57 お婆ちゃんの「しぐれ焼き」
「そこの二席に座って。狭いけどごめんね」
お店の女性に案内されるがままに、虹子と朋美は脇にリュックを下ろして腰掛けた。
目の前の鉄板はいかにも熱そうだが、店の中はエアコンが効いていて、汗もすぐに乾きそうだ。
見た目で、唐銅あかりのお母さんだとすぐに分かる。目と髪の色がそっくりなのだ。髪型まで似ている。
ショートヘアの良く似合う魅力的な女性だ。鉄板を焼いているのは愛想の良さそうなおばあちゃんで、常連客らしき人と話しながら、お好み焼きを大きなヘラでひっくり返していた。
奥の方で仕込みをしている男性が、あかりのお父さんなのかもしれない。虹子は勝手に想像した。
奥さんが話し上手で、旦那の腕は確かだが無愛想というのは小説や漫画で、こういうお店の良くある構図だ。
メニューは壁の上のほうに貼ってあり、焼きそばの他にお好み焼きが豚、イカ、ミックスなど。そして「しぐれ焼き」というメニューも目に入った。
実は前日のやり取りから少し経って、あかりから「しぐれ焼きはぜひ食べて」とメッセージがあり、加えて「おばあちゃんを褒めたらいいことあるよ」と教えてくれた。
褒めると言っても「若く見えますね」とか、ありきたりのことしか虹子には浮かばない。頼れるパートナーである朋美に大事な情報を伝えそびれた。
とりあえず、ノーマルの「焼きそば」と「しぐれ焼き」を頼んで、二人でシェアすることにした。そして飲み物を頼もうとすると、お母さんらしき店員さんが、グラスに入ったウーロン茶を二つ置いて「これはサービス」と大きな瞳でウインクしてきた。
しどろもどろにしている虹子をよそに、朋美が「おおきに〜」と答えたので「あれ、関西の人?」と聞かれた。朋美は「バリバリ関東です。なんちゃって関西弁」と笑顔で答える。
その会話をみんな聞いていたのか、店内に笑いが起きた。
焼きそばの脇に具材が乗った銀の大皿とお好み焼きの生地が入ったボウルを、あかりのお父さんらしき男性が、おばあちゃんに渡す。
するとおばあちゃんは鮮やかな手捌きで油を敷き、二玉の焼きそばと具材を別に鉄板の上に乗せた。
朋美「一緒に焼かないんですね」
おばあちゃん「そりゃそうだよ。最初から混ぜたら、キャベツとかお肉が生焼けになっちゃうでしょ」
朋美はただでも大きな両眼をさらに見開いて、うんうんと肯いている。
おばあちゃん「まずは別に焼いて、後で混ぜるの」
朋美「おおなるほど。おばあちゃん、物知りですね」
おばあちゃん「もう何十年も焼いてるからよ」
常連客「富士宮の焼きそばは自分で焼く店も結構あるけど、ここではみんな時枝さんに焼いてもらうんだよ」
朋美「へえ〜、すごい時枝さん」
常連客「そうそう。時枝さん焼き方が絶妙だから。自分で焼いても、あの味は出せない」
朋美「おお、すごい。時枝さん、焼きそば名人だ」
時枝「あんた、人を褒めるのが上手だね」
朋美と時枝お婆ちゃんのペースで会話がどんどん進んでいく。常連客らしき人も、お好み焼きを頬張りながら、二人の会話に聞き入っていた。
おばあちゃん「名前はなんだっけ?」
朋美「朋美です。月を二つ並べてトモ、ミは美しいでトモミ」
おばあちゃん「あんたべっぴんだもんねえ。あかりが男なら嫁に取りたかったねえ」
朋美「時枝さんの漢字は?」
おばあちゃん「時間の時に枝だよ」
朋美「時の枝か。いい名前。ねえねえ、おばあちゃんモテたでしょ」
おばあちゃん「何言ってんだよ。空の上の彼氏に聞こえるじゃないか。おい泰造、お嬢ちゃんたちにイカゲソ持っておいで。ひかりも何やってんだい。ウーロン茶のおかわり!」
あかりが言ってたメッセージはこれかと虹子は思った。しかし、朋美に伝えてもいなかったのに、おばあちゃんを乗せてしまった。
さらに、先に出来上がった焼きそばを「美味しい、美味しい」と食べるので、さらに時枝さんの機嫌を良くした様子だ。
あかりが勧めてくれた「しぐれ焼き」は焼きそばとお好み焼きがミックスしたもので、一見して広島風だが・・・
「仕上げにカツオの粉を振りかけるのが特徴なのよ」
ひかりさんが横から教えてくれた。虹子はヘラに乗せてハフハフしながら口に運ぶ。
「うまいっ」
虹子の反応を見て、朋美と会話が弾んでいた時枝も「そうかい?」と笑顔で虹子の方を見た。
「うん、うん」
虹子は頷きながら食べ進める。朋美のように気の利いた言葉は出てこないが、時枝おばあちゃんをさらに機嫌よくしたらしく、裏メニューという「卵焼き」が出てきた。
ふんわりとした卵焼きを常連客さんも羨ましそうに見ていたので「どうぞ」と切り分けて進めると、代わりにミックスのお好み焼きを虹子と朋美に一切れずつ分けてくれた。
最後はデザートにプリンまで出してもらって、すっかりお腹が膨れた虹子と朋美は「ごちそうさまでした」と言って席を立つ。
おばあちゃんと常連客さん、そして泰造と呼ばれていたあかりのお父さんらしき男性にも挨拶をして、リュックを背負ってドアを開けた。
「二人ともちょっと待ってて」
ひかりさんがそう言いながら奥のほうに行き、袋を持ってドアの外に出てきた。
ひかり「これ、あかりに頼まれた焼きそば。今夜のバーベキューで使うって」
虹子「あ、はい」
ひかり「荷物になっちゃうけど、ごめんね」
虹子「いえいえ、大丈夫です」
ひかり「じゃあ、あかりによろしくね。朋美も」
朋美「了解しました!」
海軍の兵隊みたいなポーズをして返した朋美を見て、ひかりがクスッと笑う。
本当に美人だなあ・・・
あかりはまだ美人というより可愛らしいだが。このお母さんの娘と、これから「クライネ」でポジションを争っていかないといけない。
だけど、あの「沼津スイッチ」が入った時の面倒臭さはさておき、あかりとも仲良くなれそうな予感が虹子はしていた。
まだUNITYのやりとりしかしてないが、寮に着いたらグランブル沼津のスイッチを入れないように、気をつけながら話してみようと虹子は思った。




