表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/24

第14話 暁の剣、飯抜き攻略

 《暁の剣》の攻略配信は、夕方六時に始まった。


 タイトルは、強かった。


『本物の攻略者が見せるB級ダンジョン最速突破』


 サムネイルには、黒瀬蓮が剣を構える姿と、赤い文字で「証明」という二文字。


 昨日までの炎上を、力で押し返すつもりなのだと誰でもわかった。


 同接は多かった。


 黒瀬のファン。


 騒ぎを見に来た野次馬。


 神代悠真の配信から流れてきた視聴者。


 そして、ダンジョン庁の監査部。


 佐伯真尋は、村の宿泊施設の一室で端末を開き、その配信を無言で見ていた。


 同じ頃、俺は納屋キッチンでおにぎりを握っていた。


 村長と佐伯さんから、明日の朝に廃坑周辺へ専門調査隊が来ると聞かされている。調査隊は早朝着だ。山道を越えて来るなら、温かいものと手早く食べられるものが必要になる。


 炊き立ての米に、少しだけ塩。


 具は二種類。


 ひとつは、牙猪のしぐれ煮。


 細かく刻んだ肉を生姜と醤油で甘辛く炊き、脂を米に馴染ませる。噛むと肉の旨味がじわっと出るが、後味は重くならないよう山椒を少しだけ入れた。


 もうひとつは、氷結トラウトのほぐし身。


 炭火で焼いて皮をぱりっとさせ、身をほぐし、味噌と大葉で和える。冷めても香りが立つように、皮も細かく刻んで混ぜた。


「悠真、丸が小さい」


 作業台の上で、ミコトが指導してくる。


「調査隊用だから、食べやすい大きさでいい」


「我用が小さい」


「そっちか」


 ミコトの前には、味付けを薄くした小さなおにぎりが一つ置いてある。


 さっきまで「我は監督者である」と言っていたのに、食べ物が出ると普通に待っている。


「冷めてからな」


「むう」


 莉子さんは、カウンター代わりの作業台の端でノートパソコンを開いていた。


 画面の半分には、うちの配信管理画面。


 もう半分には、《暁の剣》の攻略配信。


 調査隊用のおにぎり作りは、手元だけの短い配信にしている。場所は映さず、村の人も映さない。莉子さんが決めた安全な範囲だけだ。


「見なくていいと言われても、これは見ます」


「止めません」


「悠真さんは?」


「俺はおにぎりを握ります」


「ですよね」


 莉子さんは苦笑した。


 配信画面では、黒瀬がダンジョン入口に立っていた。


 装備は整っている。


 剣は最新型の魔力刃。


 防具も高価な軽装鎧。


 背後には白鳥玲奈と、他のメンバーが二人。斥候役の戸塚圭、魔術担当の鳴海沙羅。どちらも《暁の剣》の正式メンバーだ。


 見栄えはいい。


 黒瀬はカメラに向かって、余裕のある笑みを作った。


『今日、俺たちは結果で示す。根拠のない噂や、田舎の料理配信に振り回される必要はない。本物の攻略者が何をするのか、見ていてくれ』


 コメントが流れる。


『待ってました』

『黒瀬さん頑張れ』

『証明してくれ』

『神代の話はもういい』

『いや神代の話をしたの黒瀬側では』

『B級最速突破って大丈夫?』


 黒瀬は、都合の悪いコメントを拾わなかった。


 配信は始まった。


 最初の三十分は、確かに順調だった。


 黒瀬は強い。


 それは間違いない。


 魔力刃を振れば、石皮の魔物が一撃で裂ける。戸塚は罠を見つけ、鳴海は火力魔法で群れを散らす。玲奈の治癒も正確だった。


 コメント欄にも、称賛が増えた。


『やっぱ強いな』

『戦闘力は本物』

『これなら大丈夫そう』


 莉子さんが画面を見ながら、ぽつりと言う。


「強いですね」


「強いですよ。《暁の剣》は、もともと強いチームです」


「じゃあ、どうして」


「強いだけでは、長く潜れない」


 俺はおにぎりを一つ握り終えた。


 手のひらに残る米の熱。


 塩の粒。


 具を包むときの、ほんの少しの力加減。


 ダンジョンも、飯も、派手なところだけでは成り立たない。


 配信画面で、最初の違和感が出た。


 戸塚が水筒を開け、顔をしかめる。


『浄水タブレット、合わないかも』


『飲めないのか』


『いや、飲める。でも鉄臭い』


 鳴海が携帯食をかじり、すぐに水で流し込んだ。


『これ、口の中がぱさぱさする』


『我慢しろ。行くぞ』


 黒瀬は足を止めない。


 それ自体は、攻略者として間違いではない。状況によっては、休憩を削って進む必要もある。


 だが、今日は配信で見せるための攻略だ。


 焦る必要はない。


 玲奈が小さく声をかけた。


『蓮さん、一度休憩を』


『まだ早い』


『魔素濃度が上がっています。回復薬の吸収も少し悪いです』


『だからこそ早く抜ける』


 コメント欄に、少しずつ別の温度が混ざる。


『休んだ方がよくない?』

『玲奈さんの顔色悪い』

『携帯食だけでB級はきついだろ』

『前はこの辺で神代がスープ作ってたって話マジ?』

『料理の話するなって言われそうだけど、状態管理って大事では』


 俺は画面を見ないように、おにぎりを海苔で包んだ。


 海苔の香りが立つ。


 米の湯気と混ざると、それだけで腹が鳴りそうになる。


「悠真、我のは」


「もう少し冷めたら」


「配信の者たちは飯を食わぬのか」


「食ってはいる。足りないだけだ」


「足りぬ飯は飯ではない」


「手厳しいな」


 ミコトは真剣だった。


 画面の中で、《暁の剣》は中層へ入った。


 灰色の岩壁が続く区域。


 床には、細かい砂のような魔素結晶が積もっている。踏むたびに靴底から薄い粉が舞い上がり、肺に入ると体が重くなる。


 俺は、その地形を知っていた。


 前に潜ったときは、通過前に布を湿らせて全員へ渡した。苦い草を煮出した水だった。匂いは悪いが、吸い込む魔素を少し減らせる。


 画面の中の彼らは、そのまま進んでいた。


 玲奈が咳き込む。


『大丈夫か』


『はい。ただ、粉塵が』


『鳴海、風で払え』


『やってます。でも細かすぎる』


 黒瀬は剣を振り、前方の魔物を切り伏せた。


 判断は早い。


 動きも鋭い。


 だが、後ろが遅れ始めている。


 戸塚の足取りが乱れ、鳴海の詠唱が少し長くなった。玲奈は治癒魔法を節約しようとして、唇を噛んでいる。


 それでも黒瀬は進む。


 止まれば、負けを認めることになる。


 画面越しに、そんな焦りが見えた。


 そして、中層奥で灰刃蜥蜴が出た。


 岩に似た鱗を持つ大型魔物。尾の先に鋭い刃状の骨があり、振るたびに灰色の粉を撒く。傷そのものより、粉に含まれる麻痺性の魔素が厄介だ。


『来たぞ!』


 黒瀬が前へ出る。


 剣筋は見事だった。


 灰刃蜥蜴の初撃を受け流し、首筋へ斬り込む。魔力刃が鱗を割り、黒い血が飛んだ。


 だが、その血を見た瞬間、俺は手を止めた。


「まずい」


 莉子さんが顔を上げる。


「何がですか」


「あれは、斬ったあとに血を散らすと粉と混ざる」


 画面の中で、灰色の霧が広がった。


 鳴海が咳き込み、戸塚が膝をつく。


 玲奈がすぐに結界を張ろうとしたが、遅い。


 黒瀬は蜥蜴に追撃を入れ、確かに仕留めた。


 強い。


 強いのだ。


 けれど、その場にいる全員が灰色の霧を吸い込んでいた。


『げほっ、なにこれ』


『手が、しびれる』


『玲奈、治癒!』


『治癒だけでは抜けません。解毒処理が必要です』


『回復薬は』


『吸収が悪いって、さっきから』


 コメント欄がざわついた。


『やばくない?』

『倒したのに全員状態異常?』

『灰刃蜥蜴は血抜き方向ミスると霧出るやつ』

『それ誰が処理してたんだよ』

『神代ならたぶん食材にしてた』

『今それ言うな』

『でも事実では』


 黒瀬の顔が歪んだ。


『撤退する』


 その判断は遅かったが、間違ってはいなかった。


 彼は戸塚の腕を掴み、鳴海に肩を貸し、玲奈を後ろへ下がらせた。戦闘者としての責任は捨てていない。


 ただ、もう配信で格好をつける余裕はなかった。


 帰路は乱れた。


 足取りは重く、呼吸は荒い。黒瀬は最後まで前に立ったが、画面に映る顔には明らかな焦りがある。


 入口へ戻ったとき、予定していた最速突破の文字は、誰の頭にも残っていなかった。


『本日の攻略は、予期せぬ状態異常のため中断する』


 黒瀬はカメラに向かって言った。


『だが、討伐自体は成功した。俺たちの実力に問題はない』


 コメント欄は、すぐには賛同しなかった。


『実力はあるけど準備が足りない』

『玲奈さん、最初から休憩言ってた』

『状態異常管理って誰の担当だったの?』

『雑用って言葉で済ませてた部分では』

『神代を下げる配信の翌日にこれはきつい』


 配信は、慌ただしく終了した。


 納屋キッチンに、しばらく沈黙が落ちる。


 莉子さんがノートパソコンを閉じた。


「悠真さん」


「はい」


「悔しいですか」


 俺は少し考えた。


 黒瀬たちが失敗した。


 俺を無能だと言った彼らが、俺のしていた仕事の穴で苦しんだ。


 それは、世間的には気持ちのいい展開なのかもしれない。


 でも、画面の向こうで咳き込む玲奈を見て、胸が晴れたわけではなかった。


「悔しいというより、危ないと思いました」


「……そう言うと思いました」


「灰刃蜥蜴の肉は、処理すれば食えます。血の霧を出さずに抜ければ、尾の付け根がうまい」


「そこですか」


「そこです」


 俺は握り終えたおにぎりを盆に並べた。


 丸いもの、三角のもの、ミコト用の小さいもの。


 まだ温かい。


 海苔の香りが、納屋いっぱいに広がっている。


 ミコトがようやく自分用のおにぎりにかじりついた。


「うむ。証明とは、腹を満たしてからするものよ」


「それは本当にそうかもしれない」


 莉子さんが、少しだけ笑った。


 その夜遅く。


 佐伯さんから連絡が来た。


『明朝、白鳥玲奈氏から補助記録水晶を受領します。その後、神代氏にも確認をお願いする可能性があります』


 俺はその文面を見て、しばらく黙った。


 玲奈。


 会議室でうつむいていた彼女の顔を思い出す。


 怒りは、もうあまり湧かなかった。


 ただ、鍋の底に残った焦げのようなものが、胸の奥にある。


 こすっても簡単には落ちない。


 それでも、明日の朝は来る。


 俺は調査隊用のおにぎりに布をかけ、火の始末をした。


 外では、廃坑のある山が暗く沈んでいる。


 その奥から、かすかに冷たい風が吹いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ