【第33回】 誤解の発生と氷解
ベソイミカの話が続いている。
「二人の魂は、どちらかが先に真現界へと戻り、後に、もう一つの魂が戻った。その際は必ず、第一級の部屋で二つの魂は再会したんだ。
ところが、ある時、二つの魂が同時に死直界へと戻った。
仮現界では大きな戦争が勃発し、多くの人間が死ぬ。死直界も〈フル稼働〉という状態だ。
これは余談だけど、その様な時、死直界では仮現界と比較した時の『時間のスピード』が上がる。『魂の分類』を行う効率を上げる為に……。
その様な中、これまで淡々と作業を行っていた死直界の管理人達が一斉に動きを止めた。ここでは知らぬ者がいない二つの魂を確認したからだ。しかも、並んで死直界へ現れた。
この光景は僕の他、全員ではないが、多くの管理人が目撃している。もちろん、管理長も……。おそらく、これを目にした全員が、(戦争の犠牲者?)と思った筈だ。僕も、そうだった。
当然の事ながら、睡眠状態にある、その魂は静かに〈例の岩〉へ近付き、通過する。その光は二回連続で緑が点灯した。
次の瞬間、前にいた男性の魂が首を動かし、周囲を確認したんだ。その動作は早い。そして、自分の後方にいる女性の魂を見付けると微笑んだ。その時、女性の魂も覚醒し、男性の顔を見ながら微笑む。
同時に二つの魂は手を伸ばし握った……、死直界に来た魂は『疑似的な人の姿』として見えているが、肉体的な実体はない。でも、僕らには『手を繋いでいる』様にしか見えなかった……。
二つの魂は手を繋ぎ、微笑みながら、真現界の入口となる扉に近付き、その奥へと消える。
後に真現界の管理人に尋ねた処、二つの魂は、そのまま第一級の部屋へ入ったとの事だ……」
死直界にいる俺は今、肉体を持っていない。だが、ベソイミカの話を聞きながら、目頭が熱くなったのを感じている。倉見に至っては、その目が赤い。雰囲気としては今にも涙を流しそうな状態だった。
(輪廻転生を繰り返しながら、それでも夫婦となり続ける二つの魂……。おそらく戦争の犠牲となりながらも、この死直界で、お互いの姿を確認し合い、手を握り、微笑みつつ、真現界へ向かう……)
かなりの感動を覚えながら、ベソイミカの話を反芻していた俺の脳内で突然、光の様なものが炸裂した。
「あっ!」と、俺が声を上げた瞬間、倉見も、「あっ!」という音を発する。そして、「私、解ったかも……」と、俺の顔を見ながら呟いた。
瞬時に、(彼女、俺と同じ点に気付いた筈だ!)と、根拠はなかったが、確信めいたものを覚える。俺は倉見に対して、一度だけ頷いた。
彼女はチクノクサとベソイミカに向かい、言葉を紡ぐ。
「今、ベソイミカさんの話を聞いて、私、感動しています。おそらく入谷君も、そうでしょう。でも、同時に、気が付いたのです。
死直界の管理人は、夫婦と思われる二つの魂が、魂を分類する装置を通った直後に覚醒し、真現界の扉へ入るまでに、『お互いの確認』、『微笑み合う』、『手を繋ぐ』という〈素早い動作〉を見ていた為、『やろうと思えば、どの魂にも、それを行う時間的余裕がある』と考えてしまったのでは、ないでしようか?
だから、入谷君が、さっき指摘した様な、『魂は完全に覚醒しないまま、真現界へ行く為、死直界の事は記憶に残らない』という趣旨の考えが浮かばなかったと私は思ったのですが……」
間髪を入れずに、「俺も、そう考えました」と言葉を挟む。
その話を聞いたチクノクサとベソイミカは、お互いの顔を見合わせた後、声を上げて笑い出した。
「これは参ったな!」
「倉見さんと入谷君の思考能力には完全に脱帽ですよ!」
二人は、そう言ってから真顔に戻り、チクノクサが俺達に語り掛ける。
「君達、二人を通して、儂は人間が持つ〈素晴らしさ〉の一端を思い知らされた様な気がした。まさか、死直界の問題……、この言い方は少し大袈裟かも知れないが、長年の疑問を短い時間で解決して、しまったのだからな……」
「それに……」と、今度はベソイミカが口を挟む。
「二人共、ここに来てから、その手を握り合ったままだろう。僕は、君達が死直界の中心部へ来た時に見掛けていたんだけど、その握り合った手、少し気にしていたんだ……。きっと二人は、そうする事で、お互いの能力を高め合っているのでは、ないかと……」
その言葉を聞いた俺は恋人握りとなった、その指に少しだけ力を入れる。彼女も同じ事をした。
何故かは不明だが、現状として肉体を持たない筈の俺の手は確実に〈倉見の手〉を感じ取っている。
その視線はチクノクサとベソイミカに向けたままだったが……。




