のに
○○なのに、という言葉は魔法の言葉だ。まるで自分は悪くないかのように、何かに責任を擦り付けるかのように発言することが出来るのだから。
今日の私はなのにに支配されてる。晴れていたら良かったのに、友達に予定なんかなかったら良かったのに、お母さんが朝食に目玉焼きとベーコンを乗せた食パンを焼いてくれたら良かったのに、そうだったら私のテンションはあがるし、嬉しいし、笑顔になれるのに。
なんて、考えても言っても仕方がないのに、のにのにばかりが増えていく。雨じゃなかったら靴下が濡れなかったのに、傘がもうちょっと可愛いものだったら雨でも億劫じゃないのに。のにのに考えすぎて、このままじゃのにのに星人になってしまいそうだ。
結局、のにという言葉には希望的観測や期待、羨望や嫉妬、怒りなど様々な感情をぎゅぎゅっと押し込めたものだと思っている。だからこそ、あんまり使いたくないような言葉ではあるのだけど、たまにどうしてものにのに星人になりたくなる時があるのだ。
今日は主に雨のことや少しばかり予定が噛み合わない友人に対して思ってしまったが、のにのに星人になってしまうと、今までの不平不満が少しづつ溢れそうになってくる。別にさして思っていた訳じゃないことまでああだったら良かったのに、こうしてくれれば良かったのに、なんて言葉に変換されてしまうのだから、のにと口にするのは恐ろしいことなのだ。
心でこうなればいいのになぁなんて、ふとふと呟いても負の面が増幅されているように感じてしまうのだから、のにがどれだけ力を持っているかは分かってくれるだろう。そうとわかっていてもついつい思考が流れてしまうのだから少しだけ仕方の無い部分もある。
まあ一番はのにと言わない事がいいのだが、ちょっとでも頭に過ぎったら一度立ち止まって考えるくらいはしよう。なんて事を思った雨の日だった。




