第9話 掲示板回:追放者、実は有能説
【田舎飯】例の神猫配信、見てるやついる?【異世界帰還者?】
1:名無しの視聴者
最近おすすめに流れてくる田舎の料理配信、なんなんだあれ。
猫がかわいい。
2:名無しの視聴者
どれ?
3:名無しの視聴者
納屋みたいなとこでモンスター肉焼いてるやつ。
角兎の味噌焼きと牙猪の生姜焼きでバズった。
4:名無しの視聴者
あー、見た。
飯テロすぎて深夜に米炊いた。
5:名無しの視聴者
猫がかわいい。
6:名無しの視聴者
猫の話しかしてないやついるな。
7:名無しの視聴者
いや猫が本体だろ。
あの白い猫、絶対ただの猫じゃない。
配信中に魚の焼き加減を前足で止めてたぞ。
8:名無しの視聴者
神猫ミコト様な。
名前覚えろ。
9:名無しの視聴者
あの配信者、元《暁の剣》の追放者らしいぞ。
10:名無しの視聴者
は?
11:名無しの視聴者
暁の剣って黒瀬蓮がリーダーの大手攻略者チームだよな。
テレビにも出てる。
12:名無しの視聴者
追放者が田舎で料理配信?
情報量が多い。
13:名無しの視聴者
名前、神代悠真だっけ。
昔、暁の剣にいた雑用係みたいなやつ。
14:名無しの視聴者
雑用係が氷結トラウトさばけるのかよ。
15:名無しの視聴者
氷結トラウトって廃坑系ダンジョンの冷水層に出るやつ?
素人が触ったら指持ってかれる魚だろ。
16:名無しの視聴者
そうそう。
なのに昨日の配信で塩焼きにしてた。
皮パリッパリ、身ふわっふわ。
コメント欄が「米」「酒」「村どこ」で埋まってた。
17:名無しの視聴者
あの回やばかった。
焼いてる途中で脂が炭に落ちて、じゅって音した瞬間、俺の腹も鳴った。
18:名無しの視聴者
村のじいちゃんが「これは魚じゃな」って真顔で言ってたのよかった。
19:名無しの視聴者
配信者本人、ずっと「普通に焼いただけです」みたいな顔してるの怖い。
20:名無しの視聴者
あいつ、冤罪で追放されたって噂あるぞ。
21:名無しの視聴者
はいはい、また信者の妄想。
22:名無しの視聴者
黒瀬さんが追放するってことは相応の理由があったんだろ。
暁の剣に迷惑かけたやつを持ち上げんなよ。
23:名無しの視聴者
黒瀬ファン来た?
24:名無しの視聴者
別にファンじゃないけど、問題起こしたから追放されたんじゃないの?
今さら田舎で猫使って好感度稼ぎとか、ちょっとね。
25:名無しの視聴者
猫使って好感度稼ぎは草。
猫に使われてる側だろ、あれ。
26:名無しの視聴者
ミコト様「悠真、火が強い」
悠真「はい」
完全に上下関係できてる。
27:名無しの視聴者
コメント欄は平和なのに掲示板はすぐこうなるな。
28:名無しの視聴者
配信コメント欄
「おいしそう!」
「猫かわいい!」
「村のおばあちゃん元気?」
「通販まだ?」
掲示板
「追放の真相がー」
「黒瀬がー」
「猫が本体」
29:名無しの視聴者
最後だけ同じじゃねえか。
30:名無しの視聴者
料理技術が異常すぎるのはガチ。
牙猪の解体、見たやついる?
あれ普通の猟師でも無理だろ。
31:名無しの視聴者
包丁の入り方が綺麗すぎる。
血抜きも早いし、臭み消しも最低限。
なのに肉の旨味だけ残してる。
32:名無しの視聴者
でも料理人なんだろ?
異世界帰還者なら珍しくないんじゃね?
33:名無しの解体士
横からすまん。
珍しくないわけがない。
34:名無しの視聴者
なんか来た。
35:名無しの視聴者
自称専門家?
36:名無しの解体士
自称でいい。
俺は解体場勤務十七年。地球産の獣も、ダンジョン個体も扱ってる。
あの神代って人の手元、普通じゃない。
37:名無しの視聴者
具体的に頼む。
38:名無しの解体士
まず角兎。
角の根元に魔力の芯がある。雑に抜くと肉に苦味が回る。
配信では、ほぼ迷いなく芯の外側だけ切っていた。
あれは個体差を見て刃を入れないとできない。
39:名無しの視聴者
へー。
40:名無しの解体士
牙猪も同じ。
牙猪は肩の筋膜が硬い。力任せにやると肉が裂けて食感が落ちる。
神代氏は刃を寝かせて、筋膜だけを剥がしていた。
しかも配信しながら、村のおばあさんに味噌の量を聞きながら。
41:名無しの視聴者
あれ雑談しながらやってたよな。
42:名無しの解体士
普通は無理。
集中しても難しい。
さらに氷結トラウトはもっと異常。
43:名無しの視聴者
魚も?
44:名無しの解体士
氷結トラウトは死後硬直が早い。
内臓に冷気袋があって、破ると身が水っぽくなる。
配信では腹を開く角度が完璧で、冷気袋に触れていない。
それどころか、袋の冷気を利用して身の温度を保っていた。
45:名無しの視聴者
なにそれプロすぎん?
46:名無しの解体士
プロでもそこまでやる人は少ない。
俺なら店で出す前提でも緊張する。
あの人は「今日は塩がいいですね」くらいの顔でやっていた。
47:名無しの視聴者
追放者、実は有能説。
48:名無しの視聴者
いや有能どころじゃなくない?
49:名無しの視聴者
でも暁の剣では雑用だったんだろ?
50:名無しの解体士
雑用という言葉の範囲がわからん。
ただ、あのレベルの処理ができる人間がパーティにいたなら、食料管理、素材管理、傷薬の材料処理、魔力汚染の除去まで任せられる。
攻略効率がかなり変わるはず。
51:名無しの視聴者
つまり、縁の下の力持ち?
52:名無しの解体士
縁の下どころか、土台。
53:名無しの視聴者
黒瀬さんたちが強かったのって、神代がいたからってこと?
54:名無しの視聴者
決めつけはよくない。
でも抜けた後の暁の剣、最近ちょっと荒れてるよな。
55:名無しの視聴者
この前の配信で黒瀬、顔色悪かった。
白鳥玲奈もずっと黙ってたし。
56:名無しの視聴者
玲奈さんは何か気づいてそう。
57:名無しの視聴者
おいおい、妄想で現役チーム叩くなよ。
神代が本当にすごいなら、なんで今まで表に出なかったんだよ。
58:名無しの視聴者
本人が表に出る気なさそうだからでは。
59:名無しの視聴者
料理配信も、バズりたい感じじゃないよな。
毎回、村の人に食わせるのが先。
コメント読み上げも莉子って女の子が横から教えてる感じ。
60:名無しの視聴者
莉子ちゃん有能。
昨日も変なコメント拾わずに「焼き上がりの音、入ってますか?」って流してた。
61:名無しの視聴者
あの管理役いなかったら、悠真ぜんぶ真正面から返事しそう。
「冤罪ですか?」って聞かれて「ええと、飯が冷めます」って言いそう。
62:名無しの視聴者
言いそうで草。
63:名無しの視聴者
黒瀬側が暴露動画出すって噂あるぞ。
64:名無しの視聴者
またか。
65:名無しの視聴者
タイトルだけ見た。
「追放者・神代悠真の真実」みたいなやつ。
サムネが黒背景で赤文字。
66:名無しの視聴者
古い。
67:名無しの視聴者
でも伸びるんだよな、そういうの。
68:名無しの解体士
もし動画で「料理しかできない無能」と言うなら、業界の人間は笑うと思う。
料理しかできないのではなく、危険素材を食材に変えられる。
これは攻略後方職として最高峰の技能だ。
69:名無しの視聴者
専門家砲きた。
70:名無しの視聴者
気持ちいいな。
71:名無しの視聴者
ていうか、あの猫もやばい。
ミコト様、氷結トラウトが跳ねた瞬間に尻尾で桶押さえてたぞ。
猫か?
72:名無しの視聴者
神猫だって言ってんだろ。
73:名無しの視聴者
結論
・悠真は料理がうまい
・解体技術が異常
・猫が本体
・村人が幸せ
これでよくない?
74:名無しの視聴者
よい。
75:名無しの視聴者
米炊いてくる。
◇
俺は、その掲示板を見ていなかった。
正確に言うと、存在は知っていた。莉子さんが「今、悠真さんの名前でスレ立ってます」と難しい顔をしていたからだ。
ただ、俺の手はそれどころではなかった。
大鍋の中で、牙猪の骨から取ったスープが白く濁っている。そこに氷結トラウトのアラを少しだけ加えると、獣の太い旨味に、冷たい川みたいな澄んだ香りが重なった。
「悠真、灰汁」
「はいはい」
ミコトが作業台の上で尻尾を振る。俺はお玉で灰汁をすくい、味見用の小皿にスープを落とした。
納屋キッチンの外では、村の人たちが折りたたみ椅子を並べている。今日の配信は、限定メニューの試作だった。氷結トラウトの塩焼きで村に客が来るようになってから、ばあちゃんたちが張り切ってしまい、「汁物もあったほうがいい」と言い出したのだ。
ありがたい話だった。
俺が追放されたとか、冤罪だとか、誰が何を言っているとか。
そういうものから一番遠いところで、鍋は静かに湯気を上げていた。
「悠真さん、コメント欄は今のところ平気です」
スマホを確認していた莉子さんが言う。
「平気じゃないときもあるのか?」
「あります。なので見なくていいです」
「そうか」
「本当に見なくていいです」
念を押された。
俺は苦笑しながら、刻んだ山菜を鍋に入れた。香りが一段明るくなる。ミコトが鼻をひくひくさせ、満足そうに目を細めた。
「うむ。悪くない」
「それはよかった」
配信画面の向こうでは、コメントが流れている。
『湯気だけでうまい』
『音がずるい』
『ミコト様チェック入りました』
『村の人たちの器かわいい』
『今日も平和で助かる』
莉子さんはその中から、料理の質問だけを拾って俺に渡してくれる。塩の量、魚の下処理、牙猪の臭み抜き。俺は答えられる範囲で答えた。
そのとき、莉子さんのスマホが震えた。
配信用とは別の、私物のほうだ。
画面を見た瞬間、莉子さんの顔色が変わった。
「……悠真さん」
「どうした?」
「村の子が一人、いないそうです」
納屋の空気が、すっと冷えた。
外で椅子を並べていた村長が、こちらに駆け寄ってくる。息が荒い。額に汗がにじんでいた。
「悠真くん、すまん。蒼太が、廃坑のほうへ行ったかもしれん」
「廃坑?」
俺は火を弱めた。
廃坑は、ついこの前から様子がおかしくなっている。内部に冷気が溜まり、ダンジョン化の兆候が出ていた。氷結トラウトが出たのも、そのせいだ。
子供が入っていい場所ではない。
「いつからですか」
「夕方から姿が見えん。母親が探しとったんだが、友達が言うには、光る石を見に行くって……」
莉子さんがすぐに配信端末を手に取った。
「悠真さん、配信を切ります。説明は私が」
「いや」
俺は壁に掛けていた上着を取った。包丁を置き、代わりに古い鉈とロープを腰に下げる。
ミコトが作業台から音もなく飛び降りた。
「悠真、急げ。風が変わった」
その一言で、迷いは消えた。
莉子さんが配信停止のボタンを探す。けれど手が震えているのか、画面が切り替わらない。コメント欄がざわつき始めた。
『え、なに?』
『廃坑?』
『子供って聞こえた』
『悠真さん?』
『ミコト様が本気の顔してる』
「莉子さん、村の人に入口を塞がないよう伝えてください。あと救急と役場に連絡。誰も中に入れるな、と」
「はい!」
「配信は」
切っている暇がなかった。
俺はスマホがまだこちらを映しているのを横目で見た。湯気の上がる鍋。並んだ器。心配そうな村人たち。そして、廃坑へ向かって走り出す俺とミコト。
コメント欄が一気に流れる。
『待って』
『配信ついたまま』
『救助?』
『無事でいて』
『悠真さん、行って!』
夜の山道へ踏み出した瞬間、冷たい風が頬を打った。
廃坑の奥から、かすかに魔力の匂いがする。
俺は息を吸い、走る速度を上げた。




