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【第34回:最終回】 日常が戻った二人

 ※ 


 俺達が「俺達の住む世界」へ戻って来たのは、八月九日の午後四時ちょうどであった。

死直界しちょくかいの実質的案内は、これで終了だ」と、チクノクサから告げられた俺達は、例の「上りエスカレータ」の横にある階段を使って死直界の入口から少し入った場所へと戻り、そこからチクノクサの力によって、仮現界かげんかいへと戻される。

 

 相変らず人気ひとけがない神社の裏手にあるベンチに俺と倉見は座っていた。その手は、まだ握り合ったままである。

 俺は一瞬、(マズイ! 座ってしまった!)と思ったが、周囲の風景を見て、(ここは死直界ではない!)と、痛感するのと共に、二重の意味で物凄い安堵感を覚えた。もちろん、それは、座るという行為が死直界で「死んだ人間の魂がする事」を意味していた点と、無事に「俺達が住む世界」に戻って来たのを実感出来たからである。

 一方、倉見は静かに、「今の……、夢だったのかなぁ……」と呟く。

 それに対して、俺は質問を口にした。

「死直界で管理長を務める人の名は?」

 その問いに倉見が答える。

「チクノクサさん」

「では、副管理長の名前は?」

「ベソイミカさん」

悪行あくぎょうを重ね、消失すらも認められない魂が行く場所と、その魂の呼び名は?」

救痛界きゅうつうかいと、救痛魂きゅうつうこん……」

真現界しんげんかいには、いくつの部屋がある?」

「十。第一級から第十級にランク分けされた部屋があるんだ……」

「そこまで答えられるのなら、現実だったんじゃ、ないのか?」

「そうか……、夢じゃないんだ……」

 その様な〈問答〉を繰り返していると、神社の建物がある方向に人の気配を感じた。

 この時になって二人は握っていた手を離す。しかも、ごく自然に……。

 神社の裏手に現れたのは、香川芙美歌かがわ・ふみかである。

「無事に戻って来た様ね」と言いながら、含み笑いを、その顔に浮かべ、「私としては完璧に任務を遂行したわよ」と告げた。

 そして、俺の横……、倉見と反対側に座り、俺の顔を見ながら、「思ったより、〈やつれて〉いないわね……。寝てないと思ったのに……」と呟く。

(あっ! 香川の奴、間違いなく、俺と倉見が『エッチが目的な旅行』に行ったと思っている!)

 そう考えた次の瞬間、「まぁ、この件は黙ってて、あげるわよ」と、香川は俺に向かって小声で呟いてから、微妙な微笑みを湛えつつ、立ち上がり、今度は倉見の前で一言だけ尋ねる。

「楽しかった?」

 それに倉見が応じたのだが……。

「まだ、頭の中が混乱しているわ。でも、納得はした。今、言えるのは、それだけ……」

(おい、倉見! その返答じゃ、香川は誤解したままだぞ!『死直界』だの『真現界』だのという〈専門用語的〉な言葉は使わなくて構わないから、せめて、『死後の世界』と、一言、発してくれ!)

 俺は心の中で、そう叫ぶ!


 ※


 結果として、八月八日、九日の両日に関して、俺達の周囲では何事もなく時が過ぎた。もちろん、俺と倉見は別だが……。

 八月十八日以降、俺は小説を書き始める。そのテーマは「死後の世界」。タイトルは『死直界』とした。

 俺が……、これは倉見も同様だが、死直界で経験し、チクノクサやベソイミカから直接、聞いた話を〈フィクション風〉にした作品にするつもりだ。


 ※


 八月三十一日。俺と倉見は例の神社へと向かった。

 その裏手にあるベンチに座わるのと同時に手と手を握り合う。当然、それは恋人握りであった。

 倉見は上の方向を見ながら……、四本の巨木から生えた、ここを日陰にする枝と葉、そして、少しだけだが漏れるの光を彼女の視線は捉えている筈だ。

 倉見の口が開く。

「死直界から戻って三週間……。最近、少し寂しいのよね……。あれだけ『訳の解らない日本語』で話し掛けて来たチクノクサさんが、いなくなって……」

「『清々した』とは思わないのか?」

「最初は、そう感じたんだけど、今になるとね……。邪魔臭くても構わないから、私に〈ちょっかい〉を出してくれる人が欲しくなっちゃった……」

「まさか、俺に、その役目をしろと?」

「そこまでは言わないけど……」

 倉見との然程さほど、意味がない〈問答〉を繰り返しながら、チクノクサが言った、「最後の言葉」が俺は物凄く気になっていた。


「輪廻転生を繰り返しながらも、夫婦となる二つの魂は、今、仮現界にいる」

死直界 ―人間は死んだら何処へ行くのか?― 「『小説家になろう』版」(了)

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