「城からの脱出」
俺とキズンとミサキは、ゴブリンの王の部屋から通じているゴミを捨てる配管を落ちていた。ゴミが引っかからないよう急な角度がつけられていた。配管の中で加速していく俺は、ミサキに言った。
「ここ、実際、王の脱出用なんだろうな」
「匂いからして、もろダストシューターでしょ?」
ミサキの声は俺の頭の方から聞こえてくる。俺とミサキの速度差のせいで、たまに俺の肩や、頭にミサキの足が当たってくる。
「けど、脱出用を兼ねているんだよ。ゴミ専用なら垂直の穴でいいはずだ」
「何にせよ臭いし、このスピードで床に激突したら死ぬわ」
「だからこの爆発式クッションを渡されてるんだろ」
「エアバックって言いなさいよ」
「こっちの世界の言葉には『エアバッグ』なんてないんだよ」
意図的に頭を蹴られた。
「ゴブリンの王が爆発式クッションというのはわかるわよ。なんであんたまで同じ言葉使うのよ。分かりやすい言葉があるでしょ」
「……解ったよ」
言い終えるとすぐに配管を飛び出し、広い空間に出た。
暗くて良くは分からなかったが、ゴミが小山を作っている。ここが底辺なのだ。
足で挟んでいた爆発式クッションを蹴り飛ばした。
しかし、バッグは広がらない。
「まずいわよ」
「まさか、テストしてないのか……」
俺たちの予想を外れ、まさに今爆発するような音がした。複雑に畳まれていたクッションの布が広がる。
「した噛むなよ!」
「あんたこそ」
ゴミの山の上で広がるクッションの上に、間髪入れずに落下する。
中で広がっているガスと、布から抜けているガスのバランスが良くて、押し戻しすぎず、減速が不足することもなかった。
俺は爆発式クッションからする匂いに、懐かしさを感じていた。
バッグのガスが抜け切ると、俺たちは立ち上がった。
「助かった」
「最後の最後で騙されたと思ったけどね」
「そうか。思い出したぞ。これ、ドラゴンの息の匂いだ」
「じゃ、このエアバッグが発生させたガスは、ドラゴンが空を飛ぶために体の中で作るガスと同じってこと?」
「きっとそうだよ」
鼻が曲がりそうな臭いに耐えながら、俺たちはゴミの山を降りた。
「放射状に穴がいくつかあるな」
「水が流れてる」
「下水なんだろうか」
「下水なら、もっと流れていないと。こんなふうにゴミが溜まっちゃダメでしょ」
「なら良かった。とりあえず地上に出る場所を探そう」
ミサキが、マスケット用の火種を使って明かりの代わりにした。
いくつかある穴から、俺たちは、最後に飛び出してきた穴の正面に位置する穴を選び、進んだ。
しばらく穴を行くと、縦穴を見つけた。
はしごがかけてあり、メンテナンスのために下って来れるようになっているようだ。
横の穴も縦の穴もオークの身長を前提に作られているため大きく、梯子の位置が高くて届かない。
「肩車してよ」
「逆だろ? 俺が先に梯子に取り付いて、引っ張り上げてやるよ」
「そんな筋力ないくせに。私が先に上がって、縄を梯子に結んで垂らせばいいでしょ?」
結局、ミサキの案が採用された。
俺はミサキを肩に乗せ、壁に手をつけながらなんとか立ち上がった。
フラフラと歩くと、ミサキは俺の頭にしがみつく。
「うわっ、見えない」
「しっかり歩かないからよ」
梯子を登っていき、上の蓋を押し上げた。
そこはダウンチューブの街中だった。建物の裏手であることは分かったが、外は明るく、まだ出ることはできない。俺たちは、梯子に体を縛り付けて、休憩をとることにした。
蓋を押し上げ、外の様子を確認する。
ミサキが出た後、俺も外に出た。
オークが何やら騒いでいる。
聴き慣れない単語ばかりで、俺はキズンに尋ねる。
「連中は何騒いでるんだ?」
『ゴブリンの王の、臨時の演説があると言っているな』
ミサキが訝しげな顔で俺をみる。
「ゴブリンの王の臨時の演説。それはこの戦争を終わらせるということだろう」
「『演説』って、本当にキズンは『演説』と言っているの? 戦争を終わらせる、なら『宣言』とか、他の言い方がありそうなんだけど」
『いや、オークの言葉のニュアンスからすれば『演説』で間違いない』
ミサキの言葉にキズンがそう伝えてくる。
「やっぱり『演説』ということらしいよ」
「それなら『演説』の内容を確かめてからダウンチューブを離れても遅くないわ」
「……うん。そうだね」
俺たちを逃してくれたゴブリンの王を疑うわけではないが、念のためだ。
裏通りから、表通りを覗き見る。
ダウンチューブの街の広場に、大勢のオークが集まっていた。
アンプ城の橋は下ろされていたが、門は閉まっていた。
門の上のバルコニーに警備のオークが立っている。
広場のオーク達がそこを見つめているということは、警備と警備の間の空間にオークの間に王が現れるのだろう。
裏通りから俺たちは息を潜めて城を見つめていた。
空砲と軽快な楽器の演奏があった後、城の上に一人の男が現れた。
長髪の男。明らかに人間の姿をしている。
「えっ?」
俺は思わず声を出してしまった。
背後からミサキの手が伸びて口を押さえ込まれ、そのまま裏通りに引き摺り込まれた。
「声が大きい」
「けど、見たか? オークじゃない。人が出てきたぞ」
「確かにそう見えたけど、小さいだけじゃ……」
「もう一度、ちゃんと見よう」
「声を出さないでよ」
俺たちはもう一度裏通りから、そっと顔を出そうとした。
その時、表通りからオークが入ってきた。
「!」
タイミング的に避けようがなかった。踵を返し、俺は逃げ出そうとした。
「おい、同志。こそこそ隠れてないで王の演説を見ろよ」
「?」
俺は呼び止められて振り返った。
ミサキは裏通りの角を曲がりながら、俺に言う。
「何立ち止まってるのよ。逃げるわよ」
表通りから裏通りに入ってきたそのオークは、建物の壁に向かって小便を始めた。
俺は思わずそのオークに話しかけた。
「同志って、俺のこと?」
「当たり前だろ」
「同志って、仲間のことだろ」
「お前はバカか? 同志の意味もわからないのか?」
まさか、と俺は立ち小便をしているオークの背後を抜け、表通りから城の門の上にいる人物を見た。
長い髪と長い顎髭を生やしていて、ゆったりした黒いローブを着ていた。髪や髭に白髪が混じっていたし、皺の感じから、年齢的にはかなり上だと思われる。
だが、何度見ても、どこをどう見ても、人間だった。
「城の上に人間がいる」
俺が言うと、小便を終えたオークが表通りに走り出る。
「なんだって?」
「ほら、あそこ、城の門の上」
「いないじゃないか。あそこに人がいるわけがない。一番警備が厳重なんだぞ」
さっきから、このオーク自身、俺のことを人間だと認識していない。
誰の仕業かはわからないが、ここにいるオーク全員を騙す為に、個人個人のCodeを書き換えるのではなく、もっと広域なCodeを書き換えたのだ。そういうCodeの操作があること自体は、ソウタから聞いて知っていた。
「そりゃそうだな」
「ほら、お前も演説を聞け」
「ああ、聞くよ。だが、まず、あっちに行っちまった奴を呼んでくる」
「ふん。好きにしろ」
そう言ってから、そのオークは城に立つ人間の声に合わせ、拳を突き上げた。
「アタック! アタック! アタック!」
「門上の人、戦争を煽ってやがる」
俺は裏通りに入り、ミサキが消えた先を追った。
角を曲がると、ミサキはすぐに見つかった。
「あなたとオークの様子、ずっと見てたわ。ねぇ、どう言うこと? なんでオークと平然と話せるの? Codeを書き換えたのなら、そう言ってよ」
声は小さかったが、好奇心からなのか勢いよくそう言った。
「違う。俺じゃない。Codeを書き換えたとすれば、門の上に立っているあいつだ」
「余計にわからないって」
「人をオークと見間違うようにこのCodeを書き換えたんだ」
「じゃあ、戦争している地域じゃ大混乱ね」
「いや、そんな規模の世界の秩序を書き換えたら、『コード管理プログラム』に見つかり、ハルバルドと同じ目にあう。おそらく小さいエリア限定のCodeなんだ」
「分かったわ。けど、どうするの? あいつが、ゴブリンの王なら、戦争は止められない」
「Codeを元に戻して、あいつが人であることをバラすしかない」
「そんなこと、演説中に間に合うの?」
ソウタに話を聞いただけで、やり方もどこをどう直せばいいのかも知らない。けど、やるしかない。
「やるだけやってみる」
「……」
ミサキは言葉に出さず、ただ頷いた。
俺は目を閉じた。
建物に背中をつけて、地面に腰を下ろした。
体は動いていないが、三半規管は、グルグルと後転を繰り返すような目眩を感じている。
瞼の裏には、さまざまな箇所から、大量のソースコードが流れ込むように映し出されていた。
字が読める程度に複数枚が重なり合い、高速な検索をかけている。
何がキーワードかすら、わからない。そのせいで機械的な検索ができないのだ。ただひたすら愚直に閲覧を繰り返すしかない。
閲覧を繰り返すうち、俺の直感に引っかかるCodeが少しずつ絞られてくる。
「アタック! アタック! アタック!」
「また煽ってるわよ。急いで」
「黙ってくれ、気が散る」
ソウタが言っていた。
女王は問題になるCodeの行の色が、自然に変わって見えるのだそうだ。
Code改変能力の高さから『ドラゴンを統べる者』としてこの世界に降臨しているのだと。
ならば、女王がこの相手と戦うべきだったのではないだろうか。
なぜ俺にこんなことを……
突然、サムの顔が浮かんできた。
『ケイゴ。俺がいない時にはお前がやるんだぞ』
同じことを複数の人ができなければ仕事が回らない。サムに何度もそう言われた。
俺が世界に存在する意味。
あの時もそんなことを考えた。
目を閉じた暗闇の中で、やっと人をオークに見せる魔法のようなコードを見つけた。
オークという条件下で働く地域のCodeだ。だから俺やミサキは互いにオークだとは思わなかった。だが、オークから見ると、人間が全てオークに見えるのだ。
俺は目を開いて周りを確認した。
すぐにオークに見つかっては元も子もない。
「よし、書き換えるぞ」
俺はCodeに触れ、書き換えた。
「キズン。広場の様子を見てくれ」
俺は手を伸ばし、建物の軒の上にキズンを乗せた。
軒の上を動いて、キズンは城の上の様子を見た。
『オーク達、かなり戸惑っているみたいだな。まだ捕まえようとはしていない。必死に言い訳しているようだが……』
キズンの報告を受け取れないミサキが耳を近づけてくる。
「なんだって?」
「人だということには気づいた見たいだけど…… どうしていいかわからない感じだって」
「ここで本物の『ゴブリンの王』が出てくれば完璧なのに」
確かにそうだ。
城の門の上で偉そうに演説をしていたオークが人間だとわかる。その後ろから堂々たる姿の『ゴブリンの王』がやってくる。全く正反対な内容を語り始める。インパクトも、説得力も段違いだ。
流石にここからではCodeを探査できない。俺の力で『ゴブリンの王』を呼ぶことはできない。
「そううまくいくかな」
「うまく行くように祈りなさいよ」
『男が捕まった。城の様子を見て、広場が騒ぎになってる』
オーク達の騒ぎ声は、言われなくても聞こえてきていた。
男は、Codeを書き換えて、自分をオークに見せるCode改変をして、万一それが解けた時のことは考えていなかったのだろうか。
俺はキズンが見ているイメージに直接触れる。
門の上の警備のオークが中央であたかもオークの王のように振る舞っていた男の腕を掴んでいる。
後ろに下がって、広場からだと男の姿が見えなくなっていく。
広場で見ているオークは様々な憶測で話し合う。
『なんだ今のは』
『鉄の精錬所であった火事に紛れて、人間が街に入ったって噂だ』
『いや、王の姿は人間に変わったが、王の姿をしている時の言葉には一貫性があった』
『そうだな。戦争を仕掛けると決まった頃から、王の態度や言葉に変化はなかった』
『そもそもなんの理由で戦っているんだ』
オーク達は人になったことで混乱している。だが、当初からあの人間がオークを煽動していたのがあいつだったのだとしたら、俺はなんの為に本物の『ゴブリンの王』の考えを変えに来たのだろう。
ざわつく広場をほったらかしにして、城の門の上には誰も立たず、なんの説明もない。
次第に広場のオークの声は大きくなる。
『キング!』
『キング! お言葉を』
次第に声がまとまってくる。
一定のリズムで『キング!』と繰り返し連呼し始めた。
『キング! キング! キング!』
門の上から警備のオークや、側近と思われるオーク達は困惑した表情を浮かべている。
すると、奥から誰かが進んでくる。
『キング! キング! キング!』
声がどんどん大きくなる。さっきまの戦争を進める「アタック!」の声より、声は数倍大きい。
門の上のオークの顔が、明かりのもと、はっきり見えると、騒ぎ声は熱狂に変わった。
『キング! キング! キング!』
現れたのは城で見た『ゴブリンの王』だった。
「ゴブリンの王が現れた」
「で、なんて?」
「まだ何も言ってない」
広場のオーク達が突き上げる拳と共に叫ぶ。
ゴブリンの王は微笑みながらそれに応える。
そして、スッと手をあげ、止めると、広場のオークの声が止まった。
出鱈目だと思っていたオーク達の、この統制された姿に、俺は鳥肌が立った。
『私は謝らねばならん』
両手の拳を前に下げ、それと同時に頭を下げた。
広場のオークも片膝をついてそれに応えた。
『私の影武者が戦争を始め、戦争を拡大していた。私自身も妻のエステルを失い、心が乱れていて、それを止めれなかった』
王の声だけが響いている。さっきの戦争演説とは違い広場は異常な静けさだった。
『だが、ある出来事により、私は心を取り戻した。勇気ある者の心に触れたのだ』
俺はなんとなく、それが自分のことだと思っていた。
『最初からすべきではない戦争だ。何か得るものがあっただろうか? 鉄? 領土? それだけだ。失ったもの考えてくれ。世界の秩序、平和な生活や心、トロルに食われた食糧…… 全土が戦争の混乱に乗じて乱れている。これが私のしたかったことではない。断じてない。今、ここにそう宣言する』
これが事実上の戦争終結宣言なのだろうか。
広場のオーク達が、ぽつ、ぽつと立ち上がる。
立ち上がるのは『賛成』ということなのだろうか。
一気に全オークが立ち上がり、その場で飛び跳ねる者もいた。
歓声と拍手が巻き起こり、鳴り止まない。
俺はキズンのイメージを読むのをやめ、ミサキを見た。
「今、ゴブリンの王が、戦争終結を宣言した」
「うん。わかってる」
ミサキの瞳に涙が溜まっていた。




