54 虹子のおむすび
道中、二人だとこんなに楽しいものかと虹子は思った。王子駅から京浜東北線に乗り、電車に揺られながら”相棒”の香月朋美と昨日食べたご飯のこととか、川口で一緒に食べたスイーツのことを話している間に、東京駅に到着してしまった。
今回は新富士駅で降りるということで、新幹線でも停車する駅が最も多い「こだま」に乗った。二人旅のメリットは、まず二種類の駅弁を選べられるということだ。
この前は限られた時間でとっさにお手頃価格の「とりごはん弁当」を選んだが、今回は「グランドスター東京」のお弁当コーナーで15分も弁当選びに時間を取って、二つを厳選した。会話のポゼッションは75%朋美だったが。
虹子は朋美に少し華と似た部分を感じることはあるが、計画力と行動力は良くも悪くも、圧倒的に朋美だ。油断するとグイグイ引っ張られてしまう。
最終的に朋美が選んだのは「牛タン塩味噌ミックス弁当」で、虹子は「スペイン産イベリコ豚重」にした。新富士に停車する「こだま」は本数が限られるので、朋美が作ったスケジュールから遅れないように、二人は自由席に飛び乗った。
7月の平日と言っても学期末テストを終えた学生などが多く、車内はそこそこ混んでいる。ようやく二席とも空いている列を見つけて座った。今回は新富士駅までなので海側にした。
さも当然のように窓際を確保した朋美に「ズルい」と虹子がブー垂れると、朋美は「だって〜虹子トイレ近いじゃん」と返してきた。確かに・・・と虹子は思いながらも「余計なお世話じゃ!」と言い返す。
新幹線が発車して30分足らず。あっという間に二つの弁当が空になり、朋美が「もう一個買えば良かったね」と言ってきた。
虹子は待ってましたとばかりに、リュックからおむすびを1つ取り出して朋美に手渡す。朋美は受け取るなり速攻でラップを剥がして、白いおむすびの上半分ぐらいを一気に口に入れる。
「うまっ!甘辛い具が入ってる。これ作ったの虹ママだよね」と朋美が聞いてきたので「あたしだよ」と虹子が返す。朋美は驚いた顔で虹子を見た。
朋美「腕をあげたなって、虹子のおむすび食べたことないけど」
虹子「まあ帰宅部は暇なもんで。母親が仕事でいない時に自炊もしてたからね」
朋美「虹子が食べるんじゃなかったの?」
虹子「朋美はお弁当だけじゃ足りないと思ったから」
朋美「うっうっ、友達思いじゃのお」
虹子「大食い認定してるだけ」
そう言うと、朋美に二の腕をつねられた。「お、なんか硬くなったじゃん」と朋美。そう言えばサッカーを再開してから、体も締まった気がする。
もっとも2週間ほど試験対策の勉強漬けで、筋力は「クライネ」に練習参加した時より少し落ちたことは自覚している。
東海フェスティバルで試合に出るにはしっかりと鍛え直して、同時にアピールしなければいけない。ただ、今日は道中の朋美との時間、そして「クライネ」の仲間たちがセッティングしてくれている城星寮の庭キャンプは、心おきなく楽しむつもりだった。
道中、朋美は紅井沙羅が虹子に会わせろとせがんできたエピソードを虹子に話した。虹子が中学の途中で城北ウイングを辞めて間もない時期で、ごまかしながらやんわり断るのに苦労したそうだ。
今となっては一度サッカーを辞めてしまったことも隠す理由は無いが、それだけ自分に憧れてくれた沙羅に申し訳ない気持ちは虹子にもある。
ちょっとしんみりしかけたところで、朋美が「じゃあ、虹子に教えたこと沙羅に言っちゃおう」とUNITYでメッセージを送り付ける。すると数分も経たないうちに、沙羅から格闘ゲームのキャラクターが烈火の如く怒る姿&飛び蹴りのスタンプが、朋美に送られてきた。
「こええ〜、向こうに行ったら首絞められるわ」
朋美はそう言いながら笑っていた。虹子と朋美を乗せた「こだま」は小田原を経由して静岡県に入り、熱海、三島と停車する。
三島を発車すると「次は新富士、新富士」とアナウンスされた。たわいもない会話をしているうちに1時間と6分の乗車時間はあっという間に過ぎていたのだ。
虹子と朋美は新富士駅が北口からロータリーに出ると、目の前に立ち並ぶ建物の向こう側に富士山が顔を出していた。空は青く晴れ渡り、富士山には雲一つかかっていない。
「おーすげー」
日除けの黄色い帽子をかぶった朋美が子供用にはしゃぐ。まるで大きな幼稚園児のようだ。虹子は朋美ほど素直なリアクションはできないが、頭の中を無数の「すげー」と文字が駆け回っていた。
「じゃあ、行きまっしょい」
そう言って朋美が虹子を先導する。来たことないはずなのに、なんでこんな慣れた様子なんだろうと考えるほど、虹子は朋美に無知ではなかった。
そう、すでに朋美はMOOGLEマップでバーチャル散策済なのだ。計画好きの”相棒”に、虹子は余計なツッコミを入れないで付いて行った。




