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廃材鎧でスラムを出る ~最底辺に転生した元軍属の素材専門家、捨てられた素材から魔導鎧を造る~  作者: ジャクロの精霊


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第二話 最初の腕

翌朝。

 レオンは目を覚ますと、天井ではなく机を見た。

 昨夜のままだ。

 錆びた金属片。

 小さな歯車。

 使い古された鉄線。

 壊れかけた魔石。

 そして、床に広げた一枚の設計図。

 そこに描かれているのは、右腕を覆う簡素な装甲だった。

 ベッドから起き上がったレオンの黒髪は、いつも以上に跳ねている。

 鏡など見る必要もない。

 どうせ誰に会うわけでもない。

「……夢じゃないな」

 机の上に残された部品を見る。

 昨夜、廃材を組み合わせた関節がほんの数ミリだけ動いた。

 たったそれだけ。

 だが、その数ミリには大きな意味があった。

 一度目の人生で得た知識だけでは、十年間越えられなかった壁。

 魔力。

 その壁に初めて、小さな穴が開いた。

 だからこそ。

 次にするべきことは決まっている。

「偶然を、結果に変える」

 一度だけ動いたものに意味はない。

 同じ条件で、同じ結果を出せるか。

 前世でも、それは何度も叩き込まれた。

 レオンは机に座った。

「まずは昨日と同じ条件からだな」

 昨日組み合わせた部品を一度すべて外す。

 そして、同じ位置に戻した。

 魔石を接続する。

「……」

 何も起こらない。

「だろうな」

 落胆はしなかった。

 むしろ、少しだけ口元が上がった。

 これで調べることができる。

 昨日と今日。

 何が違ったのか。

 レオンは炭筆を取った。

 紙の端に「一」と書く。

 接続位置を少し変えた。

 反応なし。

 結果を書く。

 二。

 鉄線を短くした。

 反応なし。

 三。

 魔石の向きを変える。

 パチッ。

「っ!」

 青白い火花が散った。

 レオンは反射的に手を引いた。

 指先が熱い。

 見ると、右手の人差し指が少し赤くなっていた。

「……これは駄目か」

 紙に大きく×を書く。

 四。

 今度は別の金属片を間に挟む。

 何も起こらない。

 五。

 六。

 七。

 試す。

 記録する。

 条件を変える。

 また試す。

 失敗。

 失敗。

 また失敗。

 それでも、レオンの表情から集中が消えることはなかった。

◇

 気づけば午前中が過ぎていた。

 成功――ゼロ。

「腹減ったな……」

 レオンは棚に置いていた硬いパンを取った。

 一口かじる。

 そして机を見る。

「……」

 もう一口。

 昨日なら、そのままパンを置いて作業へ戻っていたかもしれない。

 だが。

『あと少し』

 頭の奥で、一度目の人生の自分が囁いた気がした。

 レオンは眉をひそめた。

「……食ってからだ」

 硬いパンを最後まで食べる。

 水も飲む。

 それから机へ戻った。

 昨日は確かに動いた。

 ならば何かが違う。

 部品?

 位置?

 魔石?

 それとも――。

 レオンは青い溝を見つめた。

「魔力か」

 やはり、そこへ行き着く。

 一番厄介なもの。

 一度目の人生には存在しなかったもの。

 金属なら分かる。

 鉱物なら調べ方を知っている。

 構造なら観察できる。

 だが魔力には、前世の知識だけでは通用しない。

「材料は分かる。構造も分かる。だが……魔力だけは別物だな」

 認めるしかなかった。

 分からないものは、分からない。

 それを無理やり、自分が知っている何かに当てはめるのが一番危険だ。

 なら。

 この世界のものから学べばいい。

 レオンは立ち上がった。

◇

「魔導具の仕組み?」

 廃品商の老人は、怪訝そうな顔をした。

「ああ」

「昨日は灰の谷について聞いて、今日は魔導具か。お前、今度は何を始める気だ?」

「まだ何も」

「その顔で言っても説得力がないぞ」

「どんな顔だよ」

「ゴミの山から宝でも見つけたみたいな顔だ」

 レオンは答えなかった。

 老人はため息をつく。

「図星かよ」

 レオンは店の奥を見る。

「壊れた魔導具、まだある?」

「あるにはあるが」

「動かなくていい」

「……またゴミを買うのか?」

「だから安いんだろ?」

「お前みたいなのばかりだったら、廃品商は大儲けだな」

 老人は奥へ引っ込み、しばらくして木箱を一つ持ってきた。

 中には壊れた照明器具、ひび割れた魔石、用途の分からない板状の魔導具などが入っている。

「好きに見ろ。ただし壊すなよ」

「もう壊れてるだろ」

「もっと壊すな」

「分かった」

 レオンはしゃがみ込んだ。

 灰色の上着の袖をまくる。

 細い腕。

 手首には、昨日までの作業でできた小さな擦り傷が残っていた。

 最初に、小さな照明器具を手に取る。

 魔石。

 そこから伸びる青い線。

 そして先端の発光部分。

 昨日見た構造と似ている。

 次に別の魔導具。

 やはり魔石から何本もの線が伸びている。

「……なるほど」

「何がなるほどなんだ?」

「いや、まだ分からない」

「分からないのかよ」

 老人が呆れる。

 レオンは気にせず、さらに観察した。

 青い線の太さが違う。

 途中で分岐しているものもある。

 金属の種類も場所によって違う。

 完全な原理は理解できない。

 しかし――。

「流れてるのか?」

 魔石から。

 青い線を通って。

 必要な場所へ。

 前世の電気とは違う。

 同じものだと決めつけるのは危険だ。

 だが、魔石から何かが流れ、それが各部へ伝わっている。

 そう仮定すれば説明できる部分がある。

 ならば、仮説として試せばいい。

 間違っていたら捨てればいい。

 それだけだ。

 レオンは壊れた照明器具を指差した。

「爺さん。これ、いくら?」

「またか」

「いくら?」

「銅貨一枚」

 レオンは財布を開いた。

 残りは四枚。

「半分」

「銅貨をどうやって半分にするんだ」

「じゃあ、これもつけて」

 小さな金属線を指差す。

「お前、本当に十五歳か?」

「貧乏人は値切るのが仕事なんだよ」

「そんな仕事はねえよ」

 老人は頭を掻いた。

「持ってけ」

「ありがとう」

「礼を言うなら最初から値切るな」

 レオンは笑った。

 照明器具を袋へ入れる。

「そういや」

 老人が思い出したように言った。

「昨日、お前が帰ったあと変な娘が来たぞ」

 レオンの手が一瞬だけ止まった。

「娘?」

「金髪の。やたら綺麗な格好した」

 昨日。

 道端で誰かに話しかけていた少女を思い出す。

「何しに?」

「さあな。何かの場所を探してたみたいだが」

「ふうん」

「知らないのか?」

「知らない」

 それだけ答えて、レオンは店を出た。

 自分には関係ない。

 今は。

◇

 小屋へ戻ると、すぐに照明器具を分解した。

 ただし、適当には壊さない。

 一つ外す。

 位置を紙に描く。

 次を外す。

 また描く。

 魔石から伸びる青い線。

 金属板。

 発光部分。

「入口がここで……」

 炭筆を動かす。

「こっちへ繋がって……出口がここ」

 魔力そのものを理解する必要はない。

 少なくとも、今は。

 何をすれば、どういう結果になるのか。

 それを一つずつ確かめればいい。

 これは知っている。

 魔法ではない。

 研究のやり方だ。

 分からない現象でも、条件を変え、結果を記録し、再現できるものを探す。

 一度目の人生で身につけたのは、金属についての知識だけではない。

 分からないものを調べる方法。

 それもまた、レオンが前世から持ち込んだものだった。

 レオンは昨日の関節部品を取り出した。

 照明器具の構造を参考にして、魔石との接続方法を変える。

 魔石を置く。

 深呼吸。

「よし」

 接続した。

 何も起こらない。

「……違うか」

 外す。

 記録。

 もう一度。

 反応なし。

 記録。

 もう一度。

 パチッ!

「熱っ!」

 火花。

 指先に小さな赤い跡ができる。

 レオンは眉をひそめた。

 そして、すぐに次の部品へ手を伸ばす。

 ――あと一回。

 その瞬間。

 手が止まった。

『これだけ終わらせる』

 白い部屋。

 止まらない咳。

 重い身体。

 それでも机へ戻ろうとする自分。

『あと一回だけ』

 そして。

 病院の白い天井。

「……馬鹿か、俺は」

 レオンは手を引いた。

 立ち上がる。

 水で指を冷やす。

 窓を開ける。

 椅子に座る。

 何もしない。

 一分。

 二分。

 落ち着かない。

 机が気になる。

「……」

 五分。

 まだ気になる。

 十分快。

「死んでまで同じことする必要はないだろ」

 自嘲する。

 火傷を見る。

 大した傷ではない。

 だからこそ危険だった。

 一度目の人生でも、最初はそうだった。

 少しくらい。

 今日だけ。

 あと一回。

 それを何年も繰り返した。

「今度は違う」

 誰も聞いていない。

 それでも口にした。

 十分ほど休んでから、作業へ戻った。

 今度は指へ布を巻いた。

「続きだ」

◇

 三十二回目。

 レオンは魔石を接続した。

 青い線が光る。

「来た」

 関節が震えた。

 カチッ。

 動いた。

 昨日より大きい。

 レオンはすぐに喜ばなかった。

 記録を見る。

 接続位置。

 線の長さ。

 魔石の向き。

「……もう一度」

 一度切る。

 同じ条件。

 再接続。

 青い光。

 カチッ。

 動く。

「もう一回」

 カチッ。

 三回。

 同じ結果。

 そこで初めて。

 レオンの口元が上がった。

「偶然じゃない」

 再現できた。

 ようやく一つ掴んだ。

◇

 そこから三日。

 失敗は終わらなかった。

 むしろ増えた。

 関節が逆方向へ動いた。

 魔力が途中で途切れた。

 金属線が焼けた。

 一度など、固定具が外れて部品が壁まで飛んだ。

「危なっ!」

 レオンは慌てて頭を下げた。

 カンッ!

 背後の壁に小さな傷が増える。

「……盾も必要だな」

 紙に書き加える。

 失敗する。

 原因を探す。

 直す。

 また失敗する。

 休む。

 食べる。

 そして、また試す。

 その繰り返しだった。

 前世と同じように結果を追い続けている。

 だが、一つだけ違う。

 身体が警告した時には、止まる。

 少なくとも――止まろうとはしていた。

◇

 三日目の夕方。

 机の上に、それは完成した。

「……ひどいな」

 自分で作ったものを見て、レオンは笑った。

 右手から肘の少し手前までを覆う装具。

 金属板の色はバラバラ。

 革紐で固定している部分もある。

 魔力を通す青い線は一部がむき出し。

 見た目だけなら、間違いなく廃材の寄せ集めだ。

 鏡代わりの小さな金属板に、自分の姿が映る。

 痩せた十五歳の少年。

 古びた灰色の服。

 跳ねた黒髪。

 そして右腕だけに取り付けられた、歪で不格好な装具。

「……似合ってるな」

 高価な鎧より、今の自分にはよほど似合っている。

 レオンは右腕を通した。

 革紐を締める。

「重い」

 改善点、その一。

 紙に書く。

 手首を曲げる。

「動きにくい」

 改善点、その二。

 指を握る。

 装具が動きを補助する。

 ギギッ。

「うるさい」

 改善点、その三。

 それでも。

 動く。

 レオンは小屋の隅に置いてあった金属塊を見た。

 普段なら両手で持つものだ。

 右手だけで掴む。

「さて」

 魔石を作動させる。

 まだ魔力そのものを細かく制御できるわけではない。

 だが装具内部の魔石が反応した。

 青い線が淡く光る。

「……っ!」

 持ち上がった。

 数センチ。

 十センチ。

 レオンの灰色の目が大きくなる。

「上がった……!」

 右腕だけで。

 思わず笑った。

「本当に――」

 ミシッ。

 嫌な音。

「え?」

 バキン!

「うおっ!」

 金属塊が床へ落ちた。

 ドン!

 小屋全体が揺れる。

 レオンは慌てて右腕を見る。

 肘付近の金属板が大きく歪んでいた。

 固定具も曲がっている。

「……」

 沈黙。

 完成から一分も経っていない。

 レオンは壊れた装具を見る。

 三日。

 三十二回どころではない失敗。

 火傷。

 何枚も使った紙。

 ようやく動いた。

 そして。

 一分で壊れた。

「……くそ」

 初めて、そんな言葉が漏れた。

 悔しい。

 当たり前だ。

 何度失敗しても平気なわけではない。

 自分だって結果が欲しい。

 成功したい。

 こんな場所から出たい。

 前世で結果を求め続けた時と、何も変わっていないのかもしれない。

 レオンは目を閉じる。

 数秒。

 そして再び、壊れた腕を見る。

「……いや」

 壊れた。

 なら。

「原因を探せ」

 自分に言い聞かせる。

 感情と結果は別だ。

 レオンは装具を外した。

 歪んだ金属板を見る。

 力が集中している。

 魔導機構が生み出した力に、素材そのものが耐えられなかった。

「強度不足……」

 炭筆を取る。

 紙に書く。

 今ある鉄では駄目だ。

 もっと軽く。

 もっと粘りがあり。

 この力に耐えられる素材。

 レオンの視線が机の端へ向いた。

 そこには、あの黒ずんだ金属片が置いてある。

 老人から買った魔導鎧の残骸。

 削った部分から、青銀色の内部が見えている。

 レオンはそれを手に取った。

「これなら……」

 だが量が足りない。

 腕一本を補強するにも到底足りない。

 どこにあるのか。

 答えなら、すでに聞いていた。

 レオンは壁に貼った粗末な地図を見る。

 街の北。

 炭筆で丸をつけた場所。

 灰の谷。

 死者が出る危険地帯。

 レオンは壊れた右腕を見る。

 次に、青銀色の金属片を見る。

「原因は分かった」

 必要なものも分かった。

 ならば次にすることは一つだ。

「あとは――材料を取りに行くだけだ」

 もっとも。

 十五歳のスラムの少年が一人で灰の谷へ行けるほど、この世界は甘くない。

 そしてレオンはまだ知らなかった。

 昨日スラムで見かけた金髪の少女もまた――灰の谷へ向かう理由を持っていることを。

この章を読んでいただき、本当にありがとうございます。もし気に入っていただけたら、評価やコメント、良かった点、悪かった点、改善点などをお寄せいただけると嬉しいです。

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