囁き声
少年との出会い
日が昇っても、霧は晴れなかった。
村全体が白い膜に包まれているようで、空と地面の境目さえ曖昧だった。
リナは朝食の後、少し外を歩いてみようと思い、細い山道へと足を踏み出した。
家の扉を閉めた瞬間、耳にすっと入ってきた。
――「……おかえりなさい、ソトル様……」
後ろを振り返っても、誰もいなかった。
だが確かに、声は耳元で響いた。風の音ではなかった。
「……もう、やだ……」
リナはぎゅっと両腕を抱え込んだ。
胸の奥が冷たくなる。この村に来てから、ずっと感じている“気配”。
誰かに見られているような感覚は、日を追うごとに強くなっていた。
やがて、一軒の家の前に差しかかった。
その縁側に、一人の少年が座っていた。
「……やあ」
リナが顔を上げると、彼がにこりと笑った。
「君、よそから来た子だよね。リナって言うんだろ?」
その少年は、ユウと名乗った。
リナと同じ年頃で、薄茶色の髪と、どこか儚げな目をしていた。
「こんな村、退屈でしょ。ぼくも、退屈してる」
それが、リナとユウの出会いだった。
どこか寂しげなユウは、村では浮いた存在のようだった。
年配の村人たちから距離を置かれ、誰とも深く関わらないように見えた。
「ねえ、ユウくん。ソトル様って、なに?」
その問いに、ユウは少し顔を曇らせた。
「……その話、あんまり聞かない方がいいよ」
「どうして?」
「この村では、“信じること”がすべてなんだ。
信じない人間は、“罰”を受けるって言われてる」
リナは言葉を失った。
まるで中世の迷信のような話――けれど、ユウの目は真剣だった。
「昔ね、この村で“信じない”って言った人がいたんだ。
その人、次の日にいなくなった」
「……え?」
「“山に帰った”って言われてた。でも……誰も、帰ってくるのを見ていない」
リナの背筋が、凍るように冷えた。
「ぼくの家は……この村の“中心”にある家なんだ。
だから、知ってるんだよ。ここが普通じゃないってこと」
ユウは、目を伏せた。
「ねえ、リナ……君に、聞こえるんでしょ。声が」
リナは息をのんだ。
「どうして……わかるの?」
「僕にも聞こえる。夜になると、誰かが囁くんだ。
“帰ってきて”って、“ソトル様”って……」
彼の手が、かすかに震えていた。
「でも、リナにだけ村人があんなに礼拝するなんて……おかしいよ。
きっと、なにかある。君と、この村のあいだに」
ユウの言葉は、リナの胸に鋭く刺さった。
――どうして私だけが、「ソトル様」と呼ばれるのか。
――どうしてみんな、信仰のように自分を崇めるのか。
霧の奥で、囁き声がまた響いた。
「……おかえりなさい……さま……」
リナは顔を上げた。
目の前にある小さな祠。
その奥に、黒く開いた入り口があった。
その瞬間、心の奥に、ぞっとするような“記憶”がかすめた。
――この祠、知ってる。
来たことがあるような気がする。
だけど、それは絶対にあり得ないはずだった。
ソトル様の名前の由来は私の好きなものです!
作品へのアドバイスなどありましたらよろしくお願いします!




