材は五対五。

 勝手な行動はしない。

 危険を感じたら立ち止まって相談する。

 相手の命に関わることでは嘘をつかない。

 そこまで決めて。

 ようやくリシアが右手を差し出した。

「では……よろしくお願いします」

「レオンだ」

「え?」

「まだ名乗ってなかった」

「あ」

 リシアが少し恥ずかしそうな顔になる。

「レオンですね」

「ああ」

「よろしくお願いします、レオン」

 彼女の手を握る。

「よろしく、リシア」

 初めての仲間。

 そう呼ぶには、まだ早い。

 互いのことをほとんど知らない。

 信用だって、これからだ。

 今はただ。

 互いに、相手が必要だった。

 それで十分だった。

◇

 手を離したリシアが、もう一度壊れた装具を見る。

「ところで……」

「何?」

「そこまでして、何を作るつもりなんですか?」

 レオンは装具を持ち上げた。

「鎧」

「……え?」

「これは最初の一部だ」

「これが?」

「ああ」

 リシアは壊れた右腕を見る。

 レオンを見る。

 もう一度、右腕を見る。

「……本気なんですね」

「ああ」

「どんな鎧にするんです?」

 レオンは少し考えた。

 まだ完成形など分からない。

 魔導技術について知らないことも多すぎる。

 素材もない。

 金もない。

 設備もない。

 前世の知識だって、この世界では通用しないことがいくらでもある。

 だから。

「分からない」

「え?」

「まだな」

 リシアが意外そうに瞬きをする。

「でも、今より良いものにはする」

「それだけ?」

「それを繰り返す」

 一度で足りないなら、もう一度。

 それでも足りなければ、また。

 前世では、その繰り返しの果てに自分の身体まで壊した。

 同じことを繰り返すつもりはない。

 ――少なくとも、そのつもりだ。

 今度は、生きて結果を見る。

「俺はこれで、スラムを出る」

 リシアの空色の瞳が少し大きくなった。

 笑われると思った。

 だが彼女は笑わなかった。

 しばらくレオンを見つめたあと、小さく息を吐く。

「……やっぱり、変な人ですね」

「よく言われる」

「でも」

 リシアは壊れた装具を見る。

「嫌いじゃないです。そういう考え方」

 レオンは少しだけ目を瞬いた。

「そうか」

「はい」

 それだけだった。

 リシアも、それ以上は言わない。

 こうして。

 廃材から魔導鎧を作ろうとしている少年と。

 昨日知らない男に騙され、今日も地図を逆さまに持っていた光魔法使いの少女。

 二人の奇妙なパーティーが生まれた。

 まだ仲間と呼ぶには早い。

 ましてや、互いを信頼しているわけでもない。

 それでも。

 一人では行けなかった場所へ。

 二人なら、最初の一歩を踏み出せる。

 目的地は――灰の谷。

 レオンにとって初めての、本当の探索が始まろうとしていた。

お読みいただき、ありがとうございます!

レオンとリシアの物語を少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価していただけるととても励みになります。

また、感想やコメントも大歓迎です!

「ここが好きだった」「この先が気になる」「ここはもっとこうしてほしい」など、どんなことでも皆さんの声を聞かせていただけたら嬉しいです。

もしこの作品を気に入っていただけましたら、他の方にも紹介・共有していただけると、とても嬉しいです。

これからもレオンの挑戦を見守っていただければ幸いです。

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