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50 また動き出したんだ。

「沙羅が、あたしに憧れていた・・・」


 浜名ウンディーネ・クライネの練習や城星寮でも、そんなそぶりは全く見せなかった。しかし、香月朋美かづきともみによると、その日のうちにUNITYで「あの、朝丘虹子さおかにじこがうちに来た!」と興奮気味のメッセージが送られて来たという。

 そんな沙羅に、無様な姿を見せてしまったかもしれないと虹子は思ったが、それを言うと朋美は即座に否定した。


「確かにブランクがあるのか、ミスも多かったって沙羅は言ってた。だけど、代表キーパーのヒミコからすごいゴールを奪った。フィールドに虹がかかった。やっぱり朝丘虹子だって」


 虹・・・そう言えば、あのゴールが決まった直後に小野乃木桃香おののぎももかもそう言ってた気がする。虹子は少し胸をで下ろした。


 浜名ウンディーネに合格したかどうかは分からないが、少なくともあの場にいる人たちにインパクトを残すができたのだ。


 朋美「だけどさ」

 虹子「・・・うん」

 朋美「先に言って欲しかったな、私には」

 虹子「あっ」

 朋美「別に結果なんて気にしないよ」

 虹子「ごめん」

 朋美「どこで何してようと、虹子は虹子だから」


 朋美の目から、じんわりと涙が浮かんでいた。親友の心を傷付けてしまった事実が虹子の胸をめ付ける。


 しばらく、しんみりタイムになってしまった。とりあえず残りのケーキを食べて、少し冷めかかった紅茶を飲み終わると「アイス食べない?」と朋美が言ってきた。


「二人で一つ。ラブラブじゃん」と言うと、朋美は店員を呼んで、自分が好きなフレーバーを2つチョイスして伝えた。


 1つのアイスクリームを二人で交互に食べながら、虹子はこれまでの経緯をできるだけ事細かに、朋美に話した。


 華の記事を見つけてサッカーを再開しようと思ったこと。

 東京ヤングシスターズのセレクションに落ちたこと。

 それから華とつながって、浜名ウンディーネ・クライネの練習に参加したこと。

 全て包み隠さず打ち明けたのだ。


 朋美「ふ〜ん、もはや橙山華とうやまはな嫉妬しっとしかないわ」

 虹子「も〜悪かったって」

 朋美「私だって相談してくれたら、うちに練習参加のお願いぐらいしたよ」

 虹子「朋美・・・」

 朋美「赤いユニの虹子、ちょっと見たかったかも。離れ離れにならずに済むしさ」

 虹子「そうだね」

 朋美「ま、私が虹子のことを許すのは目の前で虹をかけてくれた時だな」


 そう言いながら、朋美は遠い目をしていた。


 虹子「それって浦和との試合で?」

 朋美「それは絶対にかけさせない。うちは強いぞ」

 虹子「分かってる」

 朋美「ヤングシスターズも負かして、どこより高い壁になって、朝丘虹子に立ちはだかる」

 虹子「あたし、まだ合格してないから」

 朋美「あ、そっか」


 朋美と川口駅前で別れて、虹子はすぐに古賀凌駕こがりょうが風見類かざみるい、そして直接連絡は来ないけど心配しているであろう星野夕輝ほしのゆきにメッセージを送った。


 クライネのUNITYグループにも「2日間、お世話になりました。また会おうね!」と書いて、ピースサインのスタンプを貼る。


 ものの数分もしないうちに美麗やひなぎく、梨恵などからのにぎやかな返信が続いた。


 そして紅井沙羅あかいさらには個別で「朋美に聞いたよ。虹、綺麗だった?」と送ると、すぐ既読になったが、しばらく間があった。


「めっ〜ちゃ綺麗だった」


 沙羅からメッセージに続いて「虹子に憧れてたこと、みんなに内緒で」と付け加えられ、無料スタンプのウサギが右手で内緒の合図をしているスタンプが来た。


 虹子は晴れやかな気持ちで王子駅を降りて、歩いて家に向かう途中でUNITYではなくSNSのメールに新着メッセージが届く。


「朝丘虹子様 貴方は練習参加における厳正な査定の結果、浜名ウンディーネ・クライネの加入が承認されました。詳細は追って御連絡差し上げます」


 テキストを読みながら、虹子は頬をつたう二つの筋を慌ててぬぐった。


 そこから虹子の生活サイクルは目まぐるしいほどに忙しくなった。


 浜名ウンディーネでの挨拶と身体測定

 浜名学芸館の編入テストと諸々の手続き

 部屋の掃除と寮に送る荷物の梱包こんぽう


 そして、これまで通った都内の高校には虹子だけでなく、母親の陽子が直接頭を下げることになった。


 担任の講師は頑張れと言ってくれたが、教頭先生には「虹子くんなら、国公立の難関高も夢ではないのに」と残念がられた。


 虹子は自分の勝手なわがままで、母親に頭を下げさせることを申し訳なく思いながらも、世間体を第一に考える大人たちに、自分の気持ちを理解してほしいとも思わなかった。


 早く新しい環境で、新しい一歩を踏み出したい。

 サッカーがうまくなりたい。

 クライネの仲間たちと、もっと色んな絵をフィールドに描きたい。


 そして女子サッカーを見下し、否定すらしていた自分。現実に向き合えず、挑戦を辞めてしまった自分に対する怒りや憎しみともお別れをする。


「回り道したけれど、また動き出したんだ。あたしのサッカーが」

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