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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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20/30

第20話 廃坑浅層、黒水の匂い

 出発前、俺は握り飯を作った。


 避難所の台所で炊いた米は、少し柔らかめだった。汁粥に使うつもりで炊いたからだ。それでも塩を強めに振り、手早く握れば、山へ入るには十分な飯になる。


 具は、焦がし味噌を絡めた牙猪の細切れ。


 生姜を効かせ、脂を落としすぎず、冷めても米に旨味が移るようにした。


 もう一種類は、山菜の味噌和え。


 苦みがある。


 だが、黒水の魔素を吸ったあとには、その苦みが舌を起こす。甘いものより、こういう味の方が体が戻ることがある。


「悠真さん、人数分確認しました」


 莉子さんが包みを並べる。


 俺、佐伯さん、調査班の二人、村の山道に詳しい若い男性が一人。


 そしてミコト。


「ミコト様の分、これです」


 莉子さんが小さな包みを別に置く。


「小さい」


 ミコトが即座に言った。


「ミコトは歩かないだろ」


「精神力を使う」


「帰ってから追加で」


「約束である」


 ミコトは不満そうにしながらも、小さな包みを前足で押さえた。


 黒瀬は、麓から水と簡易トイレ、発電機の燃料を運んで戻ってきたところだった。


 額に汗をかいている。


 高価な戦闘服の上に、村の人から借りた軍手をしていた。似合ってはいないが、荷物はきちんと運んだらしい。


 彼は俺たちの装備を見て、口を開きかけた。


 だが、何も言わなかった。


 佐伯さんが先に告げる。


「黒瀬氏は集会所待機です。物資整理と外周警備を継続してください」


「俺は戦えます」


「知っています。しかし、今回の確認隊に必要なのは、戦闘力の最大値ではなく、指示系統の安定です」


 黒瀬の顔が強張る。


 反論はしなかった。


 玲奈は、処置場所からこちらを見ていた。


「神代さん」


「はい」


「戻ったら、負傷者の状態を引き継ぎます」


「お願いします」


 それだけだった。


 でも、玲奈は深く頷いた。


 廃坑入口は、昼とは別の場所のように見えた。


 投光器が立ち、封鎖杭が打ち込まれ、調査班が張った魔力ロープが入口を囲っている。それでも奥から漏れる風は冷たく、黒水の苦い匂いを含んでいた。


 入口近くには、鉱牙狼の爪痕がいくつも残っている。


 さっきまで群れがいたのだろう。


 調査班が追い払ったと言っていたが、完全に離れたかはわからない。


「目的を確認します」


 佐伯さんが端末を掲げる。


「旧坑道浅層の水脈分岐を確認。黒水の流出経路を特定。祠へ続く旧道の有無を確認。深部戦闘は回避。危険度が上がれば即時撤退」


「了解」


 俺は頷く。


 ミコトは俺の肩に乗った。


「重い」


「神の重みである」


「煮干し二つ分だな」


「三つである」


 調査班の一人が、緊張を紛らわすように少し笑った。


 坑道へ入る。


 足元の砂利が、靴の下で乾いた音を立てる。


 壁には古い支柱。


 ところどころに、鉱石のような黒い筋が走っている。以前見た時より増えている気がした。


 魔素の流れが、壁の奥で脈打っている。


「右の分岐、昨日は崩落跡でした」


 俺が言うと、佐伯さんが地図を確認した。


「現在の測定では、右奥に空間反応」


「崩れた先が開いたか、別の階層につながったか」


 右の分岐へ進む。


 鉱牙狼の死骸が一体、壁際に倒れていた。


 調査班が応戦した個体だろう。


 傷は浅くない。


 だが、問題は傷ではなく、口元から流れている黒い液体だった。


「触らないで」


 俺は膝をつき、匂いを確かめる。


 黒水と同じ苦さ。


 でも、魔獣の体内を通った分、獣臭と鉱石臭が強い。


「この個体、黒水を飲んで変質しています」


「通常の鉱牙狼ではない?」


 佐伯さんが聞く。


「鉱牙狼ではあります。でも、胃と魔核が黒水に侵されている。放置すると、死骸からも汚染が広がる」


「処理できますか」


「ここでやります」


 俺は解体ナイフを出した。


 戦うためではない。


 汚染源を増やさないためだ。


 首元の毛を分け、魔核につながる筋を探る。黒水はそこに絡んでいた。力任せに切れば、周囲へ飛び散る。


 まず、周囲に灰を撒く。


 次に、炭を置く。


 ナイフを浅く入れ、流れを逃がす。


 黒い液体がじわりと滲み、灰に吸われた。


 じゅ、と小さな音がする。


 焦げた味噌にも似た、苦い匂いが立った。


 調査班の一人が息をのむ。


「戦闘後の死骸処理まで、現場で」


「放っておくと食えないどころか水が死にます」


「食えるかどうかが基準に入るんですね」


「入ります」


 ミコトが肩の上で頷いた。


「食えぬものを食えるようにし、食ってはならぬものを食わせぬ。それが悠真の仕事である」


 佐伯さんの端末が記録音を立てた。


「今の発言は重要です」


「鳴き声で」


「無理です」


 短いやり取りの間にも、処理は進む。


 魔核を封じ、黒水を灰に吸わせ、死骸を安全な状態にする。素材として使える部分はあるが、今は回収しない。印をつけ、あとで専門処理だ。


 さらに奥へ進むと、壁の音が変わった。


 水の音。


 坑道の奥で、細い流れが響いている。


 崩落跡だった場所には、いつの間にか人ひとりが通れる隙間ができていた。岩が押し広げられたというより、内側から溶かされたように縁が丸い。


 その向こうから、黒い水が少しずつ滲んでいる。


「ここが分岐か」


 俺は壁に手を当てた。


 冷たい。


 ただの水の冷たさではない。奥から、ゆっくり脈が伝わってくる。


 山の血管に手を触れているような感覚。


 嫌な比喩だが、それが一番近い。


 佐伯さんが測定器を向ける。


「濃度、入口の三倍」


「水脈が直接つながっています」


 調査班が封鎖用の杭を準備する。


「ここで塞ぎますか」


「完全に塞ぐと、水が別の弱い場所から出ます」


 俺は黒水の流れを見る。


 煮物で灰汁をすくう時と同じだ。


 表面に出てきた悪いものを、ただ蓋で押さえつければ、鍋全体が濁る。


 逃がす道と、受け止める場所がいる。


「一時的に脇へ逃がして、炭と灰で受ける。ここを完全閉鎖するのは、奥の原因を見てからです」


 佐伯さんが調査班へ指示を出す。


 杭は斜めに。


 ロープは水面より少し上。


 灰袋を三つ並べる。


 俺は魔素の流れを指で探り、黒水を灰袋へ誘導した。


 じわじわと、黒い筋が袋に吸われていく。


 そのとき、ミコトが肩から飛び降りた。


「こちら」


 坑道の隅。


 古い木札が、泥に半分埋もれていた。


 調査班がライトを当てる。


 文字はほとんど読めない。


 だが、かすかに残っていた。


『水守りの祠』


 その下に、さらに小さな文字。


『供物を絶やすべからず』


 もう一行、削れかけた文字があった。


『水を濁すもの、供物にて鎮める』


 村の古い言い伝え。


 鉱山の水を守る神様。


 ミコトの尾が、静かに揺れる。


「忘れられた腹は、拗ねる」


「祠が原因か」


「祠そのものではない。祠が押さえていたものが、腹を空かせている」


 坑道の奥から、低い音が響いた。


 獣の唸りではない。


 水の底で、大きなものが身じろぎしたような音。


 佐伯さんが即座に判断する。


「本隊はここまで。目的達成。撤退します」


「了解」


 その瞬間、奥の隙間から鉱牙狼が三体、飛び出した。


 黒水で目が濁っている。


 速い。


 だが、俺は前へ出なかった。


「ミコト」


「うむ」


 金色の線が、足元に走る。


 鉱牙狼の爪が、その線の前で弾かれた。


 調査班が封鎖杭を打つ。


 佐伯さんが退路を指示する。


 俺は灰袋を蹴って、黒水の流れをもう一度ずらした。


 戦うより、流れを止める。


 今はそれが優先だった。


 撤退の途中、背後から鉱牙狼の吠え声が追ってきた。


 けれど、ミコトの結界線を越えられない。


 坑道を出る直前、俺は振り返った。


 奥の闇に、薄く光るものがある。


 水面に映る、巨大な目のような光。


 そして、かすかな匂い。


 腐った水ではない。


 腹を空かせた鍋底の、焦げつきの匂いだった。


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