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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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第16話 村の入口で境界線を引く

 黒瀬蓮が村へ向かっている。


 その知らせが入ってから、村は騒がしくならなかった。


 むしろ、静かになった。


 村長はすぐに集会所へ連絡を回し、外に出て見物しないよう伝えた。莉子さんはカフェ・こもれびの臨時休業札を出し、警察とダンジョン庁の窓口へ連絡した。


 佐伯さんは、監査用の端末を準備した。


「私的な接触であっても、監査対象者同士の会話として記録します」


 彼女はそう言った。


「神代氏。対応は可能ですか」


「はい」


「不安があるなら、接触を拒否できます」


「村の中で騒がれるより、入口で話した方がいいと思います」


 佐伯さんは少しだけ考え、頷いた。


「では、村長立ち会い、私も立ち会います。配信はしない。記録は残す。相手が威圧行為をした場合、即時中断します」


「わかりました」


 莉子さんが俺を見た。


「悠真さん、本当に大丈夫ですか」


「大丈夫かはわかりません」


「そこは嘘でも大丈夫って言ってください」


「嘘は苦手で」


「知ってます」


 莉子さんはため息をついた。


 納屋キッチンでは、昼のけんちん汁が湯気を立てている。


 大根、人参、ごぼう、里芋。


 そこへ牙猪の細切れを少し入れた。脂は強すぎないよう一度焼いて落とし、香りだけを残す。味噌を溶くと、根菜の甘い匂いが納屋に広がった。


 本当なら、調査隊が戻ってきたら出すつもりだった。


 山から帰ってきた体には、根菜の汁がいい。噛むほど土の甘さが出て、味噌の塩気が汗をかいた体に戻っていく。


 だが、今は別の準備をしなければならない。


「悠真」


 ミコトが鍋の横に座っている。


「食べてから行け」


「戻ってからでいい」


「空腹は判断を鈍らせる」


 もっともなことを言う。


 俺は椀に少しだけよそい、立ったまま食べた。


 味噌の香りが鼻から抜ける。ごぼうの歯ざわり、里芋のぬめり、牙猪の脂の甘さ。体の奥に、じわっと熱が落ちた。


「うまい」


「ならよい」


 ミコトは満足したように頷き、自分用の椀に顔を近づけた。


「お前も来るのか」


「当然である」


「無理はするな」


「悠真こそ、心を昔に置いてくるでない」


 その言葉に、俺は少しだけ黙った。


 昔。


 ギルド支部の会議室。


 冷たい机。


 蓮の声。


 うつむいた玲奈。


 俺を見ていた、かつての仲間たち。


 あの時の俺は、言葉を尽くしても届かない場所に立っていた。


 今は違う。


 そう思いたい。


 村の入口には、古い石の道標がある。


 昔の鉱山道へ続く分かれ道を示すもので、苔むした表面に村の名前が彫られていた。その横に、昨日立てたばかりの立入注意の札がある。


 俺と村長、佐伯さん、莉子さんは、その道標の前で待った。


 ミコトは石の上に座っている。


 白い毛並みが風に揺れ、金色の目は道の向こうを見ていた。


 やがて、黒い車が山道を上ってきた。


 急ブレーキ気味に止まり、運転席から黒瀬蓮が降りる。


 配信で見るより、疲れていた。


 髪は整えているが、目は赤い。昨夜の攻略配信で浴びた魔素の影響が、まだ少し残っているのだろう。肩に力が入り、呼吸が浅い。


 それでも、立ち姿にはまだ華があった。


 強い人間の気配。


 多くの人に見られてきた人間の圧。


 黒瀬は俺を見るなり、低く言った。


「悠真」


「黒瀬さん」


「さん付けか。気持ち悪いな」


「もう同じチームではないので」


 黒瀬の眉が動いた。


 彼は周囲を見回す。村長、佐伯さん、莉子さん、石の上のミコト。


「ずいぶん守られてるじゃないか」


「村に迷惑をかけたくないだけです」


「迷惑?」


 黒瀬は鼻で笑った。


「迷惑をかけているのはお前だろ。お前が余計な配信を始めたせいで、《暁の剣》が叩かれている。救助だの飯だの猫だの、都合のいい場面だけ見せて、被害者面か」


 莉子さんが一歩前に出かけた。


 俺は手で制した。


「俺は、黒瀬さんたちを叩いてくれとは言っていません」


「言わなくても同じだ。黙っていればいいものを、昔の技術を見せびらかして、視聴者を味方につけた」


「技術を見せびらかしたつもりはありません。村で飯を作っていただけです」


「それが気に入らないんだよ」


 黒瀬の声に、初めて本音のようなものが混ざった。


 怒り。


 焦り。


 そして、理解できないものへの苛立ち。


「お前は、そうやっていつも自分は悪くないみたいな顔をする。黙って鍋をかき混ぜて、俺たちの横にいた。何も言わず、何も求めず、でもいなくなったら全部お前のおかげだったみたいに言われる」


 俺は言葉を選んだ。


「全部、俺のおかげではありません」


「だろうな」


「黒瀬さんは強い。玲奈も、他のメンバーも、ちゃんと力がある」


 黒瀬が睨む。


「なら、動画でそう言え」


「え」


「お前の口から言え。《暁の剣》は間違っていない。黒瀬蓮に恩がある。追放の件は誤解だった。そう言えば、騒ぎは収まる」


 莉子さんの顔色が変わった。


 佐伯さんの端末が、静かに録音状態を示している。


 俺は、黒瀬の目を見た。


「言えません」


「なぜだ」


「事実ではないからです」


「お前」


「俺は、黒瀬さんたちが強いことは否定しません。でも、追放の件を誤解だったとは言えません。俺は置き去りにしていない。物資を横流ししていない。危険素材を勝手に持ち出していない」


 声は思ったより落ち着いていた。


 胸の奥は痛い。


 でも、あの日の会議室ほど息苦しくはない。


「それと、もう一つ」


「なんだ」


「俺は《暁の剣》には戻りません」


 黒瀬の表情が、一瞬だけ止まった。


 その反応で、わかった。


 彼は否定しに来ただけではない。


 戻せば収まる、とどこかで思っていたのだ。


 俺が戻って、また鍋を作り、素材を処理し、水を浄化し、玲奈の薬草を煮れば、チームは元に戻る。


 そう考えていたのかもしれない。


「誰が戻れと言った」


「言っていません。でも、そういう話なら断ります」


「調子に乗るなよ」


 黒瀬が一歩踏み出した。


 その瞬間、石の上のミコトが立ち上がった。


「にゃ」


 ただの鳴き声。


 けれど、空気が鳴った。


 黒瀬の足元に、薄い金色の線が走る。


 村の入口を横切るように、光の境界が引かれた。


 強い光ではない。


 押し返すわけでも、傷つけるわけでもない。


 ただ、ここから先は許可なく入るな、と示す線だった。


 黒瀬は足を止めた。


「猫にまで守られるのか」


「違います」


 俺は首を振った。


「この村を守っているんです」


 村長が、静かに前へ出た。


「黒瀬さん、と言ったかな」


 黒瀬は不機嫌そうに村長を見る。


「この村は小さい。若い人も少ない。だが、ここに住む者の暮らしがある。神代くんは、その暮らしを助けてくれている。あなた方の事情で、ここを荒らされては困る」


 莉子さんも続いた。


「配信はしていません。でも、この場は記録しています。村の場所を特定して押しかけたことも、発言も、必要なら提出します」


 佐伯さんが端末から目を上げる。


「黒瀬蓮氏。現在、《暁の剣》には監査資料の提出命令が出ています。神代氏への接触が証言誘導または威圧と判断される場合、監査上不利に扱われます」


 黒瀬の顔が歪んだ。


 怒りの行き場を探している。


 剣を抜くわけにはいかない。


 怒鳴れば記録に残る。


 押し入れば、村と監査部を敵に回す。


 彼は、ようやく自分が会議室の支配者ではない場所に立っていることを理解したようだった。


「悠真」


 黒瀬は、低い声で言った。


「お前、本当に俺たちを潰す気か」


「ありません」


「じゃあ、なぜ追い詰める」


「俺は追い詰めていません」


 俺は、ゆっくり言った。


「俺はここで飯を作っています。村の人と暮らしています。ミコトと、廃坑のことを考えています。黒瀬さんたちをどうこうするために、生きているわけではありません」


「恨んでいないとでも言うのか」


「恨むほど、今の生活にその場所を空けていません」


 黒瀬の目が揺れた。


 たぶん、その方が許せないのだ。


 俺が憎んでいないこと。


 復讐のために燃えていないこと。


 彼の存在を中心に置いていないこと。


 それが、黒瀬にとっては何より屈辱なのかもしれない。


 風が吹いた。


 納屋の方から、けんちん汁の匂いが流れてきた。


 味噌と根菜と、少しの肉の香り。


 黒瀬の喉が、わずかに動いた。


 昔、彼も同じような匂いの鍋を食べていた。


 寒いダンジョンの夜。


 討伐のあと。


 濡れた装備を乾かしながら、無言で椀を受け取った。


 俺はそれを思い出した。


 黒瀬も、思い出したのかもしれない。


 けれど、彼は何も言わなかった。


 そのとき、山道の下から別の車が上ってきた。


 タクシーだった。


 村の入口手前で止まり、後部座席から一人の女性が降りる。


 白鳥玲奈。


 顔色は悪い。


 だが、手には小さな保護ケースを握っていた。


 黒瀬が振り返る。


「玲奈」


 玲奈は一瞬だけ肩を震わせた。


 それでも、逃げなかった。


 彼女は佐伯さんの前まで歩き、深く頭を下げる。


「佐伯監査官。補助記録水晶を持ってきました」


 黒瀬の顔から、色が抜けた。


「お前、何を」


 玲奈は蓮を見た。


 目には涙が浮かんでいる。


 でも、声は震えながらも前に出た。


「蓮さん。もう、やめてください」


 村の入口に引かれた金色の線が、夕日の中で静かに光っていた。


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