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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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8/20

第8話 カフェ店主は配信に詳しい

「結論から言うと、悠真さんは危ない」


 翌朝、村の小さなカフェで、早瀬莉子は開口一番そう言った。


 店の名前は、カフェ・こもれび。


 古い民家を改装した店で、梁の太さや柱の傷がそのまま残っている。窓際には乾燥ハーブの束が吊られ、カウンターの奥ではコーヒーの香りが静かに湯気を立てていた。


 外の畑からは、朝露の匂いと土の匂いが流れ込んでくる。


 そんな穏やかな空間で、俺は正面から断罪されていた。


「危ない、ですか」


「危ない。無防備。無頓着。あと、ちょっと信じられない」


「最後のは傷つきますね」


「傷ついていいところです」


 莉子さんはカウンターに肘をつき、俺のスマホ画面を指で軽く叩いた。


 画面には、昨日の配信アーカイブが表示されている。


 廃坑の近くで釣り上げた氷結トラウト。


 銀青色の鱗を持つ魚を炭火で焼き、皮目がぱりっと弾け、内側から透明な脂がじゅわっと滲んだあの場面だ。


 コメント欄は、今も勝手に増え続けている。


『なにこの魚うまそう』

『猫様の食べっぷりで味がわかる』

『田舎のモンスター食堂、登録した』

『異世界帰還者ってマジ?』

『場所どこ? 行きたい』


 最後のコメントを見て、莉子さんの眉がぴくりと動いた。


「ほら。これ」


「場所を聞かれてますね」


「悠真さん、昨日の配信で廃坑に行く道、けっこう映してましたよね」


「ああ……まあ、村の人ならわかる程度には」


「村の人じゃない人にも、わかる人はわかります」


 そう言われると、返す言葉がない。


 俺は配信を、ただ飯を作って食べる延長くらいに考えていた。


 もちろん、見てくれる人がいるのは嬉しい。コメントで「うまそう」と言われれば、火加減を褒められたみたいで悪い気はしない。


 けれど、莉子さんが見ているものは、俺とは少し違うらしい。


「顔出しもそう。悠真さん、自分の顔が出ることに抵抗なさすぎです」


「別に隠すほどの顔でもないですし」


「そういう問題じゃないです」


 ぴしゃりと言われた。


 カウンターの上で丸くなっていたミコトが、片目だけ開ける。


「にゃ」


 それはたぶん、俺が悪い、という鳴き声だった。


「ミコトまで」


「神猫様はわかってますね」


「にゃあ」


 ミコトは満足げに尻尾を揺らした。


 莉子さんは小さく笑ってから、すぐに真面目な顔に戻る。


「顔、声、住んでる場所、よく行く場所、人間関係。配信を続けると、そういうのが少しずつ外に出ます。悪い人だけじゃないけど、善意だけでもない。あと、勝手に切り抜かれる。勝手に燃やされる。勝手に物語を作られる」


「物語……」


「『冤罪で追放された異世界帰還者』ってだけで、かなり強いワードなので」


 自分で言われると、なんとも居心地が悪い。


 俺にとっては、ただの過去だ。


 こっちの世界に帰ってきて、うまく立ち回れず、仲間だと思っていた連中に捨てられた。説明しようとしても届かず、気づいたら田舎に流れ着いていた。


 それだけの話だ。


 けれど、画面越しの誰かにとっては、違う意味を持つのだろう。


「じゃあ、配信やめた方がいいですか」


 俺が聞くと、莉子さんは少しだけ黙った。


 コーヒーの雫が、ぽたりとサーバーに落ちる。


「やめたいなら、やめた方がいいです。でも、やりたいなら整えた方がいい」


「整える」


「まず顔出しは無理にしない。映すなら手元と料理中心。場所が特定される景色は避ける。村の人を映すときは必ず許可を取る。コメント欄は、禁止ワードを設定して、変なのは消す。相手にしない。あと、収益化するなら権利関係も見る」


「権利」


「BGM。画像。店名。素材。人の顔。あと、モンスター食材を売るなら、採取や流通の許可も絡むかもしれません。ギルドがうるさく言ってきたの、その辺りもあるんじゃないですか?」


「なるほど……」


 俺は素直に頷いた。


 半分くらいは、言われて初めて気づいたことだった。


 異世界では、危険はだいたい牙や爪や毒の形をしていた。見ればわかる。避けるか斬るか焼くかすればよかった。


 でも、こっちの危険は見えにくい。


 コメント欄の一行。短い動画。名前のない噂。


 そういうものが、人の生活を簡単に削るのだと、莉子さんは知っているのだろう。


「莉子さん、詳しいですね」


「都会にいた頃、動画編集の仕事をしていたので」


 彼女はさらりと言った。


「企業案件の動画とか、配信者の切り抜き管理とか、炎上したチャンネルの火消し素材とか。まあ、いろいろ」


「火消し素材」


「聞かなかったことにしてください」


「はい」


 深く聞かない方がいい声だった。


 莉子さんはノートパソコンを開き、てきぱきと画面を操作する。


「とりあえずチャンネル概要を直します。連絡先は専用メール。村の住所は書かない。コメント設定も見る。あと、サムネが弱い」


「サムネ?」


「昨日の氷結トラウト、あの焼き目でどうして真っ暗な廃坑入口をサムネにしたんですか」


「異変調査っぽいかなと」


「料理チャンネルでしょ」


「はい」


「魚を見せて。脂を見せて。ミコト様の圧を見せて」


「にゃっ」


 ミコトが胸を張った。


 莉子さんはスマホをこちらに向ける。


 画面には、昨日の映像から切り出した一枚が表示されていた。


 炭火の上、氷結トラウトの皮が薄く反り、銀青の鱗が熱で透明感を帯びている。割れた皮の隙間から、白い身と澄んだ脂が光っていた。その横で、ミコトが爪先立ちになって魚を凝視している。


 たしかに、こっちの方がうまそうだ。


「……すごいですね」


「素材がいいだけです。料理も、猫も」


「俺は?」


「無防備」


「評価が固定された」


 そう言うと、莉子さんは少しだけ楽しそうに笑った。


 その日の昼、俺たちは氷結トラウトを使った限定メニューを作ることになった。


 昨日の釣果は、ミコトにかなり食べられたが、村長に渡す分と、試作用に取っておいた分が少し残っていた。


 カフェ・こもれびの厨房は、納屋キッチンとは違って清潔で整っている。磨かれたステンレスの台、使い込まれたフライパン、ハーブの瓶。莉子さんの手つきは、料理人というより段取りのいい編集者に近かった。


「メニュー名は?」


「氷結トラウトの香草バター焼き定食、でどうですか」


「強いけど長い。黒板には『氷結トラウト香草バター』で」


「定食感が消えません?」


「写真で伝えます」


 現実的だった。


 俺は氷結トラウトの身に、軽く塩を振る。


 この魚は不思議なことに、冷たい川で釣ったばかりのような清涼感が身に残る。脂はあるのに重くない。包丁を入れると、刃先からふわりと冷気が立ち、手元に薄い霧が落ちた。


「本当に魔法みたい」


「実際、少し魔力を帯びてます」


「それ、食品表示どうするんでしょうね」


「考えたことなかったです」


「考えてください」


「はい」


 莉子さんがフライパンにバターを落とす。


 じゅ、と音がして、白い泡が細かく立った。


 俺はそこへ魚を置く。皮目からだ。


 瞬間、厨房に香りが広がった。


 バターの甘い香り。焼ける皮の香ばしさ。氷結トラウト特有の、雪解け水みたいな澄んだ匂い。莉子さんが刻んだローズマリーとディルを加えると、青い香りが立ち上がり、魚の脂をすっと軽くした。


 スプーンで熱いバターをすくい、身に何度もかける。


 白い身がふっくらと膨らみ、表面に黄金色の膜ができていく。皮は端からぱりぱりに固まり、箸で触れたら音がしそうだった。


 付け合わせは、村のじゃがいもを潰したもの。


 牛乳とバターでなめらかにして、少しだけ味噌を混ぜる。異世界の食材に、村の味を合わせる。俺が今やりたいのは、たぶんそういうことだ。


「ご飯にもパンにも合うね」


「定食ならご飯です」


「カフェならパンも出したい」


「じゃあ選べるようにしましょう」


「手間が増える」


「でも嬉しいですよ」


 莉子さんは一瞬だけ考え、それから肩をすくめた。


「じゃあ、数量限定で」


 黒板にチョークで書かれた文字は、思ったよりすぐに人を呼んだ。


 最初に来たのは、畑帰りの柴田さん夫婦だった。


「おお、これが噂の魚か」


「ミコト様が全部食べたって聞いたけど、残ってたんだねえ」


「にゃ」


 店の隅で丸くなっていたミコトが、なぜか得意げに鳴く。


 次に、郵便局の若い職員が来た。さらに、隣町へ買い出しに行っていた村の人が、配信を見た知り合いを連れて戻ってきた。


 昼過ぎには、カフェの駐車場に見慣れない車が二台停まっていた。


「本当に来た……」


 莉子さんが窓の外を見て呟く。


 店内には、バターと焼き魚とコーヒーの香りが重なっていた。


 客の前に皿を置くたび、同じ反応が起きる。


 まず、香りで黙る。


 次に、皮へナイフを入れた瞬間のぱりっという音で目が開く。


 そして身を口に運ぶと、肩の力が抜ける。


「うま……」


「なにこれ、川魚なのに臭みが全然ない」


「脂が甘いのに、後味が涼しい」


「じゃがいもの味噌、合うなあ」


 その声を聞いているだけで、胸の奥が少し温かくなる。


 村に、久しぶりに客が来た。


 誰かが大声で騒ぐわけじゃない。けれど、店の中に人の気配が増え、皿の音が鳴り、コーヒーが追加で落とされる。そのたびに、眠っていた場所が少しずつ息を吹き返していくようだった。


 莉子さんは忙しそうに動きながらも、隙を見てスマホで写真を撮っていた。


「これ、今日の配信で使います?」


「いいんですか」


「宣伝は必要。でも店内の人は映さない。料理だけ。あと、来店を煽りすぎない。食材の数も限られてるし、村に迷惑がかかる」


「了解です」


「本当に?」


「本当に」


 俺が頷くと、莉子さんは疑うように目を細めた。


「じゃあ、コメントで場所を聞かれたら?」


「詳しい場所は出さない。営業情報は莉子さんと相談してから」


「村人が映りそうになったら?」


「カメラを下げる」


「変なコメントが来たら?」


「相手にしない。消す。必要ならブロック」


「よし」


 なぜか採点された。


 ミコトがカウンターに前足をかけ、皿の方を見つめている。


「ミコト様には出さないよ。昨日食べすぎ」


「にゃああ」


「抗議してもだめ」


 莉子さんがきっぱり言うと、ミコトは俺の方を見た。


 助けを求める目だった。


「……少しだけ、端の身を」


「悠真さん」


「はい」


 俺は背筋を伸ばした。


 結局、ミコトには味付け前に取っておいた小さな切れ端を焼いて出した。


 ミコトはそれを一瞬で食べ、空の皿を名残惜しそうに舐めた。


 夕方、限定メニューは完売した。


 黒板の文字を莉子さんが消すと、店にいた村の人たちから自然に拍手が起きた。


「いやあ、久しぶりに賑やかだったな」


「またやってくれよ、悠真くん」


「廃坑の件も心配だけど、こういう明るい話があると助かるねえ」


 その言葉に、俺は深く頭を下げた。


「また食材が手に入ったら、やります」


 復讐したいわけじゃない。


 俺を捨てた連中に、何かを見せつけたいわけでもない。


 ただ、うまいものを作って、誰かが笑う。


 それだけで、今日一日がちゃんと意味を持つ。


 そう思えることが、今の俺にはありがたかった。


 閉店後、莉子さんはカウンターに座り、売上を確認しながら小さく息を吐いた。


「……村おこしって、こういう入口から始まるのかもね」


「大げさじゃないですか」


「大げさじゃないですよ。人が来た。お金が落ちた。村の人が喜んだ。これ、ちゃんとした変化」


 彼女は顔を上げ、まっすぐ俺を見た。


「だからこそ、守らないといけない。悠真さん自身も、ミコト様も、この村も」


「はい」


 今度は、ちゃんと頷けた。


「莉子さん、協力してもらえますか。配信のこと、俺一人だとたぶん危なっかしいので」


「たぶんじゃなくて確実に危なっかしい」


「そこは言い切るんですね」


「言い切ります。でも、協力はします」


 莉子さんは、少しだけ口元を緩めた。


「その代わり、食材が入ったらうちにも回してください。ちゃんとメニューにします」


「もちろんです」


「あと、サムネは勝手に変な廃坑にしない」


「はい」


「タイトルに『衝撃』とか『絶対見ろ』とか入れない」


「入れません」


「ミコト様の食べすぎは止める」


「それは難しいかもしれません」


「にゃ」


 ミコトが低く鳴いた。


 そこだけは、莉子さんも苦笑するしかなかった。


 その夜、俺は納屋キッチンに戻り、今日の短い動画を投稿した。


 皿の上の氷結トラウト。


 ぱりっと割れる皮。


 湯気をまとった白い身。


 村のじゃがいもと味噌の香り。


 顔は映さず、場所もぼかした。コメント欄の設定も、莉子さんに教わった通りにした。


 投稿してすぐ、反応が流れ始める。


『飯テロが強すぎる』

『店で出したの!?』

『村の人うらやましい』

『猫様の取り分は?』

『田舎のモンスター食堂、ちゃんとしてきたな』


 俺は最後のコメントを見て、少し笑った。


 ちゃんとしてきた。


 たぶん、それは莉子さんのおかげだ。


 同じ頃。


 都会の高層マンションの一室で、黒瀬蓮はスマホを握りしめていた。


 画面には、悠真の動画が映っている。


 コメント欄には称賛が並び、登録者数はまた増えていた。


「……なんでだよ」


 黒瀬の声は低く、濁っていた。


 自分たちが切り捨てた男。


 何もできないと決めつけ、罪を押しつけ、視界の外へ追いやったはずの男。


 その男が、田舎で笑われるどころか、感謝されている。


 評価されている。


 求められている。


 それが、黒瀬には許せなかった。


「調子に乗りやがって」


 彼はノートパソコンを開く。


 保存フォルダの中には、古い映像と音声、都合よく切り取られた資料が並んでいた。


 タイトル案の欄に、黒瀬はゆっくりと文字を打ち込む。


『元仲間が告発 田舎配信者・神代悠真の本当の顔』


 黒瀬は口元を歪めた。


「配信で持ち上げられたなら、配信で潰してやる」


 暗い画面に、編集ソフトのタイムラインが伸びていった。


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