水たまり
ざーっと激しく校舎を叩いていた音が、ぽつ、ぽつとまばらになっていく。空は依然暗いままだが、雨足は弱まっているようだ。読んでいた本を閉じて、ロッカーの中にしまい込む。本当は帰ってからも続きが読みたかったが、いつまた雨が激しく降るか分からないので置いて帰ることにした。
雨は好きだけど、色んなものは濡れるし、湿気で髪が大変な事になるし、中々嫌なことも多い。しかも、行きの道で傘が壊れてしまったのだから、ため息の一つも出てしまうというものだ。まぁ、いつ通り雨に降られてもいいように折りたたみ傘を鞄に入れていた自分の用意の良さのおかげでなんとか持ち直してるが。鞄から折りたたみ傘を取り出して、教室から出る。折りたたみ傘の構造上、小さくなってしまうのは仕方ないことなのだが、もう少しだけ大きいのを買えば良かった。この調子だと、駅につくまでに下半身全部濡れてしまってもおかしくはない。今から少しだけ憂鬱だ。
普段の放課後とは違い、閑散とした廊下を通る。廊下はかなり濡れており、滑らないように慎重に歩く。階段はいつもは持たない手すりに若干手をかけつつ、殊更気をつけてくだっていく。靴箱から見える体育館は、いつも通りの熱気で少しだけ安心する。ふと耳を澄ませば、まだ少し降っている雨の音に混じって何かの演奏の音が聞こえてくる。どうやら音楽ホールのなかで練習をしているようだ。通りで雨の日でも聞こえてきていた楽器の音が聞こえないわけだ。
いつもよりじっとり湿って若干重みがある靴を履いて、折りたたみ傘を開く。ひ、開かない。最近使うことが無かったからか、中々言うことを聞いてくれない折りたたみ傘。若干ひろげるのに苦労しつつも、幸いにも壊れていなかったようで、無事に雨の中を帰れそうだ。
道に点々とある水たまりを避けつつ、時には跳んで進む。どうにも水捌けが悪いようで、あちこちに大きな水たまりがある。雨の日は大抵同じ所に規模の差はあれどたまっているので、早いうちに何とかして欲しいところだ。
運動場はもっと酷かった。土とアスファルトの違いもあるが、茶色に濁った大きな水たまりに雨が跳ねて、水紋をいくつも作り出している。せめて水が濁っていなかったらもう少し綺麗に見えたのだろうが、現実は非情である。一際大きな水滴が折りたたみ傘に当たった事で我に帰る。そうだ、運動場に見とれてる場合じゃなかった。雨足が強くなる前に最低でも電車に乗らないとまずい。時間を見るとあと14分で発車してしまう。それを逃すと帰るのは更に1時間は遅れてしまう。
幸いにも学校と駅はそれほど離れておらず、10分ほど歩けばつくのだが、それは腫れている時の話。雨だと色んな事に気を取られて少しだけ遅れてしまうだろう。
少しだけ早足になりつつ、流れてる水と一緒に坂を下る。再び靴の中に冷たい水が染み込んでくる。1歩歩く度に水音がなって、顔に凄く力が入る。仕方の無いことだと思ってはいるが、それはそれ、これはこれである。
坂道で靴にとどめをさされたが、何とか出発時刻前に電車にたどり着いた。他の生徒はそこそこいるが、ピークは過ぎたようだ。屋根に入って濡れたスカートと、濡れた鞄が気になって仕方がない。雨に濡れている時は平気なのに、どうして1度濡れなくなると途端に気になり出すのか。濡れた場所を気にしていると、電車が来たので乗り込む。車内にはあまり人がおらず、座る余裕があったので座る。曇った窓と、その奥に見える移り変わる田園風景を見ながら足の冷たさに辟易とする。どうかこれ以上雨が降らないようにと願っているうちに、最寄りの駅に帰ってきた。
雨は止んで、更に少しだけ晴れ間が見えていることで、少しだけ気が軽くなった。
駅にある点字ブロックにたまっている水を避けつつ、歩き出す。虹が見えるかなぁ、なんて思ったが虹が出るほど晴れている訳でもなく、残念ながら見ることは叶わなかった。
いくら雨が止んでいるからとはいえ、足元にある脅威は依然としてある訳で、それらを避けながら進む。歩いているうちに、雲より空の比率が高くなってきた。
太陽を隠している雲もどいて、雲間から僅かに漏れていた陽の光も、直射日光に変わる。虹が見えるかと、太陽の反対側を見たが残念ながら虹はかかってなかった。
太陽が出てくると、水たまりが景色を反射しやすくなる。鏡のようだが、若干灰色めいていて、風が吹くと直ぐに掻き消えてしまう。幼い頃は、そんな水たまりを踏むと、どこかこことは違う世界に行けると信じていた。だから雨が降る度に水たまりを踏んでは変わらない空模様を見て……。どうやって思ったんだっけな。せっかくだし、幼い頃の自分でも真似よう。どうせ靴はぐちゃぐちゃで、多少洗う手間が増えるくらいだ。どれくらいの勢いで踏んでいたっけ、水しぶきが上がっていたくらいには勢いをつけていたような気がするけど、流石にそこまで童心に帰れそうもない。
少しだけ跳んで着水。思ったよりも水しぶきが上がって、スカートがまた濡れた。……何にも思い出せない。幼い頃はまさに天啓を得た! と言わんばかりに何かに気がついていたような気がしたんだが、小さな頃特有の無敵感というものだったのだろう。
まだ少しだけ水紋が広がっている水たまりを後に、私は家に帰った。




