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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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第5話 田舎のモンスター食堂、仮開店

 チャンネル名を決めるのに、半日かかった。


「山奥スローライフ飯……いや、なんか違うな」


 縁側に座ってスマホを睨みながら、俺は独り言をこぼした。


 昨日の配信は、どう考えても事故だった。


 料理動画を撮るつもりがライブになり、気づけば知らない人たちがコメント欄で盛り上がっていて、角兎の味噌焼きと白い猫――いや、ミコトの食べっぷりが妙に拡散されていた。


 朝起きたら通知が壊れたみたいになっていた。


 登録者数は、昨日の夜の時点で二百人くらいだったはずなのに、今は三千を超えている。


「……怖いな、ネット」


「怖いならやめればよかろう」


 膝の上で丸くなっていたミコトが、尻尾で俺の手首を叩いた。


「簡単に言うなよ。収入が必要なんだよ、収入が」


「ならば飯を作れ。おぬしの飯は、見るだけでも腹が鳴る」


「神獣に褒められても、基準がわからん」


「む。失礼な人間じゃ」


 ミコトは不満そうに耳を伏せたが、すぐに俺の膝の上で伸びた。


 白い毛並みは昨日よりずっと艶が戻っている。傷もほとんど塞がっていた。あの角兎の肉と味噌が効いたのか、それとも神獣だから回復が早いのかはわからない。


 ただ、こいつがうちにいるだけで、古い祖母の家が少し明るく見えるのは確かだった。


「……田舎のモンスター食堂」


 ふと口に出す。


 異世界帰りの俺が、田舎でモンスターを料理する。


 大げさでもなく、格好つけすぎでもない。


 何より、俺が今やりたいことに一番近かった。


 復讐じゃない。


 見返したいわけでもない。


 ただ、もう誰かの顔色を窺いながら戦いたくない。


 誰かの命令で剣を振りたくない。


 腹が減ったら飯を作る。畑を荒らす魔獣が出たら追い払う。余った肉はおいしく食べる。


 それくらいの暮らしなら、俺にも許される気がした。


「よし。チャンネル名はこれでいく」


 スマホを操作して、名前を変更する。


 田舎のモンスター食堂。


 入力した文字列を見ていると、妙に腹が据わった。


「看板猫は我でよいな」


「看板猫って自分で言うのか」


「神獣看板猫じゃ。格が違う」


「はいはい」


 俺は笑って、ミコトの頭を軽く撫でた。


 その日の午前中は、祖母の家の裏にある納屋を片づけることにした。


 納屋は、昔じいちゃんが農機具や薪を置いていた場所だ。木の扉は立てつけが悪く、開けると湿った木と土埃の匂いがむわっと出てきた。


「うわ……これは手強いな」


 古い鍬、錆びた鎌、割れた植木鉢、使いかけの肥料袋。壁際には、いつのものかわからない梅干しの壺まである。


 天井の梁には蜘蛛の巣がかかっていて、差し込む光の中で埃がゆっくり舞っていた。


「ここを食堂にするのか」


 ミコトが入口に座り、首をかしげる。


「食堂っていうか、配信用の簡易キッチンだな。母屋の台所だと狭いし、ばあちゃんの物も多い。ここを片づけて、調理台とコンロを置く」


「ほう。ならば我の座る場所も要る」


「看板猫席か」


「当然じゃ」


 当然らしい。


 俺は苦笑しながら腕まくりをした。


 午前中いっぱいかけて、使える物と捨てる物を分けた。


 壊れた木箱を外へ運び、錆びた農具はひとまとめにする。床を掃き、壁の蜘蛛の巣を落とし、窓を開けて風を通す。


 山から下りてくる風は少し冷たく、湿った匂いをゆっくり外へ押し出してくれた。


 昼前になると、納屋は見違えるほどすっきりしていた。


 作業台には古い戸板を再利用し、上に洗ったステンレス板を敷いた。カセットコンロを二口並べ、水はポリタンクと簡易シンク。食堂というにはまだ心もとないが、仮開店なら十分だ。


 入口の横には、じいちゃんが昔使っていた小さな丸椅子を置いた。


 ミコトはそこに飛び乗り、胸を張った。


「悪くない」


「偉そうだな、店主みたいに」


「おぬしは料理番。我は看板じゃ」


「俺の店じゃないのかよ」


 そんなやり取りをしていると、外から軽トラのエンジン音が近づいてきた。


 門の前に停まったのは、隣の畑の柴田さんだった。六十代半ばくらいの、日に焼けた顔の人だ。祖母が生きていた頃はよく野菜を持ってきてくれたらしい。


 柴田さんは納屋の中を覗きこみ、眉を寄せた。


「悠真くん、何を始める気だい」


「ちょっと料理の配信をしようと思って」


「配信?」


 その言葉で、柴田さんの表情がさらに渋くなる。


「都会の人間に見せるやつか。こんな村を面白おかしく映すんじゃないだろうね」


「村は映しません。俺が料理してるところだけです」


「モンスターを食うとか、昨日、若い連中が騒いでたぞ。あんまり妙なことをされると困る」


 責める口調ではない。


 けれど、警戒ははっきりあった。


 無理もない。突然帰ってきた元探索者が、納屋を片づけて配信だのモンスター料理だの言い出せば、普通は怪しむ。


「迷惑はかけません。私有地で獲れた害獣だけです。探索者ギルドの依頼とか、山の奥に入るとかはしません」


 俺のライセンスは停止されている。


 だからギルド案件の魔獣討伐はできないし、管理区域での探索もできない。


 でも、畑を荒らす害獣を自分の土地や許可を得た私有地で追い払うのは別だ。もちろん危険な個体なら役場や猟友会案件になるが、この辺りに出る低級魔獣なら、農家が罠で対応していることも多い。


 柴田さんは腕を組み、納屋の奥のミコトを見た。


「その白い猫は?」


「にゃあ」


 ミコトが、完璧な猫の声で鳴いた。


 さっきまで偉そうに喋っていたくせに。


「怪我してたので保護しました」


「ずいぶん綺麗な猫だな。神社にいた白猫に似てる」


「神社?」


「ああ、山際の古い社だよ。昔は白い獣が村を守るなんて話もあったが……今は誰も行かん。石段も荒れてる」


 ミコトの耳が、ぴくりと動いた。


 柴田さんはそれ以上深く話さず、「まあ、変なことはするなよ」と言い残して帰っていった。


 その背中を見送りながら、俺は息を吐いた。


「まあ、ああなるよな」


「人は疑うものじゃ。腹が満ちれば少しは緩む」


「ミコト、それ真理みたいに言うな」


「実際、真理じゃ」


 午後になって、その真理を試す機会が来た。


 柴田さんがまた軽トラで戻ってきた。今度は少し慌てた顔をしている。


「悠真くん、悪い。さっきの話だが、畑を見てくれんか」


「畑ですか?」


「小さい牙猪が入った。罠にかかっとるが、まだ暴れてる。俺ひとりじゃ危ない」


 牙猪。


 異世界にも似た個体がいた。日本に現れるものは小型で、普通の猪に魔力が混じったような魔獣だ。牙が鋭く、突進力がある。畑を荒らす害獣としてはかなり厄介な部類だ。


「場所は柴田さんの畑ですよね」


「ああ。うちの私有地だ」


「わかりました。追い払います。危なければ仕留めます」


「……できるのか」


「できます」


 剣は使わない。


 大げさな装備も持たない。


 俺は納屋から厚手の作業手袋と、祖父が使っていた頑丈な鉈を取った。さらに、異世界から持ち帰った短い解体用ナイフを腰に差す。


 戦うためじゃない。


 畑を守るためだ。


 柴田さんの畑は、家から歩いて十分ほどのところにあった。


 山に近い斜面の畑で、里芋の葉が何列も倒され、土が派手に掘り返されている。ぬかるんだ足跡の先で、黒っぽい塊が罠ごと暴れていた。


 普通の猪より一回り小さい。


 だが、口元から伸びた牙には、薄く魔力の膜がかかっていた。


「下がってください」


 俺は柴田さんを背後に下げる。


 牙猪がこちらを向く。


 目が合った瞬間、来るとわかった。


 罠を引きちぎりかけた体が跳ねる。


 俺は横へ半歩ずれ、鼻先を避けながら首筋の急所へ手刀を入れた。魔力は使わない。異世界で嫌というほど覚えた、身体の運びだけだ。


 牙猪は勢いのまま数歩進み、足をもつれさせて倒れた。


 まだ動こうとする個体に近づき、苦しまないよう一息で止める。


 畑に、静けさが戻った。


 柴田さんが口を開けたまま固まっている。


「……今、何をした?」


「害獣駆除です」


「いや、そういう意味じゃなくてだな」


 俺は苦笑した。


「肉、使っていいですか。食べられる個体です」


「食うのか、これを」


「ちゃんと血抜きして処理すればうまいですよ。畑を荒らした分、少しでも取り返しましょう」


 柴田さんはまだ半信半疑だったが、最終的に頷いた。


 夕方、納屋の仮キッチンに煙が上がった。


 牙猪の肉は、脂に野性味がある。だから薄切りにして串に刺し、酒と生姜で臭みを抑え、祖母の残していた味噌にみりんと刻み葱を混ぜたタレを塗る。


 今日は仮開店だ。カセットコンロに網を置き、じっくり焼いていく。


 じゅう、と脂が落ちる。


 味噌が焦げる寸前の香ばしい匂いが、納屋の外まで広がった。


「まだか」


 看板猫席のミコトが、さっきから前足を揃えて待っている。


「まだ。猫舌だろ」


「神獣じゃ。熱さなど――」


「昨日、熱くて変な顔してただろ」


「記憶にない」


 配信を始めると、コメントがすぐに流れ出した。


『チャンネル名変わってる!』

『田舎のモンスター食堂、いいじゃん』

『看板猫いたああああ』

『ミコト様、今日も白い』

『その肉なに? 猪?』

『味噌の焼ける音やばい』


「今日は仮開店です。近所の畑を荒らしていた小型の牙猪を、許可を得て駆除しました。ギルドの依頼じゃなくて、私有地の害獣対応です」


 そこははっきり言っておく。


 余計な誤解は、もうたくさんだ。


 串を返し、味噌ダレをもう一度塗る。


 肉の端が少し縮み、脂が透明に光る。焦げた味噌の香りに、生姜の辛さがふわっと混じった。


 最初に一本、柴田さんへ渡した。


 柴田さんは納屋の入口で腕を組んでいたが、周囲の匂いに負けたのか、恐る恐る串を受け取った。


「本当に食えるんだろうな」


「無理なら残してください」


「……いただく」


 柴田さんが一口かじる。


 その瞬間、眉間の皺がゆるんだ。


「……うまい」


 小さな声だった。


 けれど、その一言で十分だった。


「肉は硬いかと思ったが、噛むと脂が出るな。味噌が合う。生姜もいい。こりゃ、飯が欲しくなる」


「炊いてあります」


「用意がいいな、おい」


 俺が白飯をよそうと、柴田さんは少し照れたように受け取った。


 匂いにつられたのか、近所の人たちもぽつぽつ集まってきた。最初は距離を取っていたおばさんたちも、柴田さんが二本目を食べているのを見ると、顔を見合わせる。


「そんなにおいしいの?」


「まあ、一本だけなら……」


「変な魔法とか入ってないでしょうね」


「入れてません。普通に味噌と生姜です」


 串を渡す。


 一口食べる。


 表情が変わる。


 疑いが、驚きになって、最後にちょっと悔しそうな笑いになる。


「あら、やだ。おいしい」


「これ、畑荒らしてたやつなの?」


「腹立つけど、うまいねえ」


『村人レビューきた』

『食べて黙るのリアル』

『白飯ください』

『味噌串、商品化して』

『看板猫が一番真剣な顔してる』


 ミコト用には、味噌をつける前の肉を小さく切って焼いた。


 皿にのせて出すと、ミコトは鼻先で匂いを確かめ、上品に一口食べた。


「ふむ」


「どうだ?」


「仮開店にしては悪くない。次は炭火じゃな」


「要求が具体的だな」


「あと、神社に行くぞ」


 突然の言葉に、俺は手を止めた。


「さっき柴田さんが言ってた神社か?」


「あそこから、古い匂いがする」


「古い匂い?」


「世界の継ぎ目の匂いじゃ。かつて、小さな裂け目があったのやもしれぬ」


 世界の継ぎ目。


 その言葉に、胸の奥がかすかに冷えた。


 異世界と日本をつなぐ裂け目。


 俺が巻き込まれたあの転移も、似たようなものだったのかもしれない。


 ただ、今は深く考えたくなかった。


 目の前では、村の人たちが牙猪の味噌串を食べている。


 納屋の中には湯気と笑い声があって、コメント欄は白飯だの猫だの味噌だので埋まっている。


 俺は、こういう時間が欲しかったのだと思う。


 誰かを倒すためじゃなく。


 誰かに認めさせるためでもなく。


 ただ、腹を空かせた人に温かいものを出す時間。


 配信を終える頃には、登録者数は一万人を超えていた。


「……増えすぎだろ」


「繁盛しておるな、料理番」


「仮開店でこれかよ」


 片づけを終えて、ようやく母屋に戻ったのは夜だった。


 風呂上がりにスマホを見ると、通知はまだ止まっていない。


 コメント、登録、切り抜き、メッセージ。


 その中に、一通だけ妙に硬い件名のメールが混じっていた。


 差出人は、探索者ギルド地方管理局。


 件名。


『無資格探索行為に関する警告』


 俺は、画面を見つめたまま動けなくなった。


 本文の最初の一行には、こう書かれていた。


『貴殿による魔獣討伐および配信行為を確認しました。現在、貴殿の探索者ライセンスは停止中です。直ちに無資格探索行為を中止してください』


 納屋に残った味噌の香りが、急に遠くなった。


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