「心の修復 (リプログラミング)」
辺りが明るくなると、俺たちはオークの城のゴミ溜め場で行動を開始した。
ゴミ溜めには、ゴミを流す路が入っていた。ゴミが流れるように時折水が流れてくる。
ゴミ溜め場には水だけを流し去り、ゴミを止める構造になっていた。
俺たちは何本かあるその路に入り、先に何があるのかを探った。
いつくか調べると、一つが燃料庫に繋がっていることがわかった。
昨日の精錬所を燃やしたのと同じ要領で、ミサキの道具を使ってここに火をつければ陽動が出来る。
俺はそう思って、ミサキに提案する。
「どうだろう、ここを燃やせば」
ミサキは腕を組んで首を捻る。
「この城は、ゴミを水で流そうとしているぐらいで、かなり水量が豊富だわ。それに対して、燃やす木炭の量が少なすぎると思う」
「じゃあ、ゴミ溜めに戻ってゴミを燃やそう」
「ゴミ溜めには、水が流れてくる。あそこは、そんなに乾燥していないわ」
「別の作戦を考えるか」
『おい、ゴミ溜めからオークがくるぞ』
路の先で見張っていたキズンが俺にそう伝えてくる。
「なんだって?」
俺は思わずそう言った。これではミサキに伝わらない。
『おそらく、昨晩、お前がCodeを書き換えて寝かしたオークが見つかったんだな。今戻るから待っててくれ』
「どうしたの?」
「キズンが、ゴミ溜め側からオークが来るって。今、ネズミに乗ってこっちに戻ってくる」
「あんな大きいオークがこの狭い路に入ってこれるのかしら」
「ゴミが詰まったりしたら点検するんだろうから、何か方法があるんだろう。もう燃料庫から侵入者するしかないな」
ネズミに乗ったキズンがやってきて、俺の手の中に収まる。俺はそのまま胸のポケットに入れた。
「ここで全部を燃やすのではなくて、手分けして、木炭を持って運び、あちこちで火をつけましょう」
「よし、それで行こう」
燃料庫に抜け出ると、まずこの入り口からオークが来ないようにゴミ捨て用の路の口に木炭を積んで火をつける。
そして、持てる分だけ木炭を持ち、残りには火をつける。
Codeの探査をかけて、扉の先にオークがいないことを確認すると通路に出た。
キズンとネズミのコンビが廊下の曲がり角や、開いている部屋の中を確認し、俺達は慎重に城の中を進んだ。
ゴミ溜めから、ゴミ流し路を上がってきたオーク達が、燃料庫が燃えていることに気づくのも時間の問題だ。
俺達はゴブリンの王がいると思われる上階を目指す。
俺達は螺旋階段を駆け上がり、フロアを一つ上ると、キズンとネズミがフロアを探し回る。
『ここにはいない』
次の階。
『違う』
次。
『ここでもない』
螺旋階段を登っては一つ、登っては一つと調べていては、日が暮れる。いや、それより先にオーク達に気づかれてしまうだろう。
「あそこが最上階? 遠いわね」
ミサキが言う。
俺は昨日キズンが送ってきた上空からこのアンプ城を見た風景を思い出していた。
六角形の構造の上に、さらに上にダウンチューブの街を形作っていた蟻塚のような建物があるはずだ。
「……そうか、ここはどこまで上がっても六角形の構造体の中なんだ。初めからここは無視して、一番上を目指すべきだったんだ」
「何? なんかわかったの」
「ここは六角形の構造部分だ。城に住む下々のいる部分なんだ。王はここの一番上のさらに上に立つ、幾つかの塚状の建造物の中にいるに違いない」
そうと分かれば、急いで上がらないと。
キズン、早く戻ってきてくれ。このフロアを探しても意味はないんだ。
俺は焦った。時間が経てば経つだけ、リスクが増していく。
燃料庫の炎の匂いが上がってきて、あたりに広がっている。それを感じて、ミサキはマスケットの火縄を用意した。
「これだけ焦げた匂いが充満してれば、マスケットを準備しても大丈夫でしょ」
「ああ。それより、早く上に上がらないと」
「慌てないことね。私たち、キズンが戻るのを待つしかないんだから」
偵察が出来ない俺たちだけでは、見知らぬアンプ城内を無事に逃げ切れることは不可能だ。
小さくて気付かれにくいキズンが必要なのだ。
「来た」
「急いで、ここじゃなくて、さらに上よ」
『そうか、この下の構造部分にはいないと言うことか』
「もっと早く気づくべきだったよ」
『思ったより燃料庫の火災でオーク達は慌てているみたいだけど』
キズンを乗せたネズミごと手にとって胸のポケットに入れる。
そして螺旋階段を駆け上がる。
六角形の構造の上に出た俺たちは蟻塚状の建物を見た。
「四角形の隅に一つずつ、そして中央に一つ。王がいるなら、真ん中だよな?」
「誰に聞いてるの?」
「ミサキとキズン。他に誰がいる?」
ミサキはマスケットを階段の出口の方に向けたまま言う。
「確かに、私たちの感覚なら真ん中ね」
「キズンは?」
答えが返ってこない。
この場所でじっとしているのは危険だ。
蟻塚状の黄土色の山の中にも、オーク達がいる。オーク達の武装の度合いはわからないが、もし素手で戦ったとしてもオークと人が戦えば、人の方の分が悪い。
『真ん中の建物が一番高い。真ん中にしよう』
「よし、真ん中だな」
俺たちは身を屈めて、なるべく気付かれないように真ん中の塚に近寄る。
扉に背をつけて、Codeを探査する。
扉、扉の内側。階段、小部屋。オークはいない。階段は壁沿いに螺旋を描くように上がっていく。
「よし、開けるぞ」
静かに開けて中に入る。階段を上がり、上のフロアに近づくと、キズンとネズミを放つ。
『いない…… いや、いた。オークだ。天蓋付きのベッドに寝ている』
俺はCode探査する。天蓋付きのベッド。質のいい布。硬い蔓を何度も巻いてスプリングの代わりにしたマットが敷かれていて、上掛けは空気を沢山含むことができる羽毛が入っている。
確かに高級だ。王が寝ていても不思議はない。
探査はそして、そのベッドの中で熟睡しているオークに辿り着く。
オークのCode。シンプルで、疑いのない真っ直ぐな内容だった。だが、汚れている。つい最近も何者かに書き換えられた形跡がある。
「そりゃそうか……」
俺は独り言を言ってしまう。戦争を仕向け、戦争を維持しなければならない。よく考えれば、このオークの心を書き戻しても、いつかは本人のものに戻ってしまう。そばにいて、心変わりしないように常に書き換えているやつを捕まえてそいつを倒さねば、戦争の終結はない。
背後から小さい声でミサキが言う。
「何、早くしてよ」
「けど、なんでこんな簡単なことに女王も気づかなかったんだ」
ここに来て『ゴブリンの王』の心を書き換えろ、とは言ったが「書き換えている男を探し出せ』とは言わなかった。あんな冷静で聡明な女王が、そんな考えの浅い依頼をするだろうか。
とにかくこのオークのCodeを書き換えよう。俺は思った。書き換えて、それから考えよう。
心の奥底のCodeを書き換え、人と共存する道を選ぶように組み直しする。元のCodeの性質というか、書き換えの癖を今までの経験に照らし合わせてみる。
「誰なんだ。こんなCodeの書き換え方をするのは」
単純に性格を変えるだけではなく、狂人としか言いようがない人格に書き換えている。
ここまで根本的なCode改変をしているのは初めてみた。
「長い。早くして」
階段のしたにマスケットを向けているミサキが、背中で押してくる。
「かなり根本的なところまで書き換えられているから、時間がかかる」
「……この場で寝ないでよ?」
確かにこれだけの量を書き換えていると、以前の俺とは違うとは言え、この場で寝てしまうことも考えらえる。だが、修正して『お終い』では、戦争は終わらない。戦争の『集結宣言』を国民に行うように記憶を植え付けなければ、戦争をすぐ止めることは出来ない。俺はそこまで書き換えると、探査を止めた。
「ふぅ……」
「終わったの?」
「終わった」
「ご苦労だったな」
「誰?」
キズンがネズミと共に俺の手に飛び戻ってくる。俺はそれを胸ポケットに戻す。
ゴブリンの王、つまりオークの王が寝ているフロアに、片目に眼帯をつけた男が現れた。
「ハルバルド、なぜお前が……」
「俺はオークの側についているんだよ。このまま戦争に勝ち、オークがこの星を支配したその時、俺はこの星の王になる」
「そんなことさせるか」
言い終えた時、生あくびが出た。
俺は、完全に疲労してしまった。今、超加速のCode書き換えをしても長く持たない。ゴブリンの王のCodeが複雑に書き換えられていたのは、ハルバルドの罠だったのだ。
「その格好、人間の警察官じゃない? けど転生者なのね」
「そこのメイドは俺を初めてみるのかな? 俺は似顔絵で君を見たことがある」
「?」
「ここに君が来ているということは、セイトの奴は失敗したんだろうな」
「セイト、何故、あんたがそんなこと……」
ミサキの顔が紅潮する。
セイトを転生したのは女王じゃない。とすればセイトを転生させたのは、こいつ?
「全く、お前達は察しがいいのか悪いのか。セイトをこっちに呼んだのは俺だ」
片目のハルバルドは笑う。
「私にマスケットは聞かないぞ。マスケットを撃った瞬間、俺は超加速に入るからな」
ミサキは俺をみる。
ミサキに俺は頷いた。
「さあて、どうやって倒してやるか」
ハルバルドは部屋の壁に掛けてある、円月刀を手に取った。
「説明してやろう。円月刀ってのは、普通オークが扱うもので、人が使うには重すぎるんだが、この部屋のモノは特別でな」
あっという間に間を詰めてきて、振り下ろす。
避けれた、と思ったが腕に痛みがあった。
見ると、腕から血が出ている。こんな傷口になるというのは、刃の研ぎ方がハンパない証拠だ。
「流石に王の部屋に置いてあるやつはそういう粗野な作りではなくてな。名匠と言われる腕利きのオークによるものだ。軽くて、刃こぼれも少ない。飾っておくには勿体ないものなんだ」
言いながら、刀を曲芸のように腕や腰、の周りで回してみせる。
刀を加速して、停止する動きから、刀のスピードと停止時の揺れ方を見れば、刀の硬度と軽さの度合いがわかる。軽くて、硬い。確かにそこらの円月刀ではない。
「細切れにしてやる」
「……」
「マスケットを撃てば、お前から切り刻まれることになるぞ」
どうする。俺は必死に考えた。考えても、考えても、同じ結果に行き着く。俺は超加速の世界に入るしかない。
だが、いつ? ハルバルドが入ったということに気づいてからでは遅い。それではこちらが全滅してしまう。
「マスケット……」
俺がマスケットを持って超加速に入れば…… いや、爆発してから弾丸が飛び出すまでの時間は同じだ。弾丸のスピードは加速されているが、ハルバルドと俺が入る超加速の中では意味を持たない。
超加速に入ってしまうとこの通常スピードの世界の出来事が把握しづらくなる。
いつまで経っても変化が見えないからだ。かといって、その時間に別のところを見ていると、視線を戻した時、以前との差がわからないのだ。変化するものが見えるのだ。
ハルバルドが超加速に入ってから、マスケットを撃てば、変化が少なすぎて気付かれないはず。ハルバルドが知らずに超加速を終えて戻ってくると、そこで撃たれている。そうするためには……
転送者同士の戦いだから、全ての言葉は通じてしまう。ミサキにだけ伝えて、ハルバルドに勘付かれない方法があれば良いのだが。ミサキのCodeを書き換えたら、俺の超加速にCode変更が出来ない。
「撃て!」
そう言った瞬間、俺は超加速に入った。だから、ミサキの反応を見ていない。ハルバルドもまもなく入ってくるからミサキの反応は分からないはずだ。
ハルバルドの口が歪む。おそらく何か言っているのだが、奴が空気を震わせた振動が伝わる前に俺も移動しているから聞こえない。
俺はハルバルドに達する前に超加速の力が始めた。
幸い、両足ともフロアから浮いている。空気抵抗で減速するだろうが、この状態のままハルバルドまで到達すれば……
『超加速に入る前に、俺を止めに来たというわけか』
ハルバルドの思念が、俺の頭に入ってきた。
『確かに先に入られた超加速に追いつくのは非常に困難だ。だが、俺には奥の手がある』
もしかして、ハルバルドは超加速に入らないのか? だとすると完全に読み間違えている。ハルバルドが超加速に入らないと、ミサキのマスケットを撃つ動作に気付かれてしまう。
『特権昇格』
そんな風に、ハルバルドは逐一俺に教えてくる。
ハルバルドもマイクロ秒、いやそれ以下で処理をしているのだ。一々俺に伝えるか、伝えないかをコントロール出来ないのかもしれない。
『何をしたのか分かるか?』
何かCodeを書き換えた。だが、俺のCodeではない。『特権昇格』という意味からすれば、世界のCodeの中で、自らの権限を引き上げたという事だろう。
それはつまり…… この世の神となったと同じこと。
馬鹿な! この世界にはCodeの管理者がいるはずだ。どうやって特権昇格している? 世界のCodeの脆弱性をついたのか?
『この世界から消えろ。何事もなかったようにな。これでお前は、未来も過去も存在しなくなる』
存在しなくなる、ということか。生まれても来なかったし、転生もしなかった。さっきまで来た道のりもなかったことになる。ということは、ミサキはセイトに殺され、今、ここに存在しなくなる。
さっき書き換えたゴブリンの王の思考も、サムと一緒にドラゴンの世話をしたことも、何もかも無かった事として消え去ってしまう。
ハルバルドに、手を伸ばせば届きそうなところまで近づいていた。
だが、手が触れる寸前、俺の指先から順番にブロックノイズのように空間に溶け、消えていく。
手首、肘、二の腕、腕と同時に鼻先が消え、頬や目も消えていく。
目が消えると視覚が奪われた。頭蓋の一部も消え始め、もはやまともに思考ができなくなっていた。
超加速していた思考も元のスピードに戻っていて、ただ暗闇に消え去っていく。
もう、何も…… 残らない……




