「虐殺」
俺とミサキは、顔を出して城の上にいる『ゴブリンの王』の姿を見ていた。
これで今までの苦労が報われた。元の世界での死や、転生後に起こった辛い出来事はこの為だったと思えた。
我を忘れてその光景を見つめていたが、警備のオークが急に慌ただしい動きを始める。
「なんだろう」
城の上を見つめていると、警備のオークが王を庇うようにして傍に寄せる。
するとそこにさっき捕まった黒いローブの老人が走ってきて、全く躊躇せず飛び降りた。
「あっ……」
人が死ぬところを見てしまう。俺は思わず目を閉じた。
「違う、逃げたのよ!」
ミサキが肩を叩くので、目を開けると、黒いローブが千切れて広がり、その一つ一つが、コウモリになった。
何十匹のコウモリが、ユラユラと独特の飛び方で、南に向かって飛んでいく。
一瞬、その中の一匹が俺を見た。
『もうオークは要無しだ』
「どういう意味だ!」
『私の目的は、オークの世界を作ることではない』
コウモリは笑った。いや、コウモリが笑うわけはない。俺の心理にそう働きかけてきたに違いない。
その一匹のコウモリはユラユラと飛びながら集団に戻って行き、飛び去った。
俺とミサキはコウモリの姿が見えなくなると顔を見合わせた。
「逃げられたけど、戦争は止められたんだから、それで良し、じゃない?」
「ああ……」
暗くて何も見えない南の空を見つめながら、俺はそう言った。
俺たちは『ゴブリンの王』に呼ばれ、城で食事などもてなしを受けた。専用の馬車を用意してもらって、女王の国まで送ってもらうことになった。
翌朝、戦争の終結を告げる使者の一団の馬車、警備の馬車、合わせて計三台の馬車が、首都ダウンチューブから伸びる街道を南に向かって出発した。
いち早く戦争を止めれば、お互いの犠牲者を少なくすることができる。
馬車は速度を上げていた。
しばらくは順調に走っていたが、突然馬車が減速した。
馬の落ち着きがない。
「何があったんです?」
俺は馬を操っていたオークに訊いた。
そのオークは先頭を走る警備の馬車に向かって大声でたずねる。
「どうした、何があった」
「ドラゴンが来た。そっちの人間にようがあるらしい」
「そっちの人間って?」
「君らしかいないだろ」
俺は自分の顔を指さした。オークはうなずく。
ドラゴンは戦争を忌諱していた。だから、戦争が始まるとともに戦争のない南の島へ飛び去っていった。
ゴブリンの王は戦争を終わらせると宣言したものの、まだ人間にそれは伝わっていない。前線のオーク達にも同じように伝わっていない。だから、実質は戦争状態なのだ。
それなのに今、こんなところにドラゴンがやって来るなんて異常事態だ。
「ミサキ。これは何かあるぞ」
俺は馬車を下りて、ミサキに手招きする。
「何? 降りるの?」
「ドラゴンだけでここまでこないだろう。とすれば、女王がいる」
「わかった」
俺たちは先頭の馬車の前に立っているドラゴンに駆け寄った。
首を高く持ち上げて、羽を閉じているドラゴンは、音符のように見えた。
俺たちが近づくと、頭を下ろしてきた。
頭が地面につく前に、飛び降りてくる影があった。
その人影は、まるでロケットエンジンを逆噴射したかのようにゆっくり地面に降りた。
「女王」
俺も、ミサキも、頭を下げて、膝をつくところだった。
「挨拶なんていいから。大変なことが起こったの。急いで乗って」
女王だけが頭に乗り、俺とミサキはドラゴンの背中に乗せられた。
各々風よけの仮面をつけ、腰を縄で縛ってドラゴンの背中の突起に縛りつけた。
触媒の石を体の奥に入れる為、ドラゴンが頭を高く持ち上げる。
「ドラゴン、これがドラゴンなのね。空を飛んでるのは見たことあるけど」
「そろそろ浮かぶぞ。あまり喋っていると舌を噛む」
「なんであんたが偉そうに指示すんの」
「ドラゴンの世話をしていたからな」
ドラゴンの中でガスが生成され、体が浮き始めると、翼を広げた。
「おおっ、格好いい!」
「さっき女王が急いでいるって言ってたから、しっかり掴まってろよ」
「掴まってんよ」
地上にいるオークの馬車に気を使ってか、ゆっくりと、真上に向かって浮かび上がるように翼を動かす。
ガスの生成量と羽ばたきの力で、あっという間に辺りの建物や山の高さを超えてしまう。
「!」
障害物のない高さに上がったとみるや、女王はドラゴンに全速力を命じる。
ドラゴンは首に力を入れ、体に沿って真っ直ぐ維持し、前方へ向かう翼使いで、空気を後ろに繰り出す。
「い、息が……」
とミサキが言った。
ミサキは仮面をしているから、俺が仮面なしで苦しんだよりはマシなはずだが、初めての経験だろうからびっくりしたのだろう。
ドラゴンの背中に乗って飛ぶのは初めてだった。
地上側の視界は、殆どが背中で隠れて見えないため、動く風景はゆったりしていて、スピード感があまりない。
「そうか」
「何よ、また偉そうなこと言うつもり」
「背中に乗っていればそんなにスピードを感じなくて済むんだな」
「こんなに凄い風圧があるんだから、どれくらいスピード出ているかわかるわよ」
頭に乗っていた時のスピード感はこんなものではなかった。
上空は空気が薄く、いつもより呼吸が速くなる。
ドラゴンの羽ばたきが止まり、翼を少し狭めて固定した。
しばらく飛んでいると頭が下を向き、目的地へ滑空するのだと感じる。
降りるだろう場所を見つめていると、人が数人動いている。
いや、この高さから人の姿が見分けられる訳がない。とすると、この遠近感が狂ったような風景を作り出しているものは…… トロル。五…… 七、八、九体のトロル。こんなに沢山いるのか。
高度が下がって来て、地上が近づいてくると、さらに光景ははっきり見えてきた。
「街がっ……」
トロルは人間の街に侵攻し、建物を壊している。
不幸中の幸いというか、人々は退避しているようで、建物は壊れていくものの人の姿は見えなかった。
よくみると、街の先に丘があり、そこに街の人々が街の方を見つめている。
丘は牧羊の為か木々がなく、草地になっていて見通しがよかった。
丘の上の人々は、皆暗い表情だった。
自分たちの街が、トロルが歩く度に砕かれ、壊れ、塵になっていく。
丘に逃れて命は助かったかもしれないが、明日からどうすればいいのか、絶望しかないだろう。
「見えるでしょう? トロルが暴走している」
「暴走?」
「トロル達は、オークの指示を無視しているのよ。ほら、あそこ、黒く水溜りのようなものが見えるでしょう? あれはトロルに殺されたオークの血の池だわ」
「!」
トロルがオークを踏み潰し、血の池を作ったのだ。
よく見るとその血に、千切れたオークの手足や服が飛び出して見えている。
「オークがトロルを利用していたんじゃ」
オークの血とは言ったが、オークだけではあるまい。
オークと人は、戦争の最中だったのだ。オークがこれだけいたとすれば、人の軍隊も少なからず巻き込まれただろう。
「許さない!」
ミサキが言った。
ドラゴンの背中に乗っていて風が強いせいで、ハッキリとは分からなかったが、ミサキの体が怒りに震えていた。
血が池のようになるなんて、どれだけの数のオークと人が死ねばいいのか。想像を絶する。
ミサキの怒りを見て、トロルへの怒りが増した。
高度が下がりすぎたのか、ドラゴンは数度羽ばたくと、翼を大きく広げる。
「ドラゴンで戦うんですか」
「ドラゴンは地上の生き物の争いに手を貸さない。貴方たちが戦うのよ」
「えっ!」
女王の言葉に、俺とミサキは顔を見合わせた。
ミサキのマスケットの威力はあるが、トロル相手に何が出来るだろうか。
ハーフサイズのマスケットでは、トロルの分厚い肌を撃ち抜けないだろう。おそらく頭を狙っても届かない。フルサイズのマスケットだとしても、トロルの頭に届く頃には威力が削がれてしまう。
俺がやるとすれば、トロルのCodeを書き換えて同士を戦わせるとかだろうか。
自分自身がどれだけ強くなっても、トロルを打ち負かす力を得ることはない。しかし、トロルのCodeに触れるには、あのバカのように小さい穴を探し当てなければならない。その為には近づく必要がある。
いや 近づくなんて…… ありえない。人がトロルに勝つ見込みは、殆どないように思えた。
ブレスを吐き出して、体内のガスの量を調整すると、ドラゴンは高度をさらに下げた。
そして街の先の丘にドラゴンが降りると、俺たちは降ろされた。
「頼んだわ」
「えっ……」
また高々と首を持ち上げると、ふわりと浮かび上がり、ドラゴンと女王は飛び立っていった。
「無茶振りもいいとこだ」
「どうやってトロルを倒すの」
丘の上に逃げていた人々が、ドラゴンの飛び立った後にいる俺たちに気づいた。
「……」
懇願するような目や、これからのことで震えている人々が、俺たちを見つめている。
泣き言はなしだ。
とにかく、やるしかない。




