「差分バックアップの中で」
俺は手の甲に現れた『承認』ボタンを押していた。
『なんだっけ、これ……』
声に出したはずだが、空気が震えない。耳には届かない。
救急車が止まっていて、俺の体を運んでいく。
駅前に人だかりが出来て、混雑しているせいで皆が文句を言っている。
夜空の星が、大きな飛翔物体で黒く象られた。
『えっ? ドラゴン?』
いや、ここは俺が死んだ時の世界。ドラゴンはいない。それともあの時空を見ればそこにドラゴンがいたのだろうか。体が運ばれて行くのを見ながら、立ち尽くしていると、声をかけられた。
『仕事してよ』
やはり耳が感じる音声ではなかった。俺は振り返る。
『あの、さっきからやってます』
『ああ、そう? やってるんだったらやってるアピールしてよ。全く、君、存在感ないなぁ』
『ほら、修学旅行で行ったあの場所だよ』
『俺、修学旅行行ってないんだ。体調を崩して』
『そうだったっけ? 居たと思ってた』
逆だろ。いるか居ないか、欠席しようがしまいが関係ないから、気にも止めていなかったんだ。
いつもそうだ。学校でも、バイト先でも。
目立ちたいわけではない。いることぐらい認めて欲しかった。自分自身、誰の薬にも、誰の毒にもならないのが許せなかった。誰かと関わりたかった。世界に対して興味を持たない自分が悪かったのかもしれない。
『ケイゴ。ドラゴンの食事を用意してくれ』
そうだ。
この世界では、俺は無視されない。オークは殺しにくるし、警官は俺を見れば捕まえる。サムは俺を弟子にして、ドラゴンの世話をする仕事を与えてくれた。女王は、俺に戦争終結の為の重大な使命を授けてくれた。
この世界に生きたい。俺は転生して初めて充実した人生を送り始めたのだから……
『サム、そこにいるの?』
サムの顔を見ようと振り返ると、そこにセイトが立っている。
『お前みたいなコンビニ店員は、この手で処理してやるよ』
どうして俺の邪魔をする。
なぜ色んなものが、一度に現れて消えていくんだ。
走馬灯? 死ぬ前に見るというヤツなんだろうか。
トロルが…… 左足でセイトと踏み潰し、今度は俺を右足で踏み潰そうとした。
逃げないと、意思だけが空回りする。体は一つとして反応しない。
トロルの足が俺の体を踏み潰す。
骨の砕ける音と大地に体液が広がっていく。
音はやっぱり耳で聞いているものではなかった。直接頭に入ってくる情報でしかない。潰れたはずの俺は、霊体のようにどこか高いところから、そんな世界の情景を見ていた。
ここはどこで、何を見ている。
死ぬまでの僅かな時間を過ごしているのか、それとも死後の世界はこんな内容を繰り返し見せられるのだろうか。
『ケイゴ、そこから先は自動車がくる道よ、止まりなさい』
『キャッチボールしようか、ケイゴ』
母さん、父さん。
俺は今、どこにいる?
教えてくれ。
誰でもいい……
ドラゴンが頭を下げ、ブレスを吐いた。
人を避けてくれるはずのドラゴンが、何故か俺に向かって高温のブレスを吹きつけた。
衣服は燃え、皮膚は溶け、髪は燃飛んだ。
灰になる自分の肉体を見ていると、ドラゴンが『喋った』。
『重大なインシデントを検出し、コード管理プログラムが起動した』
なんの事なのか、俺には何も理解出来なかった。




