5話 オーガ・モンキー
縄張り。
それは動物のテリトリー。
縄張りに入ったものは、排斥される。
それが動物の理だ。
しかし。
(この辺にオーガ・モンキーなんて名前の魔物いたか?)
男の考えを読んでかシルフが語る。
「10年前まではここは日本猿の縄張りだったの。」
男は答えない。
でも、シルフは構わず続ける。
「そこに一匹のオーガが来た。
オーガは猿たちを屈服させ、群れのボスになった。」
遠くを見つめるシルフ。
「村の大人たちは、オーガが猿の群れを支配して、いつの間にか今のオーガ・モンキーが生まれたって言ってた。」
つまり、この10年で異種交配されたということだ。
普通はないことだが、こんな世界だ。
あるかもしれない。
事例がないわけではない。
ウルフェンと野犬が一緒にいる事もあった。
あれも交配して、日本に狼が復活ということもありえるかもしれない。
(しかし、詳しいなこの女…。)
「ふふ…顔に出てるよ。」
シルフは愉快そうに笑う。
「私の村。この近くなんだ。
だから、旅に出たばかりでさ。」
後ろ頭に手をやって、おどけて見せる。
「勇者様に出会えてラッキー…。」
慌てて口を塞ぐ。
恐る恐る男を見る。
男は意に返さないと言うように背中を向ける。
(厄介だな…。)
そう思いつつ、歩みを進めた。
「もう!勇者って呼ばれたくないなら、名前くらい教えろよ!
お~い!」
シルフもついていく。
オーガ・モンキーのボスである夜叉は肘掛け椅子に座り外を見ていた。
そこに現れるオーガ・モンキー。
「キキ…!」
ボスに跪く。
「用意ができたか…。」
夜叉がゆっくりと腰をあげる。
「久方ぶりの獲物じゃ。」
その姿は威厳に満ちている。
傍らにある人間の大人の背丈程ある青龍刀を持ち上げる。
「わしの縄張りに踏み入ったこと後悔させてやるわ!」
夜叉は青龍刀を突き出す。
青龍刀の先には、何百ものオーガ・モンキー。
「出陣じゃ!」
何百ものオーガ・モンキーが声をあげる。
鼓舞するようにジャンプする。
そして、外に飛び出していった。
男は何かに気づく。
(囲まれた…。)
シルフも警戒モードに入る。
「多い…!」
弓を持つ手が震える。
ゆっくりと矢に手をかける。
男も鞘に手をかける。
「くる…!」
そう言ったと同時に、何百ものオーガ・モンキーが襲いかかる。
男はクロークを翻し、剣を抜く。
一閃。
先頭のオーガ・モンキーが塵となって消えた。
直ぐに一匹を踏み台に飛び上がる。
身を翻し、回転斬り。
そこ同時に3匹を仕留める。
木の枝を掴んで、枝に立つ。
そして、オーガ・モンキーを斬り伏せていった。
シルフは弓を持ち、飛び上がる。
木の上から、オーガ・モンキーを狙い撃つ。
その姿を目の端に収めた男は、シルフに襲撃してくるオーガ・モンキーを斬り伏せていく。
「ありがとう!」
「やっぱり、返事はなし?」
男の後ろにオーガ・モンキーが見えた。
シルフはそれを射抜く。
「…。」
「どういたしまして。」
シルフは無言の男に向かって言う。
しかし、多勢に無勢だ。
矢の残りも少ない。
男はシルフを抱えて、飛び降りる。
「え!?ちょ、ちょっと!」
そして、岩壁を背に向かってくるオーガ・モンキーを斬り伏せていく。
シルフは意図を読んで、撃ち落としていく。
ズン…!
地響きがする。
近づいて来ている。
(本命がきたな…!)
来たのは、2Mはあろうかと言う巨躯のオーガ・モンキー。
二足歩行で、赤黒い体毛。
鍛えられた筋肉を持ち、猿の顔に二本の角が生えている。
そして、肩には巨大な青龍刀を担いでいた。
「お主か…。
我が子らを可愛がってくれたのは…!」
夜叉が青龍刀を男に向ける。
「我が名は夜叉。
主の名前は?」
「…。」
男は黙り込む。
「名乗らぬとは無礼な男よ。」
夜叉が青龍刀を構える。
男もゆっくりと剣を構える。
「手出しをするではない!
この者は、わしが斬る。」
二人同時に飛び出した。
剣と青龍刀が激しくぶつかる。
金属音が森に響く。
火花が散った。
力が強い。
剣を持つ手が痺れる。
押し切られそうだ。
「ほう…。その剣は…!」
夜叉は剣を見て驚く。
「両刃の剣。
そして、その中心にある紋様…。
貴様、勇者か!」
刃を横に受け流す。
夜叉がよろけた隙に間合いをとる。
「…俺は勇者じゃない。」
そう言いつつ、剣を構える。
(強い…。)
パワーが他のオーガ・モンキーとは段違いに強い。
(大振り。豪快にパワーで押し切るタイプか…。)
「何を考えておる。」
肩に乗せた青龍刀を振り下ろす。
勇は横に避け、攻撃を受けないようにする。
「ちょこまかと…!」
青龍刀の軌道をを変えて、一気に振り上げる。
それをバク転で躱す。
前髪が少し落ちる。
冷静に夜叉を見据える。
自分の背丈程の青龍刀を扱っているのに芯がブレていない。
判断力もある。
(厄介だな…。)
シルフは二人の戦闘を見て唖然とする。
「あの夜叉ってお姉さんも勇者も凄い!」
夜叉が青龍刀を振り下ろすと地面が割れる。
それを回避して、攻撃に転じる男。
「あのタイミングで斬り返した……!」
シルフは息を呑む。
「お姉さんはあの大きい剣を軽々と扱ってる…。
そして、ちゃんと勇者を捉えてる。」
シルフは男に目を向ける。
「勇者はそれに対応して、隙を探してる。」
手に汗握る。
緊張感があるのに笑みが出る。
「凄い…!」
(この女…。)
剣を握り直す。
(できる…!)
男は流石、縄張りのボスだと納得する。
(勇者よ。何故私の力を使わぬのです?)
剣が男に語りかける。
「…黙れ!」
男は夜叉に斬りかかる。
夜叉はそれを軽々と受け止める。
「ふ…。喋る剣とは珍しい。」
夜叉は押し切ろうと青龍刀を押し出す。
男は青龍刀に手をつき、背中に回り込む。
脇腹に剣を降る。
脇腹で剣が止まる。
(皮膚も硬い…。)
ニヤリと嗤う夜叉。
夜叉は男を掴み放り投げた。
「ぐは…!」
壁に叩きつけられた男は地面に倒れ込む。
「勇者!」
シルフが叫び、駆け寄る。
「素早い身のこなしじゃ!」
地響きを立てながら、寄ってくる。
シルフが矢に手をかける。
(私にやれるの?)
矢を持つ手が震える。
勇者でも苦戦している。
怖い。
シルフの肩に手が置かれる。
ゆっくりと起き上がる男。
頭から血を流している。
「勇者…。」
「俺を…勇者と呼ぶな。」
剣が光る。
傷が回復していく。
(ふふん。)
勇者の剣は鼻高々といった様子だ。
「余計なことをする。」
「ほう…それが勇者の剣の力か」
青龍刀を肩に担いで言う。
「これだけじゃないがな。」
男も剣を構えた。
二人の間に緊張感が走る。
入れる隙がない。
お互いが柄を握る手に力を込める。
一瞬の静寂。
木々が風に揺れる。
刹那。
夜叉が青龍刀を振り下ろす。
地面が揺れる。
男は青龍刀を駆け上がる。
そして。
(毛皮は硬い…。なら!)
「やめろ!」
夜叉が叫ぶ。
男は首元で剣を止めた。
男は剣を引く。
後ろを見ると、シルフがオーガ・モンキーたちに襲われそうになっていた。
「男ども…!わしに恥をかかせる気か!」
夜叉が怒号をあげる。
オーガ・モンキーたちは怯えて動けなくなる。
「男どもが済まなかったな…。」
夜叉が男の前に跪く。
「女王を助けたくてやったことだろ?」
男は夜叉に向き直る。
「わしが女と気づいておったか…。」
夜叉はそのまま目を瞑る。
そして、首を差し出す。
「やれ!」
男は夜叉を見る。
そして、剣を収める。
「何故、首を取らん!」
男は一瞥して、その場を去った。
男は森を出る。
その後をシルフが追いついてくる。
「…ついてくるな。」
シルフは後ろ頭に両手を回す。
「いいじゃん。」
ニヤニヤしながら、男を見る。
「私を助けてくれたんでしょ?」
あそこで女王を殺せば、暴走したオーガ・モンキーにシルフが殺される。
だから、夜叉を殺さず、シルフを勇者が守った。
そうシルフは解釈する。
「…。」
男は何も返さない。
男を肘で突くシルフ。
「照れちゃって。」
シルフは嬉しそうに笑う。
「おい!」
二人は振り向く。
そこには、夜叉がいた。
「借りができた。」
夜叉が端然と構えて森の入り口に立つ。
「この森は今後、お主らには手を出さぬ。」
「…。」
男は夜叉を見る。
「無口な男よ。」
カッカッカと笑う夜叉。
「名を教えてくれ。」
男を見据えて熱い視線を送る。
「…。」
男は夜叉に視線を返す。
「…勇だ。」
「勇…!覚えておく。」
「えぇ!? 私には教えてくれなかったのに!?」
シルフが勇を見る。
「…。」
勇は振り返る。
そして、目的地を目指して進む。




