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アルベンスが王都を出発したころにモルドリア女侯爵はベッドから起きた。
一緒に寝たはずのアルベンスの姿が無いことに怒り、すぐに探すように使用人へ命じた。
玄関は内側から施錠されていて、勝手口も同じだった。
窓の鍵は誰も気に留めなかった。
「誘拐されたというのですか?」
「何とも言えませんが、身代金を要求されるかもしれません」
「人を違うところへ飛ばしてしまう力を持つ者がいるのは知っていますが、まさかアルベンスが連れ去られてしまうとは思いませんでした」
「如何いたしますか?」
「友人に軍にお勤めの旦那様を持っている方が王都にいます。すぐに連絡を取ってちょうだい」
グリムワード伯爵邸にアルベンスが誘拐されたため捜索を願い出る伝令が届けられた。
アルベンスを誘拐しても得にならないことを知っているから恐らく自力で逃げたのだと誰もが思った。
それでも捜索依頼を出されたのなら動かないといけない。
王都に常駐している軍人の仕事だがアルベンスの顔を知らないから仕方なく第三特務部隊が引き受けることになった。
「ものすごく困る案件だね」
「逃げたんだろうね」
「誘拐される可能性はないしね」
王都で人探しというのは途方もないことだった。
人の出入りが多すぎて聞き込みするのもままならない。
だから犯罪者は王都に逃げ込んで隠れるのが定石だった。
見つかったり新しく罪を犯さない限りは平穏に生活ができる。
「王都から出たとは思えないけどね」
「そうよね。他の町に行った瞬間にアルベンスが仮出所中だって分かるし、身元引受人がいないならすぐに連れ戻されるわ」
「身元引受人はモルドリア女侯爵でしょうね」
「間違いなくね」
昨日の夜までは一緒にいたという証言だから近くの宿を中心に探すことになった。
金貨が少し減っているから泊まることはできたという判断だ。
「金貨を持ち出したのなら、しばらくの間の生活は困らないでしょうね」
「その間に新しいパトロンを見つければ良いのだし」
「夜の店も視野に入れる必要がありますね」
金貨を持っているなら多くの店が引き込もうとする。
セルラインがいたような高級な店ではなく安く遊べる店も王都には多数ある。
アルベンスなら“魅力”を使えば困ることはなかった。
「まずは巡回ね。何も考えずに王都を散策してるかもしれないし」
「そこまで考えなしではないと思うけどね」
アルベンスが“魅力”を使っていれば噂で何か聞こえてくるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたが空しく崩れ去った。
「さすがに目撃情報はないか」
「目撃していても誰も気に留めないでしょうからね」
「こういうときに探索系の“スペル”を持っている人が欲しいと思うわ」
「第一特務部隊と第五特務部隊に配属されたものね」
軍では探索系“スペル”を持つ者が重用されている。
数が少ないことで全部隊に所属していないのが痛いところだった。
「王都は土地勘もないから見当もつかないし」
「そうね」
「ヴィヴィは少しだけ住んでたんでしょ?どっか知らない?」
「住んでたと言っても子どものころだもの。大人が行くようなところは知らないわ」
夜に男が遊ぶような店に子どもが近づくことはないから知らないのも無理はなかった。
地道に見て回りアルベンスの足跡を探した。
「まったくの収穫ゼロ」
「隠れていても買い物には出ると思ったのですけど当てが外れましたわね」
「闇市の商人は一見には売らないから絶対に表で買うしかないと思ったんだけどな」
ここまで来ると誰かが匿っている可能性が高くなった。
そうなるとアルベンスの交友関係を知らないため探すのが格段に難しくなる。
闇雲にアルベンスの名前を出して探すのも得策ではない。
「身代金の要求もないことだし、自分の意志で失踪したというのが一番有力だね」
「それはモルドリア女侯爵は納得してくれませんね」
「仕方ないから連れ戻そうか」
特定の隊に所属しない遊離隊に協力要請を出し、王都内をくまなく探すことになった。
アルベンスという名前がそう珍しいものではないことと平民であることで捜査は難航していた。
「今日で一週間だけど、ここまで分からないって不思議だよね」
「王都から出てるとか?」
「一番近い町ならせいぜい一日で着くよ。入町したらお尋ね者だってすぐ分かるよ」
考えられることは王都に隠れているか、どこの町にも入っていないかの二つだった。
町に入らずに食べ物を手に入れる方法は皆無であるのと貴族の生活に慣れているアルベンスが自力で手にできるとは思えなかった。
「本当に誘拐された?」
「それなら身代金が出されていないのはおかしくない?」
「お金じゃなくてアルベンスが目当てだった」
「それこそあり得ない。平民の男を誘拐してまで手に入れたいとか」
進展がないから信憑性の低い予想まで出てきた。
本当なら町へ帰るために準備をしていたが思いがけずに仕事になって足止めされていた。
報告を受けるだけだが自由に出られないことに不満が少しずつ膨らんでいた。




