アルベールvs極彩色のオルレアン猛襲軍 第一節
およそ五十年前、イベリア半島で聖ヤコブのお墓が発見されました。
聖ヤコブとは救世主の弟子である十二使徒のひとりであり、数々の奇跡を起こした伝説を持つたいそうすんごい人でした。
教会の信徒たちはこの聖人の霊験にあやかろうとして、こぞってお墓参りに行きました。
いわゆる巡礼です。
フランク王国でもこのお墓参りはフィーバーしており、いくつかのルートが確立されました。
王都から出発する場合で有名なルートは、まずオルレアンへ南下します。
さらに下って順番にトゥール、ポワティエ、サント、ボルドー。
それからピレネー山脈を越えてイベリア半島へと入るのが有名で活気のあるルートでした。
通過する都市はどれも大きくて、フランク王国にとって要所ばかりでした。
「それがトゥールまで落とされてオルレアンに迫られているというのか!」
急報を皮切りに、どんどんと情報が入ってきました。
まずはボルドーのフランク王国軍が降伏。
そしてサントが電撃的に制圧されたといいます。
異変を察知したポワティエとトゥールは、なんとか応戦に打って出ました。
しかし敵の方が早かった。
あまりに早すぎました。
奮闘むなしく、この二都も陥落。
これらの状況が、たったの三日で錯綜していたようでした。
伝令の兵士はすでに十人以上が駆けつけており、情報を取りまとめるのもひと苦労といった惨状です。
敗走した兵や騎士たちはオルレアンへと落ち延びて、新たなるゴモラの軍勢はそれを追うように北上してきているといいます。
つまり聖なる使徒のお墓参りルートをさかのぼるように、悪徳の軍勢が攻めてきたというのです!
このままオルレアンが落とされれば、王都は目前。
喉元に刃を突き付けらるという状況へ陥るでしょう。
謁見の間は騒然でした。
「空飛ぶ船か」
伝令兵たちからの情報では、敵軍の作戦の要は空中戦艦でした。
確認されているだけでも三隻。
話の中にはアルベールの帰還に立ちふさがったレーヴァテインもあったようです。
「し、しかしトゥールから北上している敵軍には、空飛ぶ船はもういないのであろう?」
群臣の中から、おびえたような声が転がり落ちます。
「はい、空飛ぶ船はポワティエから動いていないようです。レーヴァテインもボルドーで停泊中。これはアルマースに受けた損傷を直し切れていない様子です」
「で、では北上している軍の勢いは衰えているのだな?」
「いいえ。確かに空飛ぶ船の姿はありませんが、その代わりに今オルレアンに迫っているのは……巨人たちなのです!」
その数は七基!
中にはケルト人たちの英知の結晶たる緑の巨人──かつてアルベールも戦ったネメトンの姿もあると言います。
さらにザクセン人たちの兵装意匠を色濃く反映した巨人が三基
ギリシア風の独眼の巨人が一基。
牛頭の魔王が一基。
最後に黒い騎士の巨人が一基。
各巨人に随伴する戦士たちも、それぞれの宗派の者たちが固めているといいます。
謁見の間はひどい動揺に包まれて、群臣は穏やかではない心境でささやきを交わします。
「静まるがよい」
しかしそんな空気を、王様の頼もしい声が拭い去りました。
「確かにこれは未曾有の事態である。十年前、国が三つに別たれた危地よりも厳しい状況やもしれぬ。しかし奇襲を許すのはこれまでだ。オルレアンに兵を集めよ! 緊急事態である、デュランダルとアルマースを飛ばすのだ。疾く準備をせよ。各国への承認は事後で取り付ける。巨人たちなどフランクの勇士の敵ではないことを教えてやるのだ!」
王様のみなぎる勇気が群臣たちの胸を打てば、誰もが闘志を燃やして奮い立ちました!
こうして王様は緊急の軍議を開き、各地の騎士と兵たちをどう采配するかの伝令を走らせます。
アルベールもまた心火を燃やしながら、軍議に参加します。
そうしてひと段落がついた頃、
「アルベールよ、そなたの騎士鎧は見事にもそなたを護り切って大破したと聞いている。次なる騎士鎧をあつらえてくるがよい」
王様に言い渡されたアルベールは、さっそく格納庫へと足を向けました。
目指すは親方のところです!
格納庫まで行けば、その大きな声で居場所がすぐに分かりました。
若い者たちに唾を飛ばして忙しく指示を飛ばしていた親方が、アルベールを見つけてすぐに駆け寄ってきました。
「アルベール! 生きてやがったか!」
「主の導きである。だが土産話は後だ。親方、予備の騎士鎧はあるか?」
「それがなぁ……」
親方がバツが悪そうな顔になりました。
現状、騎士鎧という騎士鎧を持ち出している状態でした。
全ての騎士鎧に振り分けが決定してしまっているのです。
「どっかの新入りのクルクスをお前に回すように……」
「いや、新入りであるからこそ現行の規格を備えさせておいた方がいいだろう。むしろ私にはエクソドゥスでよい」
「馬鹿野郎! ひと世代前の騎士鎧だぞ!? そんな不完全な騎士鎧なんて出せるか!」
「オルレアンが燃えるかどうかの瀬戸際である。もはや王都は目前だ。なんでもよい! 残っているものを私に回せ!」
「だが残ってるエクソドゥスなんざろくに動くか。おい、ちょっと待てアルベール。やはりクルクスだ。なんとか調達するから待て」
「どれほどの時を擁するか!」
「あー、うるせぇ! とにかく黙って待ってろ!」
空気が剣呑になったその時です!
「お困りのようだね!」
修道女は婦人用の小さな馬の背に乙女座りをした、全身黒づくめの修道女が現れました。
黒い薄絹を垂らして顔を隠した修道女ドロシーです。
「やぁアルベールくん、生きてたんだね! いや私は君が死ぬはずがないって信じていたよ。どれくらい信じていたかって言うと遠距離恋愛をする時の女子側の言う浮気しないってくらいの信じ度さ!」
「……修道女ドロシー」
アルベールはたったひとりで姦しい修道女の出現に眉根をひそめました。
かつて新たなるゴモラが一角たるアカデミアを拓いた女。
デュゲル博士の言葉を信じるならば、危険極まりない女だったことになります。
黒い薄絹の向こう側で、ドロシーの隠れた顔がうっすらと笑った気配がありました。
「デュゲルくんは元気だったかい?」
「そなたやはり……」
「おっと、私はすでにあちらを追放されている。こちらに身を寄せている以上、義理は通すさ」
「……信じよう」
「ふふ、ふふふ、いい顔だねぇアルベールくん。言葉で示されたからには、それを受け取らねば不義理という騎士道! だが感じるとも。私の言葉を受け取って、信じた上で私が裏切れば──ふふふ、一刀両断にせんばかりの鬼気をね」
ドロシーがフィンガークラップをするのを、親方がただひとり目を白黒させていました。
「なんでぃ、やっぱりこの女は怪しい奴なのか? 俺は前々からこいつはどっかの魔女が俺たちを化かしてるんじゃねぇのかって疑ってたんだ」
「的を射ている」
「話を進めようじゃないか、君たち!!」
ドロシーが手を叩いて先を促します。
そしてぴっと人差し指を立てました。
「一騎、誰も使いこなせなかった騎士鎧がある。調整は少々必要になるが、君の使っていた騎士鎧の三倍の出力を約束しよう」
「あっ!」
ドロシーの言葉に、親方が声を挙げました。
「てめぇまさかあれを……」
「そう、あれだ!」
「どれであるか!」
戦慄する親方のとなりでアルベールが首をかしげます。
「ついてきたまえ」
こうしてアルベールはドロシーの後についていきました。
親方も難しい顔でそれについていきました。
ドロシーが夫人用の小さな馬を格納庫の片隅へと進めれば、地下への階段がありました。
これを降っていけば騎士鎧のパーツや武器を保管している倉庫にたどり着きます。
さらに奥へ奥へと進んでいくと、試作の武装を纏めているエリアへとやってきました。
「えーっとこの鍵だったかな?」
やがてドロシーが鍵束を取り出して、奥の扉をがちゃがちゃします。
束になった鍵には「危険なアレ」「やばいヤツ」「乙女のメモリアル」「コードTHX-1138」などの表記がありいかにも怪しげでした。
ちなみに地下にまで降りてきてもドロシーは婦人用の小さな馬に乙女座りをしていました。
アルベールはこの修道女が自分の足で歩いているのをみたことがありませんでした。
やがてその扉が開くと、一騎の騎士鎧が鎮座していたのです。
重厚な造りで、実に頑強そうな装甲を備えた黒い騎士鎧です。
鋭角的なデザインですが、クルクスの洗練されたそれと比べて、全体的にゴツゴツとして無骨なフォルムでした。
肩アーマーもたいそうゴツく、タックルをするとメッチャ強そうでした。
肩甲骨にあたる部分にはマナジェットノズルが二基も配置されている騎士鎧でした。
「FLX-04デカログス。世代で言えば、第二.五世代と言えるものでね。試験騎的な騎士鎧さ」
「二.五世代?」
「十年前、この国を三つに分けた戦争で陛下の指示で主力としてロールアウトしたのが第三世代騎士鎧クルクスだ。しかし第二世代のエクソドゥスの完成度がむやみに高かったからねぇ。第三世代の完成には壁のようなものがあった。その壁を突破するため、いろいろとやってる時にできた怪物さ」
「ロール……なんだと?」
「投入って意味合いかな」
「ふぅむ」
アルベールがデカログスに触れました。
「随分と堅牢な装甲だな」
「アルベールくん、君は攻撃力と防御力と速力のどれが大切だと思う?」
「生き延びるための防御力であろう。故にこの装甲なのだな?」
「はいぶっぶー! 正解は全部が大切でした~。全部が大切だから、全部を限界までぶち上げたのがこのデカログスなのだよ、君。パワーとスピードを上げれば、そもそもそれで自壊しないだけの耐久力が必要になる。その剛性は装甲を厚くして無理くり捻出してるって代物なのさ。ただ兵器の常として、出力を上げようとすると重量がかさんじゃう。その重量をねじ伏せて出力を上げようとすれば、またそれで重量が増すって悪循環があってね。そのギリギリを突き詰めた試験騎だよ。現行規格であるクルクスの三倍の出力ってのは嘘じゃないのさ」
「なるほど」
アルベールがデカログスを調べ始めると、この騎士鎧の理解が深まるほどに厳しい顔になっていきます。
まず宝石炉が十九個も備わっていました。
フランク王国系列の騎士鎧の技術体系では、安定した機動に必要な数は九つから十個というのが理想的です。
それ以上に増やしても、もちろん出力は上昇をしていきます。
しかし宝石炉の数が多くても少なくともエネルギー効率が悪くなり、安定からもかけ離れるものです。
アルベールはこの騎士鎧の出力を全開にして戦ったイメージを浮かべて、首を振りました。
「……そなた、これを使う騎士の安全を度外視したな」
「ビンゴさ。当時における極限の設計で仕上げた。使いこなせたのはただひとり。取れたデータからデチューンを繰り返してできあがったのがクルクスというわけだとも──これを使うのにふたり死んでる……と言えば、君は信じるかい?」
「……」
アルベールと親方が黙り込んでデカログスを凝視しました。
「嗚呼! なんてことだ、さしものアルベールくんも黙り込んでしまうなんて! やっぱりこんな危なすぎる騎士鎧をアルベールくんにおすすめするべきではなかった! こんな並みの騎士では使いこなせるはずがなくて真の騎士の登場を待っている騎士鎧なんていかにアルベールくんでも扱いきれるはずがない! なんたる無配慮、ドロシーちゃん一生の不覚だよ君! ごめんね、アルベールくん、この話はやっぱりなかったことにして、適当に別の安心安全な騎士鎧でお茶を濁して──」
「これは神の思し召しである」
わざとらしいドロシーの挑発的な言葉をアルベールが遮りました。
「修道女ドロシー。私は新たなるゴモラで多くの脅威を目の当たりにしていた。クルクスの性能では不足に感じていたのだ。そこに私と巡り合わされたこの騎士鎧は、まさに主の導きに違いない。デカログス、このアルベールに任せてもらおう。そなたの謳う極限とやらを乗りこなしてみせる」
「ひゅ~! そう言うと思ったぜひゅ~! 流石は騎士アルベール! それじゃあ早速調整を……」
「待て」
そんなふたりに割って入り、アルベールの肩をつかんだのは親方でした。
「そいつは使わせられねぇ」
「親方」
「さっきも言っただろう。不完全な騎士鎧なんざ出せねぇ。アルベール、お前なら分かるだろう。兜が上手く据わらない、腕の装甲が少しばかり反応が鈍い。そんなちょっとの不備が死を呼ぶ。だから俺たち整備する人間は、完全に仕上げた鎧を騎士に預けなきゃならねぇんだ。それをこんな試作品……見過ごせねぇな!」
親方の絞り出すような言葉に、アルベールが首を振ります。
「親方、貴公の心意は痛いほどに理解できる。しかし貴公の心意と同じように、騎士として戦いを見送ることはできぬ」
「ならせめて……」
「新しいの作っちゃおっか?」
男たちの主張に、毛先をいじりながら軽く言ったのはドロシーでした。
「アルベールくんはもうクルクスじゃ満足できない体になってる。親方は信頼できないデカログスにアルベールくんを取られたくない。じゃあもう、親方が納得する騎士鎧をこしらえるしかなくない?」
アルベールと親方が顔を見合わせました。
「だ、だがそんなもんすぐにできるわけじゃ……」
「そうだよ。もうアルベールくんがオルレアンへ急行するのは決定事項さ。このデカログスを知ってしまったからには、もうアルベールくんを止められないとも。だからこれはその先の話。親方が新しい騎士鎧を造るのが早いほど、アルベールくんは信頼ならない試作品を使わなきゃならない時間が短くなるってわけさ」
「てめぇ……!」
テクニカルにアルベールを人質に取られたような感じとなって、親方が渋面になりました。
アルベールを見遣り、デカログスを見遣り……やがて親方が吹っ切れたように吠えました。
「やってやらぁ! いいだろう、赤い竜とやりあえるような騎士鎧をこの俺がこしらえる! そんな試作品なんざ、すぐにおっぽれるようにしてやるぜ! おい魔女!」
「リリカルシスター★ドロシーさんじゅうななさいと呼びたまえ親方」
「まずはこいつの性能を洗いざらいしゃべりやがれ」
「いいとも。すぐに報告書とテストレポートを全部持ってこよう。あれからずいぶんと時間も経った。今ならばデカログスを超える騎士鎧ができないとは言わないさ」
ふんといきり立ちながら、ぷりぷりとして親方がデカログスの保管庫を後にします。
それにすぐさま後を追わず、アルベールがドロシーを顧みます。
「あれから、とはいつからを指すのだ?」
「ふふ、年齢に関する情報は女の子には禁物だよ、アルベールくん?」
「……国を別つ戦争が十年前。その時にクルクスが投入されたからには、それよりも以前であろう。すでにその時には新たなるゴモラから離れ、フランク王国にいたとは理解できる。では、アカデミアの創設とはいつだ? そなたが新たなるゴモラを追放されたのはいつか?」
「おや! おやおやおや! ぐいぐい来るねぇアルベールくん! そんなにも乙女・ザ・ドロシーちゃんに興味津々なんて! やだ、ドロシー恥ずかしい! こういうのはまずはプロフィール帳を交換しようじゃあないか、アルベールくん! 私の無駄にキラキラしたぷっくりネコちゃんシール満載のきゃわわプリティなプロフィールで悶絶をしてから交換日記で徐々に過去バナとか元カレの話が開示されていくとも、君!」
「デュゲル博士はそなたにずっと勝てなかったと言っていた。そなたはアカデミアに、そして新たなるゴモラに何を残した?」
「──ふふ、」
やがてドロシーから、観念したような笑い声がもれました。
「いやいや、どうやら今回ばっかりはふざけたおしてはぐらかすには状況が良くないねぇ。私が残したもので現存するそれそのものは少ないだろう。だが設計や草案については膨大なものが残ってしまっている。それが今の技術で再生されたり、発展した形で投入されているのは事実だ。赤い竜もレーヴァテインもそうだ。ネフィリム、モレク、獣神合体ケルヌンノス、タラスク、ラハブ、ペルーダ、フェニックス、ベヘモト、レヴィアタン──だが重ねて言うが、私もこの国に義理を通すべきだとは思っている。情報を惜しまずに提供しているよ」
「信じよう」
「んん! 歯切れが良すぎィる!」
こうしてアルベールは新たなる騎士鎧デカログスを手に入れました。




