「世界の管理者、またの名をコード管理プログラム」
「撃て!」
ミサキはその声を聞いて、マスケットの引き金を引いた。
いや、正確には引いたつもりだった。
しかし直後に姿を消したケイゴと同様に、マスケットの先端から次第に泡のように消えていくのがわかった。
何かCodeを操作された。そう考えるまでしかできなかった。
何が順番に巻き戻されていき、自らがこの場に存在してはいけない何かに変わっていく。
ミサキはそう考えた直後に、空間に人の形をした穴が空いたように消え去った。
「クク…… フッ、フハハハハハ!」
眼帯をした片目の男は笑った。
振り返ると、天蓋付きのベッドではゴブリンの王が寝ている。
起きる様子がないのを確認すると、片目の男、ハルバルドは言った。
「今の俺なら『コード管理プログラム』にすら勝てる!」
ハルバルドは世界を形作っているCodeを書き換え、自らの権限を昇格させ、転生者ケイゴのインスタンスを消去したのだ。
消去されたケイゴは、転生前から転生後まで、関係した履歴ごと消去された。
その為、ミサキもアンプ城まで来なかったことになり、セイトに殺されて消えた。
セイトは殺されなかったことになり、世界の片隅で復活した。
ケイゴを消去したことにより、世界は完全に書き換えられた。
……そのはずだった。
「?」
突然、ハルバルドの前に、ツインテールの女性が現れた。
ミサキが立っていた場所に、忽然と現れたのだった。
ツインテールの女性は、フリフリのヘッドドレスに、チョーカーをしている。服装全体は、裾の短いゴシックロリータだった。
手にはミサキと同じハーフサイズのマスケットが握られていた。
そのマスケットは奇妙なことに『既に引き金が引かれて』いる。
「!」
突如、目の前のフロアに赤い体液が飛び散っていて、ハルバルドは首を傾げた。腹部を見ると、皮膚がズタズタに裂け、内臓が見えていた。
ハルバルドは混乱と痛みで声が出なかった。
「世界の脆弱性をついたつもりでしょうけど、システムの整合性を保つ機能はしっかり働いているのよ」
ツインテールはダミ声でそう言った。
「だから、こんな重大事件を見逃す訳ないわけ」
人差し指を立てて、メトロノームのように指を振る。
指を止めると、
「まあ、そうは言っても私も『コード管理プログラム』の代理なだけ、なんだけど」
そう言って、ウインクする。
ツインテールの女も、ブロックノイズのように頭の先から消え始めると、その足元に、ケイゴとミサキが突っ伏した状態で現れた。
ケイゴが、ハルバルドの様子に気付き、周りを見る。
ミサキは、突っ伏したまま目を閉じていた。
さらに後ろを振り返ると、ミサキのいるべき位置に、ソウタが立っていた。
「ソウタさん!」
「ケイゴ。良かったわね。消去されずに済んだのよ」
聴き慣れたダミ声だった。何度も肩を叩かれ、生きていることを実感した。
「けど、私はもうさようならみたい」
ミサキがまるで見えない糸で釣られているかのように不自然に立ち上がると、消えていくソウタの姿に重なっていく。
チョーカーをしたツインテールのゴシックロリータがエプロンを外したメイド服の女に変わり、完全にソウタの姿が消え去ってしまった。
「ソウタ……」
「私はソウタじゃない。ミサキよ」
「……」
何が起こっているのか分からない。俺は声が出なかった。
「ブハァァァァ……」
大量の血を吐いて、ハルバルドはうつ伏せに倒れた。
血が肺に入ったらしく喘鳴していたが、喋り始めた。
「そうか。特権昇格したために『コート管理プログラム』が俺を除去しに来たんだ」
俺はハルバルドに言った。
「なんのことだ」
「俺たちが書き換えているCodeは、世界の秩序を形作っているものだ。本来、それらを書き換えることはご法度だ。誰にでもできたら世界が崩壊してしまうのだよ」
「だから俺たち転生者だけができるんだろう」
「馬鹿だな。転生自体も世界の秩序を破っているんだよ。本来ならな」
「だからどうしたんだ」
「俺はやりすぎた。やりすぎてはいないんだが、特権昇格時に『コード管理プログラム』が干渉してくることに配慮したプログラム改変をすべきだったんだ」
「何を言っている」
「女王ならわかるさ。女王は『コード管理プログラム』を克服したのだからな。俺も克服したはずだったんだが、後一つ熟慮が足りなかった」
その時、俺は胸ポケットから顔を出したキズンが、ハルバルドを凝視しているのに気づいた。
「つまり、俺は『コード管理プログラム』に除去されたんだ。お前に負けたわけじゃない。だから、いい気になるなってことだ」
「別に俺はいい気になんかなって…… 」
「……」
喘鳴も止まり、ハルバルドは完全に沈黙した。
これだけの出血で、ここまで喋れた事が奇跡だった。
俺はハルバルドに手を合わせた。と同時に無意識にハルバルドのCodeに触れていた。
ハルバルドには、不自然なCode改変の跡がそこかしこにあった。
こんなに大量のCode修正ができる者がいるのだろうか。
もしかしてこの不自然な改変をした者、それがハルバルドのいう『コード管理プログラム』なのだろうか。
一瞬の間に、消えたり戻ったりしたために、何がどうなったのかが整理できない。
「私、今さっき消えたわ。そして戻ってきた」
ミサキは短い髪を揺らしながら、俺にそう言った。
「そうだね。俺が世界から消されて、戻ってきた、どちらもその影響なんだと思う」
「だから、どういう事なのよ?」
俺はハルバルドの言ったことを整理してから、口を開いた。
「ハルバルドはCode書き換えの可能な、最も強い権限を得た。それはどうやったら出来るのかはわからない。きっと女王ならわかるんじゃないかな。そして、権限を得て俺をつまり俺の実体としてのCodeを消去した」
「殺した?」
「殺したんじゃない。どちらかというと、そもそもなかったことにしたような感じだ」
「生まれてこなかった、というようなこと?」
「きっとそうなんだろうね。生きていなかったし、生きてないから元の世界で死ぬこともなかった。この世界に転生もしないし、ミサキとここまでやってこなかった」
「じゃあ、私は?」
「だからこの場から消えた。きっと……」
ミサキは俺に手のひらを見せてから、耳を塞ぐような仕草をする。
「待って、そこは聴きたくない」
「まあ、そういうことだ。だが『Codeごと消去する』という超チート行為が、この世界の秩序を守る『コード管理プログラム』に見つかった。そして『コード管理プログラム』から反撃を喰らった」
「さっき朧げに見えていたツインテールの女性ね?」
「あれはソウタで、俺の師匠なんだ。多分、消去の歪みを治すために『コード管理プログラム』が送り込んだ化身なんだと思う」
「化身ねぇ?」
「まあ、化身が行った処置によりハルバルドの特権は解除され、奴は死んだ」
「あいつ、警察の長官よ」
「ハルバルド自身も転生者だ。さっき死にゆくハルバルドのコードを読んだ時に分かったんだが、セイトをこの世界に転生させたのもハルバルドだ」
「じゃあ、ハルバルドは女王が転生させた?」
「まさか」
「……」
そこまでは俺にも分からなかった。
二人とも黙っていると、下からオークの声が聞こえてきた。
城の下部から、俺たちを追いかけてきた連中だ。
「まずいな」
上の階に逃げようとした時、目の前に大きな影が立ちはだかった。
「ゴブリンの王」
流石に意思を書き換えたとはいえ、所詮はオーク。殺される……
体が固まったように硬直した。
「君たちが助けてくれたんだね?」
ゴブリンの王は、訛っていたが、人の言葉を話した。
恐怖で顔の表情も作れず、言葉を返せなかったが、必死で頷いた。
「ありがとう。半分夢のような状態だったが、さっきの出来事は私も全て理解した。我々オークも本当は戦争をするつもりはなかった。何者かの術で、私は騙されていたのだ」
「戦争をやめる証拠に、君たちは生きて人の国に戻らねばならない。ここから逃げる方法がある。この爆発式クッションを持って、そこのダストシューターから降りなさい。城の外につながる地下水道まで降りられる。クッションは、最後の着地時に踏みつけるようにして使えば、クッションがガスを発して膨らみ、ダメージを吸収してくれる。気をつけて」
なんて都合がいいんだ。俺はそう思ったが、恐怖からの緊張でまだ言葉を返せなかった。
クッションは、デタラメに折り畳んだように見える布の塊だった。
俺はCodeを読み、クッションについては嘘ではないことを理解した。
衝撃を受けるとガスが発生して膨らみ、ガスは布から抜けるからちょうど良い衝撃吸収の役割をするという者だった。
俺がクッションを受け取ると、ゴブリンの王は笑ったような表情を浮かべた。
ただ、オークが笑うのをあまり見たことがなかったから、笑っているのかは確かではなかった。
「ほら、早くしたまえ」
壁に開いている小さな扉を開くと、真っ黒でそこの見えない穴があった。
本当に、このまま信じていいのか……
下から聞こえてくるオークの声は段々多くなって、近づいてきた。
悩んでいる暇はなかった。
俺は受け取ったクッションを足で挟み、足から飛び込んだ。直後にミサキも飛び込んだ。




