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冤罪で追放された異世界帰還者、拾った神猫と田舎でS級モンスター料理配信を始めたら、俺を捨てた連中が勝手に曇っていく  作者: さくらろ


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12/22

第12話 監査官は味見を最後にする

 佐伯真尋監査官は、予定時刻の五分前に村へ着いた。


 黒い公用車から降りた彼女は、細身のスーツに歩きやすそうな靴を合わせていた。髪は後ろで束ね、銀縁眼鏡の奥の目は、山道のぬかるみも村人の視線も同じ温度で見ている。


 冷たい、というより無駄がない。


 そんな印象だった。


「ダンジョン庁監査部、佐伯真尋です」


 村長の家の前で、佐伯さんは名刺を差し出した。


「旧廃坑周辺の未登録ダンジョン化、救助時の戦闘行為、未登録高位個体と思われる伴侶生物、ならびに神代悠真氏の帰還者登録状況について、現地確認を行います」


 言葉だけ聞くと、胃が重くなる内容だ。


 村長も、隣に立つ莉子さんも少し身構えた。


 俺は名刺を受け取り、頭を下げる。


「神代悠真です。よろしくお願いします」


「動画は確認しました。あなたの主張ではなく、事実確認をします。よろしいですね」


「はい」


 佐伯さんの視線が、俺の足元に移った。


 ミコトが座っている。


 白い毛並みを朝日に光らせ、尻尾をきちんと前足に巻きつけていた。いつもより妙に行儀がいい。


「その個体が、ミコト」


「はい」


「飼育登録は」


「猫としてはありません」


「猫としては」


「拾ったときは怪我をした白猫に見えました。今も、だいたいは猫です」


「にゃ」


 ミコトが鳴いた。


 佐伯さんは表情を変えず、端末に何かを入力する。


「発話能力がある可能性」


「今のは鳴いただけです」


「神代氏には意味が通じている?」


「だいたい」


「では、意思疎通可能な伴侶個体として扱います」


 ミコトが不満そうに耳を動かした。


「我は伴侶などではない。監督者である」


 佐伯さんの指が止まった。


 莉子さんが小さく咳払いをした。


「今の、記録されますか」


「当然です」


 佐伯さんは淡々と言った。


 ミコトは、しまった、という顔をした。


 監査は、まず廃坑から始まった。


 佐伯さんは入口のロープ、村が昨日のうちに立てた仮設柵、立入禁止の札を確認した。地面に残る足跡の位置、鉱牙狼の血痕、崩落跡の状態。動画と現場を照合する手つきは速かった。


 俺は余計なことを言わない。


 聞かれたことだけ答える。


「鉱牙狼を確認した時点で、なぜ行政へ連絡するより先に進入したのですか」


「中に子供がいたからです」


「救助優先判断」


「はい」


「配信が継続していたことは認識していましたか」


「途中で気づきました。でも切るより、蒼太を外へ出す方が先でした」


「それは妥当です」


 意外なほどあっさり言われた。


 佐伯さんは坑道の入口へ測定器を向ける。小さな画面に、魔素濃度の数値が並んだ。


「昨日より高い」


「わかりますか」


「数値で見ています」


「俺は匂いで」


 佐伯さんがこちらを見る。


「魔素の識別を嗅覚で?」


「異世界では、そうしないと食材にできなかったので」


「食材」


 彼女はその単語だけを繰り返した。


 責めているのではない。分類に迷っている声だった。


 坑道には入らない。


 今日は現地確認だけで、内部調査は専門部隊が来てから。佐伯さんはそう決めていた。


 俺としても異論はない。


 廃坑から戻る途中、蒼太の母親が家の前で深く頭を下げた。


「昨日は、本当にありがとうございました」


 彼女は俺にではなく、佐伯さんにも頭を下げた。


「神代さんがいなかったら、息子は助かりませんでした。ミコトちゃんも、守ってくれました」


 佐伯さんは表情を崩さず、ただ丁寧に聞いた。


「救助時の状況を確認します。無理のない範囲でお願いします」


 聞き取りは短かった。


 けれど、蒼太の母親の声は震えていた。


 息子が帰ってきたことへの安堵と、まだ残る恐怖。その両方が、言葉の端に滲んでいる。


 佐伯さんは最後に、一度だけ眼鏡を押し上げた。


「確認しました。ご協力ありがとうございます」


 村長の家へ戻ると、昼を過ぎていた。


 村の人たちが心配そうに集まっていたので、俺は納屋キッチンに戻り、鍋を火にかけた。


「監査中ですが」


 佐伯さんが言う。


「昼ですから」


「調理の必要性は」


「村の人が落ち着きません。温かいものがあると、少し話しやすくなります」


「……合理性はあります」


 許可が出たらしい。


 今日は、鉱牙狼のすじ肉を使う。


 昨日仕留めた個体は、素材として使える部分を俺が処理し、危険部位は村長立ち会いで封をしてある。魔核の近くは毒ではないが、魔素が濃い。雑に煮ると臭みが出るし、食べた人間の体が重くなる。


 俺はすじ肉を細く切り、水から火にかけた。


 最初の湯は捨てる。


 血と灰色の泡が浮く前に見極め、湯を替える。次に生姜、葱の青い部分、村の味噌を少し。香りが立ち始めたところで、魔素の流れを指先で探る。


 肉の奥に残る、冷たい鉄のような感触。


 そこへ熱を通しすぎず、かといって残しすぎず。


 鍋の縁に指を添え、ゆっくりと流れを抜く。


「今、何をしましたか」


 佐伯さんの声が飛んだ。


「魔素を抜きました」


「手で?」


「はい」


「調理行為として?」


「調理行為として、です」


 佐伯さんは測定器を鍋に向けた。


 数値が下がっていく。


 彼女の眉が、初めてわずかに動いた。


「通常、解体場の浄化設備で行う工程です」


「設備がないので」


「設備がないから、手で代用した?」


「はい」


「危険性は」


「あります。慣れていない人はやらない方がいい」


「あなたは慣れている」


「三年、そういう場所にいたので」


 鍋から立つ匂いが変わった。


 鉄っぽい獣臭が薄れ、味噌と生姜の香りが前に出る。すじ肉はまだ硬いが、煮込めば柔らかくなるはずだ。


 村のおばあさんが、横から大根を持ってきた。


「悠真くん、これ入れるかい」


「助かります。厚めに切ってください」


「はいよ」


 佐伯さんがそのやり取りを見ている。


「村民を調理工程に参加させるのは、安全管理上どう判断していますか」


 莉子さんが一瞬ひやりとした顔をした。


 俺は包丁を置き、答える。


「危険部位の処理は俺がやります。村の人には洗う、切る、器を並べるところまで。触れていいものと駄目なものは、色の違う札で分けています」


 納屋の壁には、昨日莉子さんと作った札が貼ってある。


 赤は触らない。


 黄色は確認してから。


 緑は手伝っていい。


 単純だが、村の人にはわかりやすい。


 佐伯さんはそれを見て、また端末に入力した。


「即席にしては悪くない」


「褒められた?」


 莉子さんが小声で言う。


「たぶん」


 俺も小声で返した。


 やがて、すじ肉がほろりと崩れ始めた。


 大根は飴色に染まり、箸を入れると出汁を含んだ湯気が上がる。味噌の甘さ、生姜の辛み、鉱牙狼の肉の濃い旨味。灰汁を丁寧に抜いたから、後味は重くない。


 村の人たちに小さな椀で配る。


 蒼太の母親も、診療所の先生も、村長も、みんな黙ってひと口目を食べた。


 そして、ゆっくり息を吐く。


「ああ……」


「体が温まるなあ」


「昨日からずっと肩に力が入ってたけど、少し抜けた」


 その声を聞いて、俺も少し安心した。


 佐伯さんには、椀を出さなかった。


 監査中に、対象者から料理を受け取るのはよくないかもしれないと思ったからだ。


 だが、佐伯さんは鍋の前で立ち止まった。


「神代氏」


「はい」


「検体として、少量の提供を求めます」


「検体」


「味覚による異常確認です」


「味見ですね」


「検体確認です」


 莉子さんが横を向いて笑いをこらえた。


 俺は小さな器に、すじ肉と大根をひとつずつ入れた。


 佐伯さんはまず匂いを確認し、次に測定器を当て、最後に箸を取った。


 ひと口。


 表情は変わらない。


 けれど、箸が止まらなかった。


 二口目、三口目。


 味噌を含んだ大根を食べたあと、彼女はようやく器を置いた。


「魔素残留は基準値以下。処理は適正。食味も、良好」


「食味」


「監査記録上、必要な表現です」


 佐伯さんは眼鏡を押し上げる。


「神代氏。あなたが《暁の剣》に所属していた時、この処理を担当していましたか」


「はい。食材になるものは」


「食材以外は」


「薬草、包帯に使う繊維、毒抜き、水の浄化。できる範囲で」


 佐伯さんは端末の画面を見た。


「《暁の剣》の提出書類では、あなたの担当は雑務補助となっています」


「そう書かれていたんですか」


「はい」


「まあ、間違いではないです。雑務でしたから」


「今見た工程を、雑務と呼ぶのは不正確です」


 その言葉に、周囲の村人たちが静かになった。


 俺は返事に困り、鍋の火を少し弱める。


 不正確。


 たぶん、そうなのだろう。


 けれど、俺は自分の仕事を大きく言うのが苦手だ。誰かが前で戦い、誰かが魔法を撃ち、誰かが治癒をかける。その横で、俺は鍋を見て、傷口を洗い、肉を干していただけだ。


 それが必要だったとしても、華やかではなかった。


「追加で確認します」


 佐伯さんの声は、静かだった。


「あなたの除名理由に、撤退時の後衛放置、物資横流し、危険素材の無断持ち出しが記載されています。これらに対し、反証資料はありますか」


「俺の手元にはありません」


「当時、映像記録は?」


「途中で切れていたはずです」


「なぜ切れたか」


「わかりません」


 佐伯さんは頷いた。


「わかりました。ギルド支部および《暁の剣》へ原本提出を求めます」


 莉子さんが息をのむ。


「原本って、提出済みの編集後じゃなくて?」


「当然です。監査で見るのは原本です」


 佐伯さんは鍋の器を返した。


「本日の現地確認で、少なくとも二点は判明しました」


「二点」


「旧廃坑のダンジョン化は進行中であり、早急な封鎖と専門調査が必要です」


 彼女はそこで、俺を見た。


「そして、神代悠真氏の技能評価は、現在の登録情報と著しく乖離しています」


 村長が、深く息を吐いた。


 莉子さんは、少しだけ拳を握っている。


 俺は、鍋の中で揺れる大根を見ていた。


 評価。


 そんなものを取り戻したかったわけではない。


 ただ、昨日助けた子供が今日も粥を食べられるなら、それでよかった。


 けれど、間違った記録が残っている限り、また誰かがそれを使って人を傷つける。


 それは、たぶん放っておいてはいけない。


 佐伯さんの端末が震えた。


 彼女は画面を見て、目を細める。


「《暁の剣》側から、原本提出に関する回答がありました」


「早いですね」


「拒否です」


 納屋の中が、静まり返った。


 佐伯さんは表情を変えずに、追加の申請画面を開く。


「では、監査権限を一段階上げます」


 その声は冷たくも熱くもなかった。


 ただ、事実を積み上げる人間の声だった。


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