55 富士山とモフモフタイム
「富士見大通り」の歩道をしばらく進むと「ゆっくり走ろう」と表示されたコンクリの歩道橋があり、そこを抜けて歩いていくと、交差点を跨るさらに大きな立橋が目の前に飛び込んできた。
歩行者用の階段もあるが、朋美はわざわざ自転車用の長い通路を選んで、向こう側の道路を目指す。虹子もそれに続いた。
「ウオーッ」
叫びながら走って行く朋美を見ながら、ちょっと恥ずかしい気持ちになったが、虹子も周りに人がいないことを確認すると「ウオーッ」と叫びながら朋美を追いかけた。
その先には蓼原大橋があり、坂道の右手には電子機器の大企業である「YOSHIBA」の白い鉄塔がそびえ立っている。
その背後にあるのは巨大な富士山だ。スマホで写真を撮りあってからツーショットの自撮りをして、朋美は沙羅、虹子は華に画像を送り合った。
「まだまだ序の口よ」
そう言い放った朋美がいきなり坂道ダッシュをスタートした。この辺がただの女子二人の旅と違って、体育会系のノリが出てしまう。同世代の男子が見たら引かれそうだが、二人はそんなこと気にしない。
真夏の日が高くなってきた時間に、無駄に大汗をかいてしまった。虹子はリュックからハンドタオルを取り出して首筋を拭った。
坂を下ると富士山と二人の間に遮るものがほとんど無くなってくる。新富士駅から30分近く歩いて、虹子も暑さと疲れで気が朦朧としかけたところで、朋美が叫んだ。
「あれだ、目的地!」
朋美が指差す先、大きな交差点の右向かいに背の低い建物があり。何やら見慣れたロゴが見えた。
虹子「マリーズコーヒーだ!」
朋美「おお。早く、あそこで涼もうぜ」
二人は暑さと疲れを忘れて歩道橋を駆け上がり、インドアのオアシスを目指した。
歩道橋の上からは公園の池が見える。その向こうには晴れ渡る空と富士山。気持ちに余裕があればここで写真タイムとなったかもしれないが、疲労感と暑さで、二人の目にはもはや「マリーズコーヒー」しか映らない。
公園側から入り口に着く、人間の大人ぐらいあるかという真っ白なグレート・ピレニーズが、初老の紳士が座るテラス席の前に寝そべっていた。
虹子「かわいい。あの、触っていいですか?」
紳士「いいよ。びっくりしないように、横から優しくね」
暑さも忘れて巨犬ともふもふする虹子を放って朋美は店内に入った。虹子がようやくドアをくぐると、朋美はすでに荷物を置いて、カウンターで注文していた。「ああ、ごめんごめん」と虹子が謝る。
朋美「いいよ。犬ともふもふする虹子の癖は今に始まったことじゃない」
虹子「えへへ」
朋美「チョコのフワッペでいいよね。もう頼んだ」
虹子「うん、ありがとーショコラ」
朋美「チョコだけにうまいな」
やりとりを聞いた店員さんが、思わずクスクス笑ってしまっていた。ギャグがウケたというより、およそ女の子っぽくない二人の会話がおかしかったのだろう。
しかし、二人の世界に入っている虹子と朋美はそんなこと気にしない。キンキンに冷えたフワッペを受け取って、朋美がチョイスいた席に並んで座る。
目の前にはガラス越しの正面に富士山
左横にはさっきモフモフしたグレート・ピレニーズ
なんて最高なロケーションなんだ・・・虹子は友美に軽くショルダータックルした。朋美がショルダータックルを仕返す。
朋美「試合で戦ったらバチーンだからね」
虹子「朋美、細身に見えて肩筋半端ないからな」
朋美「やかましいわ!」
季節を忘れる涼しい店内、正面に富士山。ほどなくしてグレート・ピレニーズと初老の紳士はテラス席からいなくなってしまったが、ここから離れたくない気持ちになる。
それでも「さっ、次いくぞ」という声と左手に引っ張られる。店員さんたちに手を振って「マリーズコーヒー」を後にした。
しばらく南西に進んでいくと、東海道本線の通る富士駅に着く。南西と言っても今度はまっすぐ道が伸びているわけではないので、碁盤のような道をジグザグと進みながら富士駅を目指す。
朋美もさすがに、何ブロックか進むたびに、立ち止まってスマホのMOOGLE MAPを確認していた。
ようやく富士駅に到着した。さすがに新富士駅ほど大きくはないが、ロータリーの周辺をホテルや高層ビルが囲み、それなりの駅であることを物語る。
このまま東海道線に乗れば浜松方面に行けるが、二人には富士宮焼きそばを食べるという使命がある。まずは身延線で富士宮駅を目指す。
虹子「身延線ってICカードは使えませんてガイドで読んだけど」
朋美「チッチッ、虹子は甘いな。富士駅から西富士宮駅までは使えるんだよ」
虹子「え、そうなの。朋美、詳しいなあ」
朋美「詳しいんじゃなくて、ちゃんと調べたの」
虹子「さすがはマメ人間」
朋美「一寸法師みたい呼び方やめなさい」
富士宮駅は身延線で富士駅から6駅、時間にして18分ほどだ。乗車中にも北上する電車の窓からところどころで、末広がりの富士山を拝むことができる。
二人はまさに神棚を拝むように、窓の外に見える富士山を眺めた。「マリーズコーヒー」の窓越しから1時間近く目にしていたのに、どれだけ見ても飽きない霊峰の魔力に、二人の口数は少なくなっていた。
5駅目の源道寺という駅を過ぎて、富士宮に到着するアナウンスが告げられる。朋美から富士駅のコインロッカーに荷物を置いて行こうと提案された。
虹子はお金が勿体ないし、トレーニングにもなるからそのまま背負っていくと意地を張り、朋美も意地を張った結果、そのままリュックを背負って富士宮を散策することになった。
改札を出て北口を出ると広い歩道橋が伸びていて、駅前のホテルや向かいの建物の前に降りて行けるようになっている。そして建物の合間に、富士山がでんっと構えていた。
朋美から最初に送られたタイムテーブルは富士宮焼きそばを食べるお店のところだけ空欄になっていたが、それが唐銅あかりの実家が営む鉄板焼き屋「あかり」に決まったことで、昨晩のうちにアップデート版が虹子の元に送られてきていた。
虹子「・・・ほんとに一寸法師だ」
朋美「なんか言った?」
虹子「えっ朋美、満月みたいでかわいいな」
朋美「やかましいわ」




