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深夜

 深夜に、ひっそりと自転車を漕ぐ。

 町の灯りはほとんど消え、街灯だけがぽつりぽつりと点いていて、ひっそりと夜の寂寞感と自転車の車輪がからから回る音だけが残る。

 夜の静寂を車輪の音で汚して、自分が存在するただひとつの音だけを頼りに進んでいく。

 自転車のヘッドライトが照らす道を漠然と眺めては既知の道を進んで行くけれど、明るい時にしか通らない道は、どうにも全く知らない道のように見える。昼には活気があるこの道も、車通りが多いあの道も人の気配がなくて、ただ夜の気配が広がるだけだ。その夜の気配に包まれていると、心が安らぐ感覚がある。

 暖かな光も、人や、車の騒音も何も無い。時折やってくる車がやっぱり鬱陶しくはあるけれど、それでも昼に比べたらとても静かで、心が洗われて行く。

 漕いでいくうちに、街灯もほとんどない町の外れにたどり着く。家からはどんどん遠ざかっていくが、それに比例するようにわくわくする心が膨らんでくる。わくわくにしたがって、そのまま町の外れから町を出る。


 この道は山に繋がっており、鬱蒼としげる黒々とした山がこちらの事を覗き込んで来るような錯覚に陥る。一瞬でわくわくしていた気持ちは萎んで、途端に不安が湧いてくる。

 さっきまではあれほどに安心していた夜の気配が、途端に心を突き刺して来るような恐怖に変わる。湧いて出てくる恐怖が、段々と心を満たして、それに溺れてしまったものだから、一刻も早く家に帰りたくなる。車輪の回る音が早くなり、静かな町には車輪の音と、荒い呼吸に、少しの虫の音しか響いていない。それがなおのこと怖いことに思えてしまうのだから、恐怖を知覚してしまうことがこわさを増やしてしまう。

 行きよりも随分早い時間で家に帰ってきた。なかなか鍵が入らずにやきもきしたが、鍵を開けてからは直ぐに家に入って、息を整える。

 あの覗き込んでくるような山の怖さを初めて知った夜だった。結局、朝日が窓から差し込んで来るまで布団の中で寝転がっていた。


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