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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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第28話 田舎のモンスター食堂、プレオープン

 看板の文字は、村長が書いた。


 達筆、というより力のある字だった。


『田舎のモンスター食堂』


 その横に、莉子さんが描いた小さな白猫の絵がある。


 ミコトは最初、その絵を見て不満そうに耳を動かした。


「我はもっと威厳がある」


「かわいい方が客受けします」


「威厳も客受けする」


「しません」


「する」


 莉子さんは聞かなかった。


 結局、看板の白猫は丸い頬とぴんと立った尻尾を持つ、少し得意げな顔になった。村の子供たちには好評だったので、ミコトも最後は「まあよい」と言った。


 プレオープンは、村の人と関係者だけで行うことになった。


 外部客はまだ入れない。


 水源の検査は続いているし、廃坑の管理体制も完全ではない。何より、村に急に人が押し寄せれば、また別の問題になる。


 莉子さんは入口に小さな札を出した。


『本日は関係者のみ』


 その下に、もう一枚。


『ミコト様席には触らない』


「これは必要ですか」


「必要です」


 窓際の一席に、小さな座布団が置かれている。


 蒼太が作ったものだ。


 白い布に、金色の糸で小さな魚の模様が縫ってある。少し歪んでいるが、本人は胸を張っていた。


 ミコトはその座布団を一度無視した。


 納屋を一周し、作業台に飛び乗り、窓の外を見て、最後に何でもない顔で座布団へ乗った。


「悪くない」


 蒼太の顔がぱっと明るくなる。


 それを見て、俺は今日の料理を仕上げた。


 最初の一品は、沢水の根菜汁。


 戻った水で作ることに意味がある。


 大根、人参、ごぼう、里芋。肉は少しだけ。牙猪の脂を香りづけに使い、味噌は薄くした。水の味がわかるくらいに。


 湯気は白く、やわらかい。


 椀に注ぐと、根菜の甘みと味噌の香りが立った。


 次は、氷結トラウトの炭火焼き。


 廃坑の水脈が落ち着いたあと、調査班が安全確認した区域で一匹だけ採れたものだ。皮目に塩を振り、炭火でゆっくり焼く。


 ぱち、と皮が弾ける。


 透明な脂が炭に落ち、じゅっと音を立てる。


 雪解け水のような香りと、焼けた魚の香ばしさが、納屋いっぱいに広がった。


 三品目は、牙猪すじの味噌煮込み。


 昨日から煮ていたものだ。


 大根に味が染み、すじ肉は箸でほぐれる。濃い味なので、白い飯に合う。


 最後に、供物用と同じ焼きおにぎり。


 ただし、今日の分は食べるためのものだ。味噌を塗り、表面を少し焦がし、熱いうちに出す。


「品数、多くないですか」


 莉子さんが聞いた。


「初日なので」


「プレオープンです」


「それでも」


 俺は炭火の前で魚を返した。


「昨日までの礼です」


 莉子さんは、それ以上何も言わなかった。


 最初に来たのは、村長と村の人たち。


 次に、佐伯さんと調査班。


 少し遅れて、白鳥玲奈が来た。


 彼女は入口の前でしばらく立ち止まっていた。手には、小さな紙袋を持っている。


 莉子さんが近づく。


「今日は、食事会です。謝罪会見じゃありません」


 玲奈ははっとした顔をした。


「はい」


「言うべきことがあるなら、食べたあとに」


「……はい」


 玲奈は深く頭を下げ、靴を脱いで中へ入った。


 ミコトが窓際の座布団から彼女を見る。


「泣く前に食え」


 玲奈は少しだけ笑った。


「はい」


 佐伯さんは窓際ではなく、入口に近い席へ座った。


「動線確認です」


「食事会ですよ」


「食事会でも確認は必要です」


 真面目だった。


 調査班の一人が、氷結トラウトの焼ける音を聞いて目を輝かせている。


「あの、これ本当に食べていいんですか」


「安全確認済みです」


「仕事で来て、こんなものを」


「仕事した人に出す飯です」


 そう言うと、彼は少しだけ照れた顔をした。


 料理を出す。


 まず根菜汁。


 椀を持った人たちが、湯気を吸い込む。


 村長が一口飲み、目を閉じた。


「水が戻ったな」


 それだけで、みんな黙った。


 派手な味ではない。


 でも、昨日まで黒水に怯えていた人たちには、その薄い味噌汁が何より強かった。


 水がうまい。


 それを、全員が噛みしめていた。


 次に氷結トラウト。


 皮へ箸を入れると、ぱりっと音がする。


 白い身から湯気が上がり、澄んだ脂が皿に落ちた。


 佐伯さんは慎重に一口食べた。


 表情は変わらない。


 ただ、箸がすぐ二口目へ行った。


「食味、非常に良好」


「普通においしいって言っていいんですよ」


「おいしいです」


 その場が少し笑った。


 玲奈は、牙猪すじの味噌煮込みを白い飯に乗せて食べていた。


 ひと口目で、涙が浮かぶ。


 けれど、彼女はすぐには謝らなかった。


 莉子さんに言われた通り、まず食べた。


 最後まで食べた。


 椀を置いてから、彼女は俺の方へ向き直る。


「神代さん」


「はい」


「謝罪は、もう受け取ってもらいました。だから今日は、それとは別に言います」


 玲奈は紙袋を差し出した。


「昔の支援記録を整理しました。あなたが作っていた処理食、薬湯、素材管理の記録です。ダンジョン庁に提出する分とは別に、あなたにも渡したくて」


 俺は紙袋を受け取った。


 中には、手書きのメモと、印刷されたログが入っていた。


 俺が忘れていたような献立まである。


 苦い薬草のスープ。


 粉塵対策の煮出し布。


 玲奈の魔力切れ用の薄粥。


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


「ありがとうございます」


「私は、治癒師として再研修を受けます。後方支援を、ちゃんと学び直します」


「そうですか」


「許されたいからではなくて、もう同じことを見落としたくないから」


 俺は頷いた。


「いいと思います」


 それ以上は言わなかった。


 玲奈も、それ以上求めなかった。


 その距離が、今はちょうどよかった。


 食事会の終盤、莉子さんが小さなカメラを出した。


「告知用に、料理だけ撮ります。人の顔は映しません」


「もう慣れてますね」


「悠真さんが慣れてなさすぎるので」


 彼女は根菜汁、氷結トラウト、味噌煮込み、焼きおにぎりを順に撮る。


 最後に、ミコトの前足が焼きおにぎりを押さえているところを撮ろうとした。


 ミコトはすぐに前足を引く。


「肖像権」


「前足です」


「前足権」


「新しい権利を作らないでください」


 結局、ミコトの前足は少しだけ映った。


 その日の夜、莉子さんは告知を出した。


『田舎のモンスター食堂、関係者向けプレオープンを行いました。正式営業は予約制・少人数から開始予定です。村の生活と水源保全を最優先にします』


 写真には、湯気の上がる根菜汁と、焼きおにぎり。


 端に、白い前足。


 コメント欄は、短時間だけ開かれた。


『待ってた』

『水が戻った味噌汁、泣く』

『予約制で正解』

『村に迷惑かけないようにする』

『ミコト様の前足権とは』


 莉子さんは最後のコメントを見て、笑いながらミコトに見せた。


「広まりましたよ、前足権」


「当然である」


 ミコトは誇らしげだった。


 片づけが終わったあと、俺は納屋の外に出た。


 看板が夕方の光を受けている。


 田舎のモンスター食堂。


 まだ正式開店ではない。


 でも、今日ここで人が食べ、笑い、泣き、また箸を取った。


 場所は、もう始まっていた。


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