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 春の嵐は過ぎ去った。散りゆく桜の花びらがどこかに積もる度に君のことを思い出す。始まりは些細なことで、終わりも些細なことだった。もう少しどこかで何かが噛み合っていたら、なんて後悔はもう何百と重ねた。聞こえるはずもない僕を呼ぶ声を、今日も探している。


 きっかけは桜の花びらが散り、ゆっくりと葉桜が息吹こうとしていた時期。君が落とした鍵を僕が君に渡した事からだった。笑顔でお礼を言う君に見惚れて、僕はなんて言葉を返しただろうか。きっと、ひどくどもってしまっていたのだろう。もう一度お礼をされて、そこで二度と会うことは無いと思ってた。だから、一際強い風が吹いて、桜の花びらが舞う道をどこかに溶け込んで行く君の後ろ姿を見ていた。

 それから、引越しの片付けや、新しく始まった生活があると言うのにどこか上の空で、ふとした瞬間に桜が散るあの瞬間を思い出してしまい、(くう)に足を奪われてしまっていた。あれだけ待望していた一人暮らしも、キャンパスライフもどこか色褪せたまま、葉桜に桜の花びらを幻視している毎日だった。

 それらが彩られたのは、ある日友達が寝坊して、ひとりで受けた講義で隣に君が座った時からだ。あの時ほど友達の寝坊に感謝したことはなかった。結局、上の空で受けた講義のノートなんて見れたもんじゃなかったけれど、講義が終わって立ち上がる君に一欠片の勇気を出して話しかけた。どうやって話しかけて、なにを話したかはあんまり覚えてないんだ。ただ、気がついたら君との連絡先を交換していた事だけが結果として残った。

 それからは毎日が幸せだった。この敷地のどこかにもしかしたら君がいて、会えるかもしれないなんて思うだけで、あれだけ何にもないと思っていた場所が輝いてみえた。だから、ちょっとだけ格好、髪型なんかを気にしてた。

 君とは何度か連絡を取り合ううちに、趣味や行きたい場所、食べたいものが似ている事が分かって、梅雨に入る前に一緒に出かけた。すっかり緑が生い茂る葉桜のトンネルを他愛もない話をしながらくぐって、お互いが気になってた喫茶店に入って、会話して。君との会話は心地が良くて、幸せで、体のどこかがいっぱいいっばいになって、もっと一緒にいたい、一日が終わってしまうことが寂しい、なんてものと混ざって、気が付けば告白してた。

 白い街灯が葉桜と君を照らして、初めて会ったあの日の笑顔で君は返事をくれた。僕は幸せだった。

 平日は、お互いの講義や交友関係もあってあんまり会えなかったけど、予定の合う週末に順番で近場の行ってみたかったお店だとか、景色が綺麗な場所だとか、食べ歩きができそうな場所だとかに行って、笑いあってた。

 まとまった連休には、前々から話し合ってどこか遠いところに泊まりがけで行った。見知らぬ土地で何度か迷子になったし、一回は完全にはぐれちゃって、合流に時間がかかったっけ。

 とにかく時間の流れがはやかった。「あ」なんて言う間もなく気が付けば就職時期で、なんとか僕も君も内定を貰ったはいいけれど、ちょっとづつ、ちょっとづつ僕らはすれ違いだした。

 別に大きな喧嘩をした訳じゃないし、特段何かがあったわけじゃない。ただ漠然と、会話のテンポが噛み合わなくなっていた。それから、あれだけ心地の良かった会話がどこかぎくしゃくした心地の悪い会話になって、週末に順番で決めて出かけていたことも、個別で行きたい場所になって。

 僕は自分に何度も「心の余裕がないから」なんて言って、その余裕のなさを君に言おうとしなかった。君も余裕がないんじゃないか、なんて勝手に決めつけて、それが最後だった。


 随分前から気になっていた喫茶店の、珈琲を飲む。なんだか酸味が強くって飲みにくい。ちょっとだけミルクを注いで混ぜる。チーズケーキは甘みが強くて、この珈琲にはよく合う味付けだ。今でも僕は。……でも、どうにもならなかった。僕はあれ以上の言葉を持ち合わせないし、君のあんな顔を見たかった訳じゃなかった。

 鬱陶しいくらいに散る桜を見て、ため息をひとつ重ねる。


『──くん!』


 ぱっと振り返る。誰もいない。聞こえるはずもない君の声を、探してばかりいる。いつの間にか風は止んでいて、うざったいくらいに空は澄み渡っている。ため息をふたつ重ねて、歩き出した。

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