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水晶の世界 〜世界のコードを書き換えて敵を倒すのも楽じゃない〜  作者: ゆずさくら


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「追跡者」




 超加速を使ってオークを倒した日以降、ダウンチューブを目指す旅は順調だった。

 前線にオークが集結しているためか、森の中を進む俺たちはオークと出会うことがなかったのだ。

 特殊なCode書き換えをしなかった日の夜は、ソウタに学んだことを実践していた。

 毎日、少しずつでもCodeに触れることが上達の早道で、訓練を積めば変更量も体が受ける反動も少なくなる。

 暗い森の中に、夜空からの星の光が差し込んでいた。

 俺はその明かりの下、一つだけ花をつけている低木を見つめていた。

『何をするつもりだ?』

「まだ練習中なんだが…… 見ててくれ」

 俺はその低木のCodeを書き換え始めた。

『キモイ……』

 俺は何を言われても平気だった。

 低木は、辺りの他の草木と異なり、踊っているかのように揺れている。気持ちが悪い、という表現が出るのも仕方ない。

「おいで」

 呼ぶと、低木は枝を手のように動かし、体を曲げ、その手を地面につけた。そして、突き刺さっている根を抜くために、地面を押すと共に腰を上にあげる。

 低木の硬く、長く伸びた根が全て抜け、星の光に晒されると、低木は俺に向かって歩いてきた。

『激しくキモイ』

 俺は近づいてきた低木に触れ、花びらを撫でた。

 何度も何度も指でなぞるように花に触れると、低木がそれに反応した。

 低木が、突然、痙攣するように震えると、恥ずかしい、と言わんばかりに後ろを向いた。

『お前、変態なのか? いや、変態決定だ』

 低木は元いた場所に戻ると、根を戻し、最初の佇まいに戻ると、動きを止めた。

「今はこの大きさしか出来ないけど」

 キズンは何か考えたようだった。

『まさか、この大木とかでこれをするつもりか?』

「ああ。この大木でなくても、ちょっとした大きさの木なら、根の分があるから、オークより、もしかするとトロルより大きい。それが味方して、戦ってくれれば、勝てるかもしれない。戦わなくとも、俺たちを高いところに逃がしてくれることもできるし、逃げる時間を作ってくれるだろう」

『確かに、こういうこと、ソウタなら出来たろう。けど、お前も少し見直した』

「ありがとう」

 キズンが、初めて俺を認めるようなことを言ってくれた。

 俺は感動していた。

「キズン。一つ提案があるんだが」

『ちょっと認めたぐらいで調子に乗るなよ』

 やっぱり、本心はこんな感じか。

「オークと出会う頻度が減ってる気がするんだよ。だから夜も少し移動しないか」

『……』

「当初の計画よりはまだ遅れている。夜も少し移動して挽回したいんだ」

 キズンは腕を組んで、首をかしげた。

『本当にオークと出会わないだろうか』

「それはわからない、けど日中、オークを見かけることすら減ってる。きっと戦争の前線や、その補給に集中しているんだよ」

 キズンは、俺に背を向けたが、こう言った。

『明日、実験的にやってみてもいい』

「ありがとう」


 陽が上り、明るくなると俺たちは森の中を進み始める。

 食べられそうな木の実や、食えそうな小動物を捕まえることも同時にしていた。木の実以外は、日もちもしないので、食べれる分の命しか取らない。

 木の実を見つけた時は、どうしてもそれを優先的に集めてから移動することになる。

 食事ができない状態になったら進めなくなってしまうからだ。

 それにこれからは夜も進む。

 夜は木の実や小動物を捕まえるのが難しい。明るいうちにそれを処理し、夜は純粋に先に進むために残しておくようにしたかった。

 俺たちはその日の食料を確保し、森を進んだ。

 森は、ワット山脈の山々に入り始めていて、アップダウンがキツくなってきた。

 俺の肩の上で、キズンが目を覚ますと、何やら後ろが気にかかるようだった。

「何か来てるとか?」

『来てるな。こっちの認知範囲のギリギリ外で、こっちを追跡してるんだ』

「認知力の外なら、分からないじゃないか」

『そういう言葉遊びをしてるんじゃない。向こうは、こっちの隙を伺ってるんだ』

「……」

 俺は立ち止まって後ろを振り返った。

『馬鹿、ヤメロ。気付かれたと思えば、向こうは一気に間合いを詰めてくるぞ』

「そうか」

 俺はさりげなく周囲を見つめ、意識を広げた。

 草木のCodeにアクセスして、簡単な書き換えをした。

『早く先に進もう。こっちの認知のギリギリということは、オーク側もギリギリのところだってことだ。つまりうまくいけば撒くこともできるということだ』

「ああ。わかった」

 俺は少し急足で歩き始めた。

 キズンは警戒して、後ろを見ている。

 だが、いつまで経ってもオークと俺たちの間合いが詰まることはなかった。

「どうした?」

『なんか変だ。後ろからオークじゃない奴もついてきている気がする』

「えっ」

 キズンの言葉は想定外だった。

 オークがついてこないのは計算通りだ。俺の仕掛けたCodeがうまく動いたことを示している。

 木の幹に隠れ、後ろを振り返る。

 意識も真っ直ぐ伸ばして、何がいるのかを探った。

 オークではない。俺にも、キズンが言った情報以上のことはわからなかった。

 こうして待っていても事態は好転しない。

 キズンは眠りに入り、俺は少しペースを上げ、追跡者を引き離すことにした。

 次第に山道がキツくなってきたが、ペースを守っていた。

 時折振り返るが、後ろをついてくる者がいなくなっている。

 安堵して、ため息をつき、再び山道を進み始めた。

 陽が落ちても、寝る場所を探すのではなく、歩き続けた。

『そろそろいいんじゃないか?』

 キズンが言うと、俺も同意した。

「そうだな。そろそろ寝る場所を探そう」

 俺はレーダーのように意識を、一直線に伸ばし、それをグルリと一周した。

 先に小さい横穴があるようだった。そこに身を潜めてねればいい。

 俺たちはその穴を目指して進んだ。

 穴につき、俺たちは日中に確保した木の実や、汲んでいた水を飲んで休憩を取っていた。

『火がいるな』

「確かにそうだな。風のせいかもしれないが、歩いているのに体が冷えてきた。けど、火を焚いたら、オークに見つかるんじゃないのか?」

『こういう穴にいる時なら問題ないだろう。後は、夜中に森を進むとなれば明かりがいる』

「わかった」

 キズンが先に寝て、最初は俺が警戒をした。

 俺も寝ないように、十分気をつけている……

 ……つもりだった。

 前日より長く移動を続けたことと、思ったより暗くなってからの移動は精神的に疲労度が高かったのかもしれない。

 俺は意識が飛んでいた。

「!」

 気づいたときには、横穴の入り口にオークが立っていた。

 キズンを起こしている場合じゃない。

 このままなんとかするしかない。

 一対一なら、超加速を使わずとも……

 俺は意識を伸ばし、Codeを書き換えようとした。

 俺たちに敵対する意識を、仲間として扱うように書き換え、追い返してしまえばいい。

 読み出せない。

 俺は焦って、何度も同じことを繰り返した。

「しまった!」

 オークの腕輪が目に入った。Codeを読み出せないように呪文が刻まれた腕輪。

 さらに危険を認識が遅れていた。オークの腕輪が確認できる距離なのだ。

 考えるまもなく、超加速に入るべきだった。

「……」

 俺はオークに首を掴まれていた。

 この状態で超加速の世界に入るのは、自殺と同じだ。

 自分のパワーを上げるようにCodeを書き換え、絞めている手を引っ張るが、これ以上締まらないようにするのが限界だった。

 ダメだ…… どこを書き換えれば強化できるのか、どうやってこの危機を回避すればいいのか頭が回らない。

 死ぬ……

 転生してから何度死ぬと思ったか。

 腕が疲れてきて、これでお終いだ、と思ったその時、記憶のある匂いに気づいた。

 なんだろう、この世界に来て嗅いだことのある匂い。

 バン!

 乾いた音がした。

 音と同時に、俺はギュッと目を閉じていた。

 液体が顔にかかるのを感じた。

「目を開けないで。オークの血は猛毒よ」

 女の声だった。

 匂いと音、そして声が、頭の中で繋がった。

 俺は目を閉じたまま、顔を布で拭かれていた。

「もう目を開けてもいいわよ」

 目の前に、女がいた。

 そして、その向こうにオークが倒れていた。

 女は真っ黒な服を着ていた。元の世界でいうメイド服から、白いエプロンだけ外したような格好だった。

 俺がリムの街であった女だ。街で会った時は背後から(マスケット)を突きつけられ、顔は見ていない。

「君は、街で会った……」

 俺が言いかけた言葉を制するように言った。

「ミサキ。あなたがケイゴね。私も女王から仲間になれと言われたわ」

「ミサキっていうんだ。よろしく」

 俺が手を伸ばすと、ミサキは踵を返して、穴の外へ歩きながら言う。

「早くここを出た方がいい。オークの血が揮発したものの毒だというから」

「ああ」

 俺はキズン拾い上げ、荷物をまとめて、ミサキの後を追った。

 別の穴を見つけるまで歩き、俺達は中に入った。

 キズンが起きると、俺はミサキを紹介して眠りに入った。


 陽が上り明るくなると、俺達は穴から出た。

 陽が上ってはいるが、今日は雨が降っていて、薄暗かった。

 ミサキは黙ってついてくるだけで、何も話さなかった。

 キズンがもしミサキに話しかけているとしても、心に直接話しかけているので分からない。

 ただ、ミサキが返事をする場合は、音声になるはずなので、やっぱりキズンとも話をしていないと思われた。

 低く漂う雨雲のように、俺の心も曇っていた。

 早いうちに木の実や今日の食料をかき集めていると、キズンが言った。

『分かったかと思うけど、これから先は、木の実も取りづらい。ある程度多めに取って備蓄しておかないといけない』

「そうだな」

「……」

 俺たち二人の会話に、ミサキは何も突っ込みを入れてこない。

『何話してるの?』とか、『今の何?』という会話が発生することを、俺は期待していた。

 ミサキが何も言わないので、俺は耐えきれず言った。

「これから先は木の実とかが見つかりにくくなるらしい」

「その通りね」

「だから、余計に取っておこうって話してた」

「……」

 聞こえたのか、同意してくれているのか、ミサキは返事をしないだけでなく、仕草もないし、表情も変えないから、全く分からない。

 手分けしながら木の実を集め、一通り集めては前に進んだ。

 三日は持たないだろうが、明日木の実がなくてもなんとかなる程度には集まった。

「よし、これくらいでいいだろう」

 キズンもミサキも反応がなかった。

 だが、同意は得れたと考え歩き出すと、二人とも何も反対しなかった。

 進んでいくと草はへり、木々の葉も細く鋭いものになってきた。

 北の地域入ったか、高地になってきたことを示していた。

 連続して歩き続け、疲れてくると俺は言った。

「休憩する?」

 ミサキは返事をしないが、俺に合わせたように歩みを止めた。

 俺は、思わずミサキに向かってCode探査してしまった。

 目の前の風景に重なるように『危険:許可なく立ち入り禁止』と書かれたものが下から上に流れていく。

「?」

 人のCodeを読んで、こんな表示を見たのは初めてだった。

 読みだせるが、俺はあえてCodeを読むのを辞めた。

 ふと、ミサキと目があった。

「……」

「すまない」

 ミサキに睨まれたわけでも、叱られたわけでもないが、謝ってしまった。

「別に読めなくしている訳じゃないから、読んでもいいけど」

「いや、俺も逆の立場だったら、読まれたくはない」

「……」

 また黙ってしまった。

 休憩を終えて、無言のまま俺達は北へ進み始めた。

 雨は止んで、雲の隙間から青空も見え始めた。

 頭の中に描かれた地図でいくと、この二日ぐらいの山のルートが終われば、比較的傾斜が穏やかになる。

 オーク達の軍は、おそらく山を避けて迂回している。ここは大人数で通るには山道で、不自由だからだ。数人並んで道が詰まってしまえば、補給部隊を先に通すこともできない。

 だから今、オークと出会う確率は下がっている。逆に、山を下った後はオークを避ける道や方法を考えねばならないということだ。

 かなり高度が上ったせいか、寒くなってきた。

 肩の上でキズンがブルっと震えた。

「キズン、どうした?」

『寒くなってきたな…… それと、何かいる』

「オークか?」

 キズンは後ろをじっと見ている。

『分からん。オークじゃないのかも』

「ちょっと待ってくれ、この前後ろを追ってきていたオークじゃないモノって、ミサキのことじゃなかったのか?」

 ミサキはその言葉に反応した。

「!」

 そして、ミサキも肩越しに後ろをチラチラ見始めた。

『分からん。オークかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ギリギリ認知力の外をついてきている』

「またそれか」

「どういうこと?」

 ミサキが聞き返してきた。

「キズンがわかるギリギリの外を追いかけてくるから、オークなのか他の種族なのか分からないんだ」

 ミサキはマスケットの火種に着火した。

「私が見てくる。あなた達は先に行って」

「だめだ。それはフラグが立つタイプのセリフだ」

「全員で後ろに下がったら、つけてきている奴も後ろに下がるだけよ。誰かが囮になる必要があるわ」

「それならキズンにやらせよう」

 キズンが肩の上でジェスチャーしながら俺に伝えてくる。

『おい、何を言ってる』

 俺は、空を指さした。

「ほら、あそこに鷹がいる。キズンならあれに乗れる」

 キズンは懸命にジェスチャーしながら気持ちを伝えてくる。

『鷹に乗ったことはないから、そんな勝手な決めつけはやめてくれ』

 俺は空の方に意識を伸ばし、鷹のCodeに触れた。

 そして、キズンの偵察を手伝ってくれるように、最低限のCodeを書き換えた。

 俺は腕に布を巻きつけると、合図をするように振り上げた。

 俺の合図に気づいて、鷹がスッと降りてくる。

『おい、マジかよ。いやだ。鷹とか乗ったことないんだ。メチャメチャ寒そうだし』

「いいからやれよ」

 俺の腕に鷹が止まった。

 鷹は躾けられたかのように大人しい。当然だ。そういう風にCodeを書き換えたのだから。

 いやいやながらも、鷹に乗る準備を始めたキズンが言う。

『けど、気付かれたらどうするんだ』

「オークに空にいる鷹を仕留める手段はないだろう?」

「そうね」

 ミサキも同意した。多分、間違い無いだろう。オークに飛び道具はない。あっても鷹を正確に捉えるほどのものではないということだ。

 キズンが鷹に乗ると、鷹は飛び立った。

 もしこれを見て、姿を隠すならそれはそれでいい。牽制になったということだ。

 俺は歩きながら考えていた。

「穴で寝ていた時に襲ってきたオーク以外にも、俺たちを追いかけさせていたということか」

「……」

 ミサキは答えない。

 坂がキツいので、歩くペースを調整していると、ミサキが前を歩いたり、俺が前を歩いたりする。

 ミサキは、後ろで髪を結っている。かなり複雑に結っているのに、髪は腰の下に達している。

 髪を解いたら相当長いだろう。

 しばらく歩いていると、キズンを乗せた鷹が戻ってきた。

 俺達は、少し休憩を取ることにした。

 地面に腰を下ろして顔を向き合う。

「キズン、どうだった?」

『いた。人間だ。あまり近づけなかったが、俺にはわかる。あいつは、お前達と同じ、転生者だろう』

「転生者?」

「……」

 ミサキの顔色が変わった気がした。俺の視線に気づくと、ミサキは睨み返してきた。

 俺は何気なく周囲を見る。鷹は足元に獲物を捕まえて、それを食べていた。

「あいつって言ったけど、男、女? 人相は?」

 ソウタのような者だった場合、その質問は無意味だ。馬鹿なことを聞いた、と俺は思った。

『多分男だな、髪の毛がゴワゴワで』

「男で髪の毛ゴワゴワ?」

 何か知っている人間のように思えた。転生してからの人生はまだ一年もない。もしそれが知っている人間だとすれば、あいつしかない。

「こんな感じか?」

 石を拾って、土を削って絵を描いてみせる。

『絵が下手すぎてよく分からないが、似たような感じだ』

「絵が下手って…… けど、こんな感じだな?」

 ミサキの表情が険しくなる。

「この世界で、この姿の男というと、セイトしか知らないな」

「!」

 明らかにミサキが動揺した。だが、口を開かない。

「俺は、こいつに多足虫を殺された。なんか狂気を感じる」

 ミサキを見ずに、俺は言った。

「ミサキ。さっきから何か思うところがありそうだが、話してくれないか?」

「……」

 ミサキは立ち上がると、山を戻る方に歩き始める。

「待てよ、そっちにいくな」

 俺は追いかけて、手を取って引き止めた。

「話したくない部分は話さないでいい。話せるところを話してくれ。それと、俺たちには女王の使命がある。勝手にいなくならないでくれ。頼む」

「……」

 ミサキは振り払って、強引に戻ろうとする訳でもなく、かといって、口を開く訳でもなかった。

 とりあえず休憩を終えて、鷹を解放した。

 山道をずっと進んで、暗くなると、今日寝れる場所を探した。

 ミサキに火を付けてもらって、焚き火をした。

 火を見つめながら、ミサキが言う。

「火を見てるから、先に寝ていいよ」

 まずいな。俺は思った。ミサキが勝手に行動するとすれば、ここだ。

 寝たフリをするか、それとも……

「いや。火は交代でやろう。しばらくしたら起こしてくれ」

「……」

「ミサキ。悪いが、君の考えを読ませてもらう」

「そのつもりなら、こっちにも考えがあるわ」

 俺はCodeを読み始めた。

 以前と同じように『危険:立ち入り禁止』と書かれたCodeが続く。俺はそのCodeを無視して、一気に奥まで潜ってしまう。

 同時に、ミサキからの探査と書き換えを感じる。

 その書き換えに抵抗しながら、俺はミサキの心理の底に達した。


 大手私鉄の駅だった。

 乗降客が多く、到着した列車で駅はごった返していた。

 俺は心が混乱した。

 電車が走り、自動改札にカードを当てれば乗り降りできる。ここは転生後の世界ではない。

 ミサキの世界だ。俺と同じかは分からないが、俺がいた世界と同じ文明の世界。

 駅から帰るところだった。

 心が重い。これはミサキの心情だろう。部屋に帰っても暗く、静かな凍ったような世界があるだけだった。

 食事のついでに、お酒でも飲めるところ……

 駅前の居酒屋が頭に浮かぶと、そのまま足はそこに向かっていた。

 食事を取って、飲んでいると気分が解放されて独り言を言っていた。

 他愛のない日常の話。誰に話している訳でもない。寂しい? そうなのだろうか。ずっと同じ調子だから、感覚が麻痺している。

 突然、誰も座っていない正面の椅子に、男がやってきた。

「ここに座ってもいい?」

 髪はぺったり頭皮に張り付いたようで、目が隠れるほどの前髪。

 よく見ると幼い顔立ち。

 男の第一印象は、田舎から出てきたばかりなのかな、というものだった。

「どうしよっかな」

 そう言った顔は、優しく緩んでいた。

 男が酒に強いのか、ミサキの体調が良くなかったのか、ミサキが先に潰れてしまう。

 いや…… この男に連れて言って欲しい。どこかにそういう気持ちもあった。

 男に連れられて、フラフラと部屋に入る。

 抱きしめられると、どうにもならない感情が湧き上がってくる。

 この男と居たい。

 その晩から、ミサキは男の部屋で暮らし始めた。

 避妊具がないのか、男はある一線を超えてこようとしなかった。

 それが男の誠実さだ、とミサキは感じていた。

 男は働いておらず、ミサキが仕事を終えて帰ってくると、いつも温かい食事を作ってくれていた。

 友人や親に、同棲している。とは言えなかった。

 仕事もない男にハマっているだけ。

 ミサキは言ってしまう。

「仕事を探さないの?」

 喧嘩にはならなかった。男は無言になった。

 次の日、ミサキが帰ってくると、男は先に食事を済ませていた。

 今までなかったことだった。

 出してくれた食事をミサキは一人で食べた。

「なんかこれ、味付け変じゃない?」

「……」

 まだ怒っているのか。

 単純にミサキはそう思い、無理に食事を平げ『おいしかった』と告げた。

「なんか、ねむくなっちゃった」

「……」

 だらしなく仰向けに寝ているミサキを、凍りつくような冷たい目が見下ろしていた。

 (俺はこの目を知っている)

 ミサキの心理の底で、俺はミサキの心と分離した。

 こいつはセイトだ。

 ミサキは縛られた。

 身動きできない状態になり、睡眠薬が切れてきた頃、セイトの刃物で腹を裂かれた。

「すごい血だよ。素敵だ。やっと君とスキなことができる」

 引っ張り出した内臓で、男は自分の性器を撫で回した。

 ミサキの傷口や内臓、思いのまま挿入して、果てた。

 しばらくの闇。

 セイトの目が覚めると、風呂場でミサキの遺体をバラバラに解体した。

 冷蔵庫に入れられたミサキの遺体は、少量ずつゴミの日に捨てられていく。

 こんな事実、知りたくなかったろう。

 心が震えた。


 急に、女王の顔が見える。

 転生し、ミサキは女王に仕える日々。

 安定して、平和な日々だったが、いつの日からか、転生前の記憶を夢に見るようになった。

 ただの夢。想像の産物。

 そう思っていた。

 けれど夢にはおかしな点があった。

 転生した自分が知り得ない、体がバラバラになる様子が夢に出てくる。

 死んだ後、世界に実在し、記憶したことになるからだ。

 ミサキは女王にたずねる。

「私がこんなことを覚えている訳ない。自分の死体がバラバラになって行く様を、自分が見ているなんて」

「……」

「知っているとすれば、女王、あなたが私に伝えているとしか」

「そんなことはしていません…… ただ、ありえるとすれば」

「ありえるとすれば?」

「事実を知っているものがこの世界に転生した」

「じゃあ、女王、やっぱりあなたじゃないですか!」

 ミサキが詰め寄る。

「私だけが転生させられると思っていましたが、事実は『そうではなかった』ということです」

 誰か女王ではないが『力を持った者』が、セイトを転生させた。

『何の目的で?』

 ミサキは女王のメイドを辞めた。

 この世界で復讐をする為に。

 エプロンは外したが、黒い服は着続けた。

 自分の死を忘れないようにする為だった。

 そしてセイトに復讐するまで、髪を切らないと決めた。

 剣術や格闘術を学び、火縄銃(マスケット)の扱いを覚えた。

 リムの街で転生者の殺人事件が起こった。

 セイトと思われる犯人。

 だが、復習は叶わなかった。女王が現れ『ケイゴという者を手伝って欲しい』と頼まれた。

 転生がなければ、そもそもこの復讐もなかった。ミサキは女王に従うしかなかった。


『起きろ!』

 誰かが意識に語りかける。

『起きろ! ミサキがいなくなってる!』

 そうだ。俺はミサキにCodeを書き換えられて…… 寝てしまった。

 早く覚醒しないと。

「!」

 目の前、腹の上でキズンがジャンプしていた。

「起きたよ」

『ミサキがいなくなってる』

「ああ、わかってる」

『ミサキを助けないと』

 俺は火を消し、準備をした。

 空には雲が掛かっていて、天体の光は届かない。

 普段より暗く、深い夜だった。




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