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62 クライネ大集合

 午後5時を過ぎてもさすがに7月の日は長い。


 シャワーを浴びた虹子は髪を乾かして一旦16号室に戻り、金美麗きんみれいと一緒に裏庭に向かうことにした。部屋を出る前に美麗が「ほいっ」と言って虫除けスプレーを貸してくれた。


「この時期だ。外にいるとモスキートに刺されやすいから入念にね」


 わざわざ蚊をモスキートと言う必要があるかはさておき、さりげなく気が利くところは頼もしい。16号室のドアを閉めて、廊下を移動しながら、虹子は美麗のことをちょっと聞いてみた。


 虹子「金ちゃんて、コリアン3世?」

 美麗「天下の大泥棒みたいな呼び方するなよ、に〜じこちゃん」

 虹子「モノマネが雑!あたし、あんなセクシーボンバーじゃないから」

 美麗「十分でしょ。ふふん」


 そう言いながら美麗がまじまじと胸元を見てくるので、虹子は慌てて両腕で隠す。


「ちっ」


 美麗はあからさまに舌打ちしてから、笑顔で「正確には違うよ」と答える。


「ソウルで生まれたんだ、親の仕事で子供の頃にこっち来たから、あんまり覚えてないけど」


 虹子「そっか。日本での実家は?」

 美麗「横浜の関内かんないってとこ」

 虹子「ああ、あの関内か。コリアンタウンのある」

 美麗「関内、来たことあるの?」

 虹子「雑誌で読んだだけ」

 美麗「な〜んだ。だけど横浜というと中華街のことばかり言われるから、サンちゃんがコリアンタウン知ってただけでも嬉しいたけ」

 虹子「しいたけ?」

 美麗「今度案内するよ。ハマのゴールドビューティーこと金美麗と行く、関内スイーツ巡り。1日で三倍になれるぞ」

 虹子「それはいやっ」


 そんな雑談をしながら裏庭に行くと、大きめのドーム型テントが2つとタープが設営されてあり、バーベキューの網と鉄板も置かれていた。


 その横には蓋のあいた大きなクーラーボックスもあり、氷入りで張られた水の中には缶ジュースが大量に入っている。


「適当に取って、飲んでいていいって」


 声の主は朋美だ。半分ほどタープのかかった長テーブルに華、沙羅、シャワーを浴びて着替えも済ましたらしい朋美が、向かい合って座っていた。


 彼女たちの手前には小野乃木桃香おおのぎももかとスナック菓子の袋を手にした黄宮こみやひなぎくもいる。そしてもう一人、足元のランを優しく撫でる容姿端麗な女子は蝶野ちょうのさくらだ。


 三人は揃って例のジョイフル磐田のレプリカユニを着ていた。さくらが虹子に向かって「お久しぶり」と手を振る。


 虹子「おひさ。ラン、本当さくらに懐いてるよね」

 さくら「私というかブルームね」

 虹子「さくらの愛犬、そうえいば、なんでブルームなの?」

 さくら「”さくら咲く”の”咲く”を英語にしただけ。私が子供の頃に付けたの」

 桃香「さくら、ラン独り占め、ずるい」

 さくら「あら、桃香もさっきまで抱きついてたじゃない」

 ひなぎく「ひなも八郎はちろうを触ってきたに」

 虹子「八郎?」


 そう言うと、ひなぎくが左手に持っていたスマホの壁紙を見せてきた。


 ひなぎく「実家の豆柴。ひなと違ってしっかり者だに」

 虹子「自分で認めるんかい!」

 ひなぎく「でも足はひなのが速い。えっへん!」

 虹子「犬より速いんかい!」


 華によると今夜、裏庭のテントで寝るのは華、ひなぎく、桃香、さくらの実家組4人と来客の香月朋美かづきともみ。そして寮生の紅井沙羅あかいさらも、せっかくの朋美との再会なので、テントで寝ると言う。


 虹子もゲストとして仲間に入らない訳にはいかない。華に「どうする?」と聞かれたが「こっちで寝るよ」と伝えると華も喜んでくれた。


 美麗「私はマイルームで寝るけど、なるべくみんなといるよ」

 沙羅「結局ここで寝そうだけどな」

 ひなぎく「きゃはは、みりょぽん寂しがりやだから」

 華「うふふ」

 桃香「モモはランと寝る」

 さくら「じゃあ、ランも一緒に同じテントで寝ましょう」


 それまで大人しくしてていたランが嬉しそうに「アン!、アン!」と鳴く。


 寺沢紫乃てらさわしのがバーベキューの食材を持ってやってきたので、華が席を立って手伝いに行く。虹子も立とうとすると、華が「虹子はいいから」と言って、代わりにひなぎくを呼ぶ。


「ひなは他の子の3倍食べるんだから、その分働くの」


 華に言われたひなぎくは「へいへい」と言って、華に付いて庭の横手にある水道で、お菓子まみれの手を洗いに行った。


 ひなぎくは常識が無いようでいて、ちゃんとしているところはしている不思議ガールだ。


「モモも手伝う〜」


 そう言って立ち上がった桃香を「桃香はいいの」とさくらが引き留めた。桃香の手前、その場で理由をさくらに聞けないが、虹子にも何となく察しは付いた。


 しばらくすると肉が焼ける音とともに、香ばしい匂いが漂う。あたりが少し暗くなってきたところで、それぞれの個室に待機していたらしい寮のメンバーが、ゾロゾロと庭に集まってきた。


 黄色いメッシュ頭の与謝野楓よさのかえでに続いて、黒Tシャツに青い短パンの荻野目蒼おぎのめあおいがメンバーに「うーっす!」と挨拶した。


 さらに3年生の黒木千尋くろきチヒロ原川陽縁はらかわひより、そして銀谷静かなやしずか紺野巴こんのともえもいる。おのおのに缶ジュースを手に取り、テーブルの席に向かった。


「きゃは、巴御前ともえごぜん!」


 ひなぎくが嬉しそうに巴に飛びつく。巴もやれやれという顔をしながらも頭ひとつ低いひなぎくの頭をポンポンと叩く。


「うるさいぞ、ひなぎく!」


 蒼に言われて、ひなぎくはあかんべを返す。二人ともクライネ入団がかかった紅白戦では敵だったが、これから一緒に戦って行く同級生の仲間たちだ。


 寮母の恵子さんも、陸斗と共にようやく庭に現れた。虹子の方に手を振ったので、虹子も振り返しながら会釈した。


 それまで、さくらの足元で大人しくしていたランが、嬉しそうに陸斗のもとに駆け寄る。やっぱりランの一番の主人は陸斗か・・・


「虹子〜!!ユー、元気?」


 長い手をいっぱいに振りながら庭に入ってきたののはマゼンタだ。その後ろから本城ほんじょうあずき、月野琥珀つきのこはく千草沙織ちぐささおり、東雲奈々しののめななみが入ってきた。


 そしてラスボス、ではなく二本の大きなヘラと大量のそばを乗せた大皿を手に、実家が鉄板焼き屋の唐銅からかねあかりが登場した。


「おおっ!」


 メンバーが一斉に歓声をあげると、あかりが手をあげて応えた。まるで民衆の前に現れた英雄のようだ。


 紫乃、華、ひなぎくが肉や野菜を焼く網とは別に用意された横長の鉄板に油を敷き、そばの脇の野菜を素早く落として、さらに豚肉を焼く。


 焼き加減を確かめてから、そばを鉄板に移してヘラで返しながら焼いて行く。水を注ぐとジューッと言う音が響いた。そして頃合いを見て野菜と豚肉をそばに絡めて、味付けをする。


 庭が富士宮焼きそばの店のオープンテラスのようになった。あかりがそばを焼き始めてからは会話もまばらになり、そのヘラさばきに見入っていた。さすがは「あかり」の看板である時枝おばあちゃんの孫だ。


 その間にも華とひなぎくと入れ替わりで、東雲奈々美とマゼンタ・カビルが肉を焼いている。この辺りもチームプレーのなせる技か。虹子にはそうした光景の1つ1つがかけ替えのないものに思えていた。


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