アルベールvs鋼のザクセン軍 第一節
街は活気と熱気に溢れていました。
すっかり夜が更けているのに、明かりが盛大に灯されて昼もかくやという有様です。
ごった返す人の波は、王都よりも密度があるかもしれません。
「すさまじい人だな」
「がはは、もはやここは人も物も王都を凌ぐぞ」
見渡せば珍しい果物が露店に山積みされており、ひっきりなしに大きな馬車が行き来しています。
歓声が聞こえたのでそちらを見れば、踊りを披露するロマの娘や、火を噴く唐人といった大道芸が開かれていました。
洋の東西を混沌とした賑わいでした。
「ここにはなんでもそろっちゃってるわよぉ。何の規制もなく、全て平等だからねん」
「混沌とし過ぎてはいるが……この賑わいを嫌いきれないな」
「うふ、大したものでしょ? これも陛下の威光が成せる盛況よん」
アルベールはさらに遠くへ目を凝らしました。
どうやらこの都はそびえたつ非常に高い壁に囲まれているようです。
「出る算段かしら?」
そんなアルベールの視線を辿って、アルキダモスが悪戯っぽく微笑みます。
「そうだな。そもそもここはどこなのだ?」
「ピレネー山脈の一角よん。山々の盆地になってる部分を整備しちゃってできた都ってわけ」
「なんと! 峻厳たる山脈に、何もかもがそろう都とは……どれほどの労力で打ち建てられたというか!」
やがて高級そうな酒場へと足を運びました。
「おう店主、酒じゃ酒じゃ! とにかくなんでもよい、持ってくるがいい! いや、なんでもよくはないのう。まずはエールじゃ」
「これはゼヌ様、お久しぶりです」
ずかずかと大股に押し入れば、奥のテーブルへとどっかり陣取ります。
三人には大きすぎるテーブルですが、ゼヌも店主も慣れた様子です。
「金払いがいいからね、ゼヌ。ちょっと煙たがられるけどそういうのも許されちゃうのよん」
だから気にしないでいいわよぉ~とアルキダモスもリラックスして着席です。
ならばとアルベールが座ると、三人にエールが給仕されました。
「どれ、それでは地獄の大魔王サタンをこの酒で讃える」
「バッカスと共に酔わんことを」
「主よ、思し召しに感謝します」
三者三様に祈りを捧げれば、ぐいとエールを煽りました。
「美味い。上等なエールである」
一息でエールを干したアルベールが感心するように言いました。
「そうであろう、そうであろう。貴様ら教会の信徒はすぐに葡萄酒じゃ。我らフランク人は古来よりエールであろうが!」
「あたしもどっちかと言えば葡萄酒だけど、上等なエールも悪くないわぁ」
ゼヌも一息に飲み干して、さっそく次の杯に移ります。
「おう騎士アルベールよ、貴様の目に陛下はどう映ったかね?」
「一国を統べるには十二分の覇気であった」
「ぐはは、陛下は一国では済まぬぞ。我らが見据えるのは世界よ!」
「世界征服か。あれは本気なのだな」
「当然よ。おう、騎士アルベール。世界はな、常に進歩しておる。かの大帝がおった頃の五十年前ならまだしも、今の三つに別たれたフランク王国ではそれに抗せるものではない」
「三つに別たれてしまったからこそ、教会の威光の下に団結すべきなのだ」
「教会こそ発展を妨げる!」
「貴公らの言う発展は、民草を踏みにじるやり口であろう。外国と渡り合わんとする気概は理解できぬでもない。しかしそのためにこそ、民草を慈しみ国力を養わずなんとする」
「交易で潤えばよかろう」
「それは地力ではあるまい。他に頼る国の在り方で、世界に打って出る戦ができるものか」
「かぁー! 分からん奴よ! そういうのもな、武威を示せば、敵から貢いでくるというものよ!」
「アルベールちゃん、分かってると思うけどこの竜騎士、陛下の受け売りしかできないから問答は無駄よ」
アルキダモスが鼻で笑いました。
「聞いておれば分る。画を描いているのはクロヴィス王とムルガルとやらではないのか」
「おおむねそうだわよ。あのふたりの頭の中なら、確かに世界に対する絵図はあるんじゃないかしら」
「貴公はどうだ?」
エールを空けて葡萄酒を舐めていたアルキダモスへアルベールが問いかけました。
「あたしはただここが居心地がいいだけよ」
「同胞殺しの上の居心地がか?」
「あら、」
アルキダモスが葡萄酒を飲む手を止めました。
「覚えちゃってたの」
「当たり前だ。天蝎の騎士アルキダモスよ。ずっとはぐらかされておったが今日は腹を割って話してもらうぞ」
「あらあら、お酒に釣られてきちゃったけど、やぶ蛇だったかしら」
アルキダモスが困ったように頬に手を当てます。
それをゼヌが小首をかしげます。
「なんじゃ、こんな男の身の上が気になるのか」
「ずっとこの身を診てくれていたのだ。言動は妖しいがそこは真摯であった。腕も良い。気にもなろうよ」
「あららん、褒めても何も出ないわよぉ? 秘密は女を魅力的に見せるもの。あたしはそうそう自分を安売りしませんからね。どうしてもって言うなら、あたしともっと甘ぁい関係に───」
「こやつはな、ギリシアを守護する十二の流派のひとつを継ぐために修行をしておった男じゃ」
「んもう! んもう! 勝手にしゃべっちゃうなんてんもう!」
「やかましい。さっさとしゃべらんか、男らしくない」
ゼヌが鼻で笑います。
「よいかアルベールよ。流派を受け継ぐということは、ギリシアから離れられなくなるということじゃ。故にこやつらはな、掟を強要する同胞を斬って外へ飛び出した」
「ふん、全部バラしちゃうなんて。無粋な男ね」
そんな話を聞いて、アルベールはふぅむと難しい顔をしました。
「そうよ。星を象った十二流派、その天蝎宮を継ぐ修行をあたしはしていたわ。出奔は許されない。そういう掟。でもね、アルベールちゃん。もう古いのよ、そういうの」
アルキダモスが上品に葡萄酒を空けました。
たんとグラスで強くテーブルを叩きます。
「ギリシアで修業を重ねてあたしは気づいたわ。せっかく培った力と技を、あんな過去の栄華しかない古い国で使い潰すなんてもったいないってね。あんな田舎でぼんやりと朽ちていくよりも、身に着けた強さを十全に使い尽して、あたしたち自身が栄華を掴む。あたしたちこそが栄華となるのよ」
アルベールは、ぎらりと光るアルキダモスの双眸に野望の火を見ました。
「そのためには陛下についていっちゃうのがてっとり早かったのよ。ま、あたしたちがこの都で功を立てたあかつきには、ギリシアの支配権もらっちゃって古臭い街並みとか壊しまくってシャレオツに改造しちゃおうかしら、うふ」
「なるほどな」
アルベールが嘆息して、エールを飲み干しました。
「天秤の騎士とやらも出奔を共にした共犯か」
「そ。天秤の騎士と、獅子の騎士。それと雷霆派のイキの良い男たちと一緒に出てきちゃった」
「雷霆派?」
「ゼウスを信奉する武闘派集団よ。ま、戦闘員ね」
「安心したぞ」
アルベールのその言葉に、アルキダモスがきょとんとしました。
「貴公を妖しく不気味な存在だと思っていたが、野望に燃えるただひとりの男だと理解できた」
「ふんだ。だからヒミツにしてたかったのに」
「私も男だ。磨いた技を思うままに振るい、その威力に酔いたい気持ちは分る。だがその強さのみを恃んで己を育んだ大地を省みないのならば、やがて野心の炎は己の身を焼くであろう」
「いやよ、焼かれるのはフランク王国。あたしたちの炎は、止められないわよ」
「止めてみせる」
「うふ、できないとは言わないわ。け・れ・ど・戦場では手加減しないわよ?」
アルキダモスが投げキッスをしたので、アルベールはそれを躱しました。
それから少し悩むそぶりをして、
「……私は、一度だけ手加減をしよう」
そう言いました。
「貴公には傷んだ体が世話になった故」
アルベールの真面目くさった顔に、アルキダモスとゼヌが爆笑します。
嘲りの音色はありませんでした。
「いいわぁ、アルベールちゃん! それでこそよぉ。一度だけの手加減、ヨロシクしちゃおうかしら!」
「ううむ、やはり手加減をしたくなくなってきたな」
「んもう! なによアルベールちゃん、んもう!」
「がはは、よいぞ、騎士アルベールよ! さぁ飲め、もっと飲むがよい!」
こうして三人は存分に痛飲して、大いに武勇伝を語り合いました。
「ところで私の騎士鎧はどこにあるか?」
すっかり飲み明かした頃合い。
アルベールが腸詰をほおばりながら尋ねました。
「盾以外はずたずたであったのう。廃棄されておるのではないか?」
「いいえ、デュゲルおじいちゃまのところに回ったわよ。おじいちゃまったら、あの盾を見て目の色を変えてたんだもの。鎧も使い物にならなくなってたけど、盾と合わせて研究解析しちゃうわよん! って感じに燃えてたわ」
「あの老爺か」
アルベールは謁見の間でゼヌと口論をしていた、車椅子の老人を思い出しました。
「兵器絡みだとうちで最高の頭脳よ。通称、悪魔博士」
「気に食わんが、奴の腕と知恵は見上げたものよ」
アルキダモスの説明に、ゼヌが不機嫌に腸詰を三本纏めてほおばって、エールで流し込みます。
もう杯を放り投げて、樽ごと傾けて飲んでいました。
「鎧は仕方ないとして、盾は返してもらわねばならぬな」
「なぁに、大事なものなの?」
「竜騎士ゼヌに唯一対抗できたものだ。陛下より賜った宝石を使い、尊敬する仲間が鍛えてくれた逸品である故、手放して帰っては慙愧に堪えぬ」
「うふ、デュゲルおじいちゃまは根っからの教会嫌いで騎士嫌い。おまけにゼヌも嫌いだから、ゼヌのお気に入りの教会の信者な騎士であるアルベールちゃんじゃあ、返してなんて言っても聞いてもらえないんじゃないかしら?」
「頑迷な手合いには見えたな」
「そうじゃ、あやつはいつもいつも頭が固くて、融通が利かぬ。理屈ばかりの厄介な男での。長い付き合いじゃが未だにそりが合わんわい」
「へぇ、どのくらいいがみ合ってるのよ」
「最初に出会って、かれこれ五十年かのう」
アルベールとアルキダモスが顔を見合わせました。
「そう言えばあんたいくつ?」
「わしらはまだ七十じゃ!」
「「七十!?」」
アルベールとアルキダモスが声をそろえて驚愕しました。
健康的な黒い髪、はち切れんばかりの筋肉と、しわひとつない肌。
がぶがぶと酒を飲み続けているゼヌは、どう見ても三十半ばといった偉丈夫でした。
「信じられんな」
「生命力の塊だと思ってたけど……老けないほどだなんてね」
樽の中身を飲み干して、ゼヌがふんと鼻を鳴らしました。
「わしは子供の頃にフランクの大帝を見たことがあるぞ。奴の命の輝きに比べればまだ足りぬぐらいじゃ」
「かの大帝を仰いだことがあるとは! なんとうらやましい」
アルベールがうっとりと感嘆しました。
「もう六十年も昔か。あの力強さに届くまで、まだ三十年は必要そうじゃ」
「百歳まで生きる気?」
アルキダモスが呆れたように笑います。
「それで、騎士鎧をどうするつもりかね?」
「返してもらいにゆくさ」
「追い返されたら?」
「まかり通る」
ゼヌとアルキダモスがふたり声をそろえて大笑しました。
「よし、いいぞ! それでこそよ騎士アルベール! 今からデュゲルの所へゆこうではないか!」
「今から?」
「ほれ、ちょうど太陽も昇っておる。いささか時刻は早いが、じじいならもう起きておるじゃろう」
「それもよい」
気づけばすっかり夜が明けておりました。
一晩中飲んでいましたが、強靭な肉体の三人ともにほろ酔い程度です。
ほろ酔いとはいえ酔いは酔い。
ついつい調子づいて浮ついたものですから、ふわっとしたノリで悪魔博士へ突撃訪問しようとしているのです!
「親父、勘定だ! また来るぞ!」
ゼヌがこの一晩の支払いの、軽く十倍に及ぶ価値になる宝石をいくつも適当にテーブルに転がしました。
店主は飛び上がって宝石に飛びつきます。
店から出れば、早朝の爽やかな風が頬を撫でました。
まず目に飛び込んできたのは、朝日を浴びて偉容をしらしめす城の存在感です。
街を睥睨する巨大なその城こそ万魔殿。
白亜の宮殿であり、城砦たる新たなるゴモラのシンボルです。
視線を下ろせば、朝からにぎわいを見せる街がアルベールの視界いっぱいに映ります。
たくさんの馬車から荷下ろしをしたり、露店で朝餉をかき込んでいる屈強な男たちが楽しそうにしゃべっています。
「夜を徹して物を運んできたり、日の出ていない朝から捕ってきた魚を卸したり。朝も賑やかだわよ、ここは」
アルキダモスが前髪をかき上げて、清々しい空気を肺一杯に吸い込んで微笑みます。
「夜のこの都も好きだけど、あたしは朝の方が好きね」
「私もこの活気自体は嫌いではない」
アルベールが気力に満ちた人々を眺めて呟きました。
言葉とはうらはらに、厳しい表情でした。
溌溂な人々の生活が確かにここにはあります。
しかしそれが、幸せに暮らしているフランクの民たちを焼く動力になっているのです。
アルベールは十字を切り、この残酷なまでにもどかしい人の営みの綾を天の神様に祈りました。
「こっちじゃ。ついて参れ」
ゼヌが歩き出し、ふたりもそれについていきました。
アルベールとアルキダモスの酒の量を併せて、さらに三倍したほどに飲んでなおしっかりとした足取りです。
街から外れる方角へ歩いてゆけば、やがて高い塔が見えてきました。
やがて全貌が見えれば、それが大きな建物の一部だと分かります。
アルベールはその建物に、学舎の趣きを感じました。
「あそこがデュゲルおじいちゃまの拠点よ。新兵器の開発やあらゆる国の技術を貪欲に集めて、さらには人材の教育まで担っちゃう通称アカデミア!」
「ふん、かび臭いところじゃ。ええい、ノリでやってきたが、あのじじいの顔を思い出すと胸糞が悪くなってきたわい」
「いやよ、ゼヌ。アカデミアで暴れないでよねん。あたしもお世話したり、お世話になって愛着があるんだから」
門にまで近づけば、衛兵も立っていて厳重な警備です。
「これはアルキダモス様。おはようございます。御用ですかな?」
「はぁい、おはよう。ちょっと忘れ物を取りにきたわ。ついてにおじいちゃまの顔も見て帰ろうと思うんだけど、いるかしら?」
「はい、デュゲル博士なら昨晩からこもっておられますが……」
衛兵はゼヌとアルベールを怪訝そうに見遣りました。
「うふ、ゼヌがここに来るのは珍しいかしら? こっちのイケメンは今のあたしの彼ピよ」
「何故そのように無意味な嘘をつく」
アルキダモスの冗談に、しかし衛兵は堅い表情です。
「ゼヌ様に保護された噂の教会の信徒ではありませんか?」
「あら、もう知っちゃってたの?」
アルキダモスが目を瞬けば、衛兵たちの表情が厳しくなりました。
「王の裁決は聞き及んでおります。しかし教会の者を通すわけには参りませんな」
「いやん、いけずぅ」
アルベールがずいと衛兵たちに歩み寄ります。
「私はフランクの騎士、アルベールである。この学び舎に、私の盾があると聞いて参った。貴公らの勤めは承知している。しかし私も譲れぬのだ。まかり通させていただこう」
衛兵たちが剣を抜き放ちました。
一方のアルベールは無手。
開手を構えた、その時です。
「何事ですか?」
背後から静かな、しかし芯のある声がかかりました。
そこには不思議そうな顔で、アディラが立っていました。
「アディラ殿」
「珍しいお客様ですね。どういった組み合わせなのでしょうか」
「あたしたちはアルベールちゃんの付き添いよん」
「盾を返してもらいに来たのだ、アディラ殿」
「盾?」
アルベールの言葉を反芻して、アディラはすぐに得心したようでした。
「宝石炉を搭載した、あの盾ですね」
「左様」
「少々お待ちください。デュゲル様に取り次いで参ります。それまで、暴力沙汰はお控えくださいますよう」
アディラがアルベールにも衛兵にも強い眼差しで言い含めて、足早にアカデミアへと入っていきました。
アルベールとゼヌが顔を見合わせて、待つことしばし。
やがて奥からアディラが押す車椅子に乗って、デュゲルが姿を現しました。
しわくちゃの顔で、なお煌々とした目が三人を見渡しました。
「アルキダモスと騎士アルベールは通せ。赤い蜥蜴は駄目じゃ。いつ暴れるか分かったものではないからのう」
「なんじゃとこのじじい!」
ゼヌが大股で詰め寄ろうとすると、十人がかりで衛兵がそれを止めます。
その衛兵もひとりふたり、摘まみ上げられて放り投げられるのですが、なんとかゼヌの前進を留めます。
「ま、ふたりはこんな感じだからねぇ。許可をもらったあたしたちは先に行っちゃいましょ」
アルキダモスがアルベールの腕を引いて、ゼヌの隣をするりと通り抜けます。
「誰かの首の骨とか折っちゃダメよ~」
気楽な一言をかけるアルキダモスと共に、アルベールが車椅子と並んで歩きます。




