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水晶の世界 〜世界のコードを書き換えて敵を倒すのも楽じゃない〜  作者: ゆずさくら


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「お世話が仕事」




 ドラゴンの世話を始めると、この仕事が意外に性に合っていることに気づいた。

 働き始めてからまだ一週間ほどで、ドラゴンの表情は読み取れないが、懐いてくれているのは理解できた。

 この世界の知識として、ドラゴンは空のクジラと言われ、高度な知性を持つことで有名らしい。

 キチンと相手のことを考えて世話をしていれば、気持ちが伝わるのだ。

 サムの住んでいる家の一室を借りて、寝泊まりした。

 俺以外にも住人がいるようだったが、昼夜が逆転しているらしく、未だにその人物と会うことはなかった。

 ドラゴンの皮膚の手入れだけでなく、餌やりや、石を与えることもやった。

 石は、ドラゴンの体内で生成するガスの原料になる石と、触媒になる石の二種類があり、量を間違えて与えると、あたり一面、一瞬で焼け野原になってしまうらしい。

 働いているうち、俺は当初の目的である女王に会うことを忘れた。

 忘れた、と言うより忘れようとしたのかもしれない。ハルバルドが言った『女王の悪事』と言う言葉を信じた訳じゃない。だが、この世界を知らず、自分なりの善悪を判断出来ない状態で女王に会ってどうするのか、と言う気持ちがあった。

 女王に賛同するなら高い地位がもらえるのかもしれない。逆に逆らったら? その場殺されるかもしれない。

 それに女王に会おうとしてハルバルドに捕まったのなら、女王に会おうとしなければ警察に捕まることもないだろうと言う考えもあった。

 朝から晩までドラゴンの世話をし、家と職場の往復以外、リムの街に出ることもなかった。

 その日も、ドラゴンの餌やりをした後、次の餌の用意に追われていた。

「ケイゴ。ちょっと手を止めて、こっちに来い」

 小屋の奥からサムに呼ばれた。

 俺は適当に切り上げて、小屋に向かった。

 サムはいつになく真剣な顔で俺に言った。

「今日、正式に雇うか決める」

「えっ……」

 正直、もう正式に雇われていると思っていた。

 サムほどのペースでは仕事は出来なかったが、一通りこなせるようになっている。俺は自信を持ってそう主張しようと思った。

「餌の支度を途中にして、何やってるの?」

 急に後ろから、叱られた。女性の声。俺が振り返るより先にサムが俺を押しのけて、謝った。

「申し訳ございません。私が作業の途中で呼びつけたもので」

 長い髪を、複雑に編み上げ、一本の束にして、肩から肩越しに前に垂らしていた。

 背丈は自分より小さいくらいで、この世界の女性としては平均的な印象だ。

 首元と裾や袖先に凝った刺繍がしてある民族衣装を着ている。

 手や、首、顔など、露出している肌を見るかがり、しみもなく張りがあった。着ている服や、アクセサリー類の色合いが、落ち着いているせいか年齢がサムよりもずっと上に思える。

「この者が、いや、この男が新しく雇おうと言っている……」

「その通りでございます」

 サムは膝をついて頭を下げている。サムが引っ張るので、空気を読んで俺も同じように膝をついて頭を下げた。

「名前は?」

「ケイゴです」

 サムが言い直す。

「ケイゴと申します」

「そう。じゃあ、ケイゴ。餌の支度の続きをしてみてもらえるかな」

 サムが立ち上がって、俺を引っ張りあげる。

 作業場に向かいかけると、女性が言った。

「サムはここにいて。もう一通り出来ると聞いているわ」

「しかし……」

「いいから。ほら、ケイゴ、一緒に来なさい」

 状況から、この人が雇い主なのだろう。なんと呼んで良いかわからないまま、俺は女性について行くように作業場に戻った。

「スイカ豆を与えるのね。確かに今の時期は沢山取れるから丁度いいけど」

 女性は振り返ってから言う。

「ケイゴ。ドラゴンにスイカ豆を与える時の注意は?」

 女性は、俺の顔を覗き込むように首を動かすと、さらに言った。

「何か不満があるのね。言ってみなさい」

 どうやら、俺は『何故名乗らないんだ』と言う不満を顔に出していたようだ。

 俺は俯いて、懸命に笑顔を作って顔を上げた。

「いえ、不満などありません」

 女性は手を伸ばしてきて、俺の肩にふれた。

 俺の頭にCodeが流れ込んできた。ドラゴンの世話を始めてから、忘れかけていた感覚だった。と、同時に俺のCodeが読まれているのにも気づいた。この女性は、俺と同じようにCodeを操ることができる人間に違いない。

「そう…… ごめんなさいね。名乗らせておいて、私の名前を言っていなかったわね。私はトモヨ」

「……」

 何か響きが転生前の世界のように思える。Codeを読む力といい、もしかして同じ転生者なのではないか。

「どう、さっきのスイカ豆の話だけど」

「ああ、それならサムから何度も聞きました。スイカ豆はバカオナモミというこんな大きなオナモミの近くに生えるので、オナモミの種子が混じってないか丁寧に見る必要があります」

 バカオナモミは、俺が最初にドラゴンの世話をした時、ドラゴンの体に張り付いていたトゲを持つ種子を作る植物のことだ。あれだけの大きな体を維持するのに、ドラゴンが植物を食べるというのを知った時は驚きだった。ただ、サムから聞いた話だと、ドラゴンはほとんど糞をしない。ドラゴンは植物を効率よく消化しているからだという。

 いや、待て、そんなことより、もっと確認しなければならないことがある。

「申し訳ないんですけど」

「……」

「質問させてもらってもいいですか。あなたは何故Codeを読めるんですか」

「それがこの世界での、私の存在意義なのよ」

「どういう意」

 意味、と言いかけたところで割り込まれる。

「Codeを読む、かなり怖い敵と出会ったみたいね。けど、私は敵じゃないから安心して」

「そういう問題じゃ」

 また、言葉を遮るように話し始める。

「ドラゴンに乗ったことはある?」

「いえ。オナモミを取る時ぐらいで」

「ドラゴンの世話だけをしていて、ドラゴンに乗ったことがないなんて、考えが縮こまってしまうわ。私が指示するから、一緒にドラゴンと空を飛びましょう。悪いけど拒否は出来ないわ」

 トモヨは俺の手を掴むと、もう一方の手を空に伸ばした。

 空を飛んでいたドラゴンが一頭、こっちに向かってきた。

 ドラゴンが降りて来て、俺たちはドラゴンの影にすっぽりと入ってしまう。

 手を伸ばせば届きそうな低空で、大きな音とともにブレスが吐かれると、気持ちが高まってきた。

 腹に響くような大きな音がすると、目の前にドラゴンが降り立った。

 そして乗れと言わんばかりに、頭を下げてきた。

 トモヨが俺の手を引っ張り、ドラゴンの口の端に連れて行く。ドラゴンが俺たちのいる方の目を閉じると、口の脇から頭の上へ這い上っていく。

 ドラゴンの体表の凹凸に、引っ掛けるような金具と太いロープが組み合っていて、ロープの真ん中には背中の当てが合った。俺たちは、前後に並んで座った。

 ドラゴンで人を運んだり、物を運んだりする時は、翼の間、つまり背中の部分に荷台をつけるはずだった。

 この場所に乗るのはドラゴン使い(パイロット)だけだ。

 俺は興奮していた。

「すごい!」

「こう見えてもドラゴンを統べる者(マスター)なのよ」

「ドラゴンマスター!?」

 この言葉、どこかで聞いたことがある。ドラゴンを統べる者(ドラゴンマスター)。確か……

「しっかり捕まって」

 ドラゴンが頭を上げると、フワッと体が浮き上がった。

 首を上げ、体の中の石を動かすとガスの発生が始まる。大気より比重の軽いガスが溜まり、ドラゴンに浮力がついたのだ。

 サムから理屈として聞いていたが、こんな感覚なんだ。すごい。飛行機が飛ぶ時とは違う。

「全速!」

 トモヨが叫ぶ。

 ドラゴンが力強く羽ばたき始めると、加速しながら上昇していく。トモヨの縛った髪の束が、後ろにいる俺の方に流れてきた。

「息ガッ!」

 急にドラゴンが大人しくなり、翼を止めて滑空に切り替える。

 トモヨが俺の方を振り返ると、顔に木製の仮面をつけていた。

 だから息が苦しくないのだ。直接口に風が入ってくると、息を吐き出すことが出来ない。吐けないと、吸えないからすごく苦しくなる。

 仮面を見ていると、目のところが少し暗くなっているだけで穴が開いていない。これで見えるのだろうか。

 鼻は簡単な三角形に象られ、口は平たく覆われている。

 トモヨは下げているバッグを示すと、

「忘れてたわ。同じものがここに入っているから、自分で取ってつけて」

 トモヨのバッグを開けて、仮面を探して顔につけた。

 一見、目の部分が開いてるように見えなかったが、付けてみると細かい穴が沢山開いていて、暗くはなるが、しっかり見えることがわかった。

「つけた?」

「はい」

「全速!」

 言葉を理解しているかのように、翼を動かし始める。

 一掻き、二掻きと翼を上下すると、あっという間に景色が変わっていく。

「広い……」

 思わずこの世界の広さに感動していた。

 あっという間にこれだけの距離を進むことができるドラゴンと、地表をちょこちょこと引っ掻くようにしか進めない人間。見ているものが異なれば、きっと考え方も違うだろう。

 トモヨは、この視野で考えろと言いたいのだろうか。

「全速、降下!」

 降下、と言ったのに、急にドラゴンが上を向いた。

 俺は、ロープに必死にしがみつくことしかできなかった。

 ドラゴンが深くブレスを吐くと、頭を地表に向けてグイと伸ばした。

 そして、降下が始まる。

 最初は少し翼を動かしたが、いつの間にか翼を畳んでしまっている。

 降下、ではない。

 落下だ。

 背中が当たるロープと、ドラゴンの皮膚の凹凸に指を引っ掛けている、それだけ。

 内臓が全部浮き上がっていくような気持ち悪さも伴って、俺は無意識のうちに声をあげていた。

「大丈夫よ、まだまだ行ける!」

 その言葉では安心出来ない。

 あんなに小さく見えていた建物が、木々が、ハッキリと形が見えるくらい近づいている。

 ダメだ…… 俺は半ば死を意識して目を閉じかけた。

「反転!」

 ドラゴンは頭を上げ、翼を大きく広げた。

 今度はドラゴンの頭に、押し付けられるような力が働く。翼の左右で風を受けるバランスを整える為、細かく翼を動かす。そのせいか、激しく揺れる。

 止まった。

 そして一転して上昇に変わった。

 上昇しながら、大きくターンを始める。

 百八十度、二百七十度、三百六十度、五百四十度…… あれ?

 回り、螺旋を描くようにまた上昇していく。

 再び景色が、建物や、木々が、ミニチュアのように小さく変わっていく。

「安心して、もう帰るわ」

「ほ、本当ですか?」

 ドラゴンは、気ままに、右に左に緩やかな弧を描きながら、俺たちがいたドラゴン管理所へ降りていく。

 浮力を落とす必要があるせいで、時折、左右に向いてブレスを吐く。

 何故横を向くのかわからなかったが、正面に吐けば顔に返ってくるし、下も同じで上にガスは上に上がってくる。上を向けば、俺たちが振り落とされそうになる。横に吐くしかないのだ。

 ブレスの吐く頻度が上がってくる。

 もうあと少しでこの飛行も終わりだ。

「どう?」

 トモヨは振り返って俺にたずねた。

「すごく気持ちが良かったです」

「良かった」

 目も口も仮面の下で、わからなかったが、きっと笑ってくれいている。

 ドラゴンが大きく翼を広げ、足を伸ばして、地上に降りた。

 頭に乗っている俺たちのショックを和らげるように、上手に長い首を使う。

 ドラゴンの足が大地を掴むと、首を下につける。

 頭のロープや革で出来た背中の当てを外すと、俺たちはドラゴンの頭から降りた。

「あの金具は着けたままなんですか」

「そうね。あれくらいなら邪魔にならないから」

 言いながらトモヨがドラゴンの唇のあたりを撫でると、ドラゴンは目を細める。

 サムから聞いた限りだと、俺たち人間が触ったくらいの感触は、ほとんどドラゴンに伝わらないという。

 大空をあの速度で飛ぶには、肌に感じる感覚が鈍くないと、肝心なところを感じ取れないからだ。

 だから、俺たちがいくらああやって親しみを込めて撫でても、ドラゴンが気持ち良さげに目を細めることはなかった。なのに、このトモヨという女は違う。本当に撫でているぐらいの手の掛け方で、ドラゴンに気持ちが通じている。

ドラゴンを統べる者(ドラゴンマスター)

 そうだ、思い出した。

 ドラゴンを統べる者。この人は……

 俺は自然と頭を下げていた。

「女王様。(わたくし)は転生させて頂いたケイゴと申します」




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