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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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第17話 それでも鍋は火にかかる

 話し合いの場所は、村の集会所に移された。


 村の入口で立ち話を続けるには、空気が冷えすぎていた。山から吹く風には、廃坑の奥から漏れてくるような薄い魔素の匂いが混ざっている。


 集会所には、長机が三つ並べられた。


 佐伯さんが中央に座り、その前に記録端末を置く。


 右側に俺と村長、莉子さん。


 左側に黒瀬蓮と白鳥玲奈。


 ミコトは、なぜか俺の前の机に座っている。


「ミコト、降りろ」


「監督者席である」


「机は座る場所じゃない」


「では椅子を」


 莉子さんが小さく椅子を引くと、ミコトは当然のようにそこへ移った。


 佐伯さんは、その一連の流れも記録していた。


「本件は、旧廃坑ダンジョン化に関する現地監査と並行して、《暁の剣》による神代悠真氏の除名理由、および公開された告発動画の内容について、事実確認を行うものです」


 淡々とした声が、集会所に響く。


 黒瀬は黙っていた。


 玲奈は両手で保護ケースを握っている。


 俺は、机の木目を見ていた。


 不思議と、心は大きく乱れていない。


 あの日の会議室では、俺はただ裁かれる側だった。


 今日は違う。


 隣には莉子さんがいる。


 村長がいる。


 足元にはミコトがいる。


 それだけで、息のしやすさが違った。


「白鳥玲奈氏」


 佐伯さんが言った。


「提出物を確認します」


「はい」


 玲奈は保護ケースを開けた。


 中には、小さな記録水晶が入っている。少し傷があり、淡い青色の光が弱々しく揺れていた。


「当時、私の杖に付けていた補助記録水晶です。公式記録ではありません。映像も音声も不完全です。でも、確認していただきたい部分があります」


「受領します」


 佐伯さんは専用の読み取り器に水晶をセットした。


 集会所の壁に、映像が投影される。


 煙。


 揺れる視界。


 崩落の音。


 誰かの咳。


 画面はひどく荒い。


 それでも、音は残っていた。


『玲奈、左に走れ!』


 俺の声だった。


 聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


 覚えている。


 あの煙。


 熱。


 背後で迫る突然変異体の気配。


 玲奈の魔力が尽きかけていたこと。


 通路が崩れ始めていたこと。


『蓮、後衛を出せ! ここは俺が止める!』


 映像の隅に、俺の背中が映る。


 出口へ向かうのではなく、崩落しかけた通路の方へ戻っている。


 黒瀬の声が重なる。


『うるさい! お前が遅れたからこうなったんだろ!』


 そこで映像は乱れた。


 数秒後。


 別の音声が入る。


『魔石を二つ使う! 支柱を固定する!』


 また俺の声。


 直後に、魔力が弾けるような音。


 画面は白く飛び、記録は途切れた。


 集会所は静まり返った。


 佐伯さんは感情を見せず、端末に時刻を打ち込む。


「公式記録では、この直前から映像が欠落しています」


 彼女は別の資料を表示した。


 ギルド支部に残っていた提出済み報告書。


 そこには、撤退時に神代悠真が後衛より先に離脱、支給魔石二個の所在不明、危険素材の無断所持、と書かれている。


 俺は、その文字を見ても以前ほど傷つかなかった。


 傷つきはする。


 けれど、今は傷を見てくれる人がいる。


「追加で、白鳥氏の治癒ログを照合しました」


 佐伯さんが続ける。


「当時、白鳥氏の魔力消費は撤退直前に急増。その後、神代氏による応急処置記録と一致する回復傾向があります。また、支給魔石二個については、崩落支柱固定の魔力痕跡と一致する可能性が高い」


 玲奈が唇を噛んだ。


「私は……」


 声が震えている。


「私は、助けられていました」


 黒瀬は無言だった。


 しかし、拳を握りしめている。


 佐伯さんは、さらに別の画面を出した。


「危険素材の無断持ち出しについて。提出された在庫表では、変異体から採取された毒腺および硬化筋の所在が不明とされています」


 黒瀬の目が動く。


「一方で、同日夜のチーム内消費記録に、毒抜き処理済みの硬化筋スープ、解毒湿布、粉塵吸引対策用の煮出し布が記載されていました。記載者は神代悠真氏。承認欄は空白ですが、使用者欄には《暁の剣》メンバー全員の生体反応ログがあります」


 莉子さんが息をのんだ。


「つまり、持ち出したんじゃなくて」


「現場で処理し、チーム維持に使用した可能性が高い」


 佐伯さんは黒瀬を見た。


「黒瀬蓮氏。これらを踏まえ、あなたが公開した告発動画の内容について説明を求めます」


 黒瀬は、しばらく黙っていた。


 長い沈黙だった。


 外では風が窓を揺らしている。


 集会所の台所から、味噌の香りがかすかに流れていた。


 俺はさっき、待ち時間に残りのけんちん汁を温め直していた。話が終わったら、村長や調査隊に出すつもりだった。


 こんな場面でも、鍋は火にかかっている。


 そのことが、なぜか俺を落ち着かせた。


「……俺は」


 黒瀬が口を開いた。


「チームを守る必要があった」


 佐伯さんは何も言わない。


 黒瀬は続けた。


「あの時、スポンサー契約の更新が近かった。B級中層で撤退失敗なんて出せば、評価が落ちる。誰かの判断ミスにしなければならなかった」


 玲奈が目を見開く。


「蓮さん」


「黙れ」


 黒瀬の声は、もう強く見せるための声ではなかった。


 疲れた人間の声だった。


「悠真は、表に出ない。文句も言わない。自分の仕事を大したことないと思っている。だから、処理できると思った」


 胃の奥が冷えた。


 怒りではない。


 たぶん、悲しさに近い。


「本当に俺がやったことを、そう考えたんですか」


 俺が聞くと、黒瀬は初めてまっすぐこちらを見た。


 目の奥にあるのは、後悔ではない。


 まだ、悔しさの方が強い。


「お前が悪いんだ」


 黒瀬は言った。


「お前はいつも黙っていた。俺が前に立ち、俺が責任を負い、俺が評価される。そういう形でチームは回っていた。それなのに、いなくなった途端、全部がおかしくなった。だったら最初から、自分が必要だと言えばよかっただろ」


 誰も、すぐには返事をしなかった。


 黒瀬の言葉は、正しくない。


 でも、そこには彼なりの歪んだ本音があった。


 評価される側として立ち続ける人間の焦り。


 自分の足元を支えていたものを、見たくなかった弱さ。


 それを認めるには、彼の誇りは硬すぎたのだろう。


「俺も、言えばよかったことはあると思います」


 俺は静かに言った。


 莉子さんが、こちらを見る。


「でも、言わなかったから罪を着せていい、とは思いません」


 黒瀬は何も言わなかった。


 佐伯さんが記録を止めずに告げる。


「現時点での暫定判断です。神代悠真氏に対する除名理由の主要三点、後衛放置、物資横流し、危険素材無断持ち出しについて、提出資料との重大な齟齬を確認。黒瀬蓮氏および《暁の剣》には、虚偽報告、証言誘導、監査資料提出拒否の疑いがあります」


 言葉は淡々としている。


 だが、重かった。


「正式処分はダンジョン庁および所属ギルド支部の審査を経ます。それまで《暁の剣》にはB級以上の攻略配信および新規依頼受注の一時停止を勧告します」


 黒瀬が椅子から立ち上がりかけた。


 しかし、佐伯さんの視線を受けて止まる。


「また、神代氏への追加接触は監査部を通してください。村への直接訪問も控えるよう求めます」


 黒瀬は奥歯を噛みしめた。


 何かを言いたそうにして、結局言わなかった。


 佐伯さんは、今度は俺を見た。


「神代氏。被害申告および処分意見は、後日正式に提出できます。現時点で望むことはありますか」


「処分は、必要なら制度が決めることだと思います」


 俺は少し考えた。


「俺が今望むのは、この村の子供が、もう廃坑で泣かなくていいことです」


 佐伯さんは一度だけ瞬きをし、その言葉を記録した。


 玲奈が立ち上がった。


 彼女は俺の方へ向き直り、深く頭を下げた。


「神代さん」


 声が震えている。


「ごめんなさい。あの時、私は見えていないと言いました。でも、見えていないなら、あなたを責める証言をするべきではありませんでした。蓮さんの言葉に寄りかかりました。助けてもらったことも、支えてもらっていたことも、見ないふりをしました」


 長い謝罪だった。


 たぶん、ずっと喉の奥に詰まっていたものなのだろう。


 俺は、すぐには答えられなかった。


 許す、と言えば楽かもしれない。


 でも、そんなに簡単に片づくものではない。


 許さない、と言えば胸が少し軽くなるかもしれない。


 でも、俺はその言葉を抱えて生きたいわけでもない。


「謝罪は、受け取ります」


 俺は言った。


 玲奈が顔を上げる。


「でも、俺は《暁の剣》には戻りません。昔に戻ることもできません」


「はい」


「玲奈が本当のことを話してくれたなら、そこから先は、玲奈が自分で立て直してください」


 玲奈の目から、涙がこぼれた。


「はい」


 ミコトが椅子の上で尻尾を揺らした。


「泣くなら汁を飲め。涙だけでは腹は満ちぬ」


 集会所の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 玲奈は泣きながら、なぜか小さく笑った。


「……はい」


 俺は台所へ行き、けんちん汁を椀によそった。


 玲奈の分。


 村長の分。


 佐伯さんの分。


 莉子さんの分。


 黒瀬の分は、迷った。


 結局、一つだけ空の椀を机の端に置いた。


「必要なら、あります」


 黒瀬はその椀を見た。


 しばらく見ていた。


 だが、手は伸ばさなかった。


 それでいいと思った。


 無理に食べさせるものではない。


 玲奈は椀を両手で包み、ひと口飲んだ。


 味噌と根菜の湯気が、涙で濡れた顔にかかる。


「……この味」


 彼女は、それ以上言えなかった。


 俺も何も言わなかった。


 そのとき、佐伯さんの端末が鋭い音を立てた。


 表情が変わる。


「廃坑調査隊から緊急報告」


 集会所の空気が、一瞬で張り詰めた。


 佐伯さんは通話を開く。


『こちら調査班。坑道内の空間拡張を確認。旧坑道の奥に未登録の階層があります。魔素濃度が急上昇中。鉱牙狼の群れと思われる反応、複数』


 村長が立ち上がった。


「群れだと」


『さらに、奥に大きな熱源。生体反応か魔核か判別不能。封鎖杭が一部効きません』


 佐伯さんの声が低くなる。


「調査班は即時撤退。入口封鎖を優先してください」


『了解。ただ、外へ漏れている魔素量が増えています。このままだと村側の沢に影響が出る可能性があります』


 沢。


 村の水源の一つだ。


 俺は窓の外を見た。


 山が、夕暮れの中で黒く沈んでいる。


 廃坑の奥で、何かが目を覚ましつつある。


 黒瀬の冤罪。


 暁の剣の処分。


 ネットの評価。


 それらは大事なことだ。


 でも、今この瞬間、村の水と人の暮らしが危ない。


 俺の足元で、ミコトが立ち上がった。


 金色の目が、まっすぐ山を向いている。


「悠真」


「わかってる」


 俺は椀を置いた。


「佐伯さん。俺にできることはありますか」


「神代氏を危険区域へ入れる判断は、慎重に行う必要があります」


「はい」


「ただし、あなたの魔素識別と素材処理技術は、現地対応に有用です」


 佐伯さんは一秒だけ考えた。


「正式な協力要請を出します。拒否もできます」


「受けます」


 答えは早かった。


 村長が俺を見る。


「悠真くん」


「戦いに行く、というより、村を守る準備をします。まずは水源側の確認と、避難する人のための飯を」


 莉子さんがすぐに立ち上がった。


「配信は?」


「しません」


「記録は?」


「必要なら、佐伯さんの監査記録で」


「わかりました。村内連絡を回します。カフェを避難所に使えるようにします」


 村長も頷いた。


「集会所も開ける。年寄りから先に集めよう」


 黒瀬は、黙ってそのやり取りを見ていた。


 もう、誰も彼を中心にしていなかった。


 それが彼にとってどんな痛みなのか、俺にはわからない。


 でも、今は考えている時間がない。


 俺は台所へ戻り、大鍋の火を強めた。


 残りのけんちん汁に湯を足し、米を入れる。


 味噌を少し足し、塩で整える。


 避難してきた人がすぐ食べられるように、汁粥に変える。


 湯気が立った。


 根菜の甘さと、米の匂い。


 ミコトが足元で尾を揺らす。


「復讐は終わりか」


「始めてもいない」


「うむ。ならばよい」


 俺は鍋をかき混ぜた。


 冤罪がほどけても、俺の傷がすぐ消えるわけではない。


 黒瀬たちがどう処分されるかも、まだ決まっていない。


 玲奈の後悔も、今日だけで終わるものではない。


 それでも、鍋は火にかかる。


 村の人が来る。


 調査隊が戻る。


 山の奥では、何かが動いている。


 俺は、お玉を握り直した。


 ここから先は、もう過去の話ではない。


 この村の明日の話だ。


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