51 ゴムボールとメッセージ
7月の第二週、これまで通っていた高校で最後の学期末テストに虹子は臨んだ。
浜名学芸館への編入が内定してから1週間しかなかったが、虹子は趣味のオンライン将棋や旅情報のチェック、サッカーの動画すらも中断して、ひたすらテスト勉強に励んだ。
赤点を取ると編入が無効になると担任講師から通達されていたが、虹子は難なくクリアした。それどころか、過去に無い最高レベルのスコアで学年の一桁順位に入ったのだ。教頭には再び残念がられた。
浜名学芸館に転校したら最初の学期は9月にスタートするが、浜名ウンディーネ・クライネは7月末の東海フェスティバル、そして8月上旬には夏の大目標であるXVカップに向けて、本格的なチーム強化に入る。
正GKの緋野神子は夏の大会を最後にプロ契約を結び、正式にトップチーム所属になるという。
虹子の諸々の手続きを世話してくれた茶野梨恵によると、エースの紺野巴とキャプテンでディフェンスリーダーの銀谷静は昇格内定が出ても、年内は「クライネ」に残るが、二種登録でトップチームの活動がメインになるだろうとのことだ。
「それと、これはまだ噂段階なのだけど」
そう断りながら、梨恵は高校2年生の橙山華にトップ昇格の話があることを虹子に教えてくれた。
「華にも絶対に言わないでね」
梨恵は念押ししてきたが、なんでそんなことを彼女が知っているのか以上に、この人に秘密は話せないなと虹子は思った。
虹子が静岡に発つ2日前の7月16日、やっとあの6人で集まることができた。もちろん6人の集合場所は新宿中央公園の多目的グラウンドだ。
虹子の17歳の誕生日だったのは偶然だが、集合前に6人それぞれから「誕生日おめでとう」のメッセージをもらっていた。
凌駕の自宅は上中里で、王子にある虹子の自宅とは近所だが、”彼女”の星野夕輝を新宿駅で迎えないといけないとかで、現地まで別行動になった。
前回と同じく、都電から地下鉄に乗り換えるルートで最寄りの西新宿駅に向かう。その間にスマホでUNITYをチェックすると「クライネ」のメンバーたちから多くの”おめでとうメッセージ”が届いていた。
みんなに誕生日を言った覚えは無いが、きっと華が教えてくれたのだろう。あるいは紅井沙羅が香月朋美から聞き出して拡散したか。どっちにしても嬉しいことに変わりはない。
朋美からはメッセージと共に、彼女の好きなアニメのスタンプがギフトになっていた。プレゼントと言う名の押し付け。それでも嬉しい。
そして母親の陽子からもUNITYで「虹子、17回目の誕生日。ありがとう」と書いてあった。
直接言ってくれたらいいのに・・・虹子は思ったが「おめでとう」ではなく「ありがとう」と言ってくるのが陽子の祝い方だ。
だから虹子も陽子の誕生日には「ありがとう」と伝える。だけど、親孝行なんて1つとしてできた覚えが無い。陽子には感謝しかなかった。
そして誕生日のお祝いではないが、いつUNITYを繋げたかもはっきり覚えがない名前からのメッセージが何件かあった。
学校のクラスメート、陸上部の元同僚、そしてバスケ部の誘いを断ってから疎遠になっていた旧友からも。「元気でね」とか「体に気を付けて」とか簡潔なものがほとんどだったが、それでも意外な驚きだった。
陸上部を辞めて以降、授業を受けて家に帰ってを繰り返すだけの空虚な生活だったが、無ではなかったのだ。虹子は電車に寄られながら、それらのメッセージ1つ1つに返信した。
西新宿に着き、中央公園に向かう。前回と違い、この何気ない都会の景色も愛おしく感じるから不思議なものだ。
虹子はこの2週間ほど、早朝1時間ほどのトレーニング以外はボールを触れていなかった。しかし、なぜか前の時より見える世界が広がっていることに気付いた。
今回は男子vs女子ではなく、適当に鳥籠をしたり、ドリブルとパスを織り交ぜながら、久しぶりにゴムボールの感触を楽しんだ。
類「虹子、うまくなったんじゃない?」
凌駕「もともと、虹ねえはうまいんだよ」
賢太「コンタクトなしではボール奪えない」
虹子「シダケンのス・ケ・ベ!」
賢太「え〜〜〜っ」
友紀「ちょっと、はしたないわねっ」
雄斗「まあまあ。虹子ちゃんとの貴重な時間、楽しもっ」
凌駕「シダケン泣くなよ。また会えるって」
賢太「本当?」
虹子「もちろん!」
類「みんなでね〜(笑)」
賢太「だ、誰も二人でなんて言ってねえよ」
凌駕「シダケン、顔真っ赤。わっイテテ」
ウンディーネ合格が通達されてからの3週間あまり、ずっと早くチームに合流したい思いが頭の中を支配していたが、この時ばかりは時間が止まってほしいと虹子は思った。
みんなが大好きだ。
6人で一緒にボールを蹴った後、公園脇のスターロックスでお茶会をした。
「なんか名残惜しいな〜」
言葉を発した虹子に、類が「じゃあ、やっぱりシスターズ受け直す?」とからかわれる。すると夕輝が「ちょっと類、だめよ。試合で叩きのめすんだから」と語気を強めた。
凌駕「わ、おっかね〜」
夕輝「な、何よ・・・」
類「ユキ、虹子との対戦が楽しみって言ってたもんね」
夕輝「ちょっと、そんな言い方してないわよ」
雄斗「まあまあ・・・」
虹子「XVカップ、ヤングシスターズも出るんだよね」
夕輝「もちろんよ、前回の優勝チームなんだから」
賢太「まじか、やっぱすげえなシスターズって。ブルーレッドにも欲しいな女子チーム」
虹子「シダケン、なんかスケベなこと考えてるんでしょ」
賢太「考えてねえよ」
それぞれ頼んだドリンクが空になろうかというタイミングで、雄斗が「虹子ちゃん、お願いがあるんだけど」と言ってスターロックスのプリペイドカードを虹子に渡した。
「6人分のアイスコーヒー買ってきて。いつまた、こうやって集まれるか分からないからさ。もうちょっとだけみんなで話したいなって」
虹子は「うん、いいけど」と言って席を外して、店頭の方に向かった。
「ガムシロとミルクもお願いね〜」
凌駕が伝えると「ガキンチョッ」と虹子は振り向いてベーっと舌を出した。そういう虹子もコーヒーにはガムシロもミルクも入れるタイプだ。
ただのアイスコーヒーと言っても、6人分となるとそれなりに時間はかかる。少し手持ち無沙汰になりながら、虹子はスマホを操作して、UNITYでの過去の5人とのやりとりをチェックしていた。
席に戻ってから、みんながアイスコーヒーを飲み終わるまで、ほんの一瞬にも思えた。そして「そろそろ行くか」と凌駕が言って席を立つ。
6人で店を出て、それぞれのルートで解散というタイミングで雄斗が「せえの〜」っと声をかけると虹子を除く5人がまるで有名なRPGのスライムが合体するように集まって、虹子に向き合った。その中心に凌駕が立つ。
「虹ねえ、サッカー再出発おめでとう!」
そう言ってポーンと投げられたのはさっき一緒に蹴っていたゴムボールだ。地面に落ちないように、虹子は両手のアンダーハンドでボールをキャッチする。
「ヨシッ解散!」
雄斗が号令をかけると、まさしく敵が勇者から逃亡するように目の前から消え去ってしまった。
「なんだ、この胡散臭い放置プレーは」
そう独り言を呟きながら虹子がボールを見ると、6つのメッセージが書いてあった。男子は黒、女子は赤で。このタイミングで泣かせるのかよ、すぐ帰れないじゃん・・・
みんなのメッセージを目にした虹子は、その場に蹲み込んで泣き崩れてしまった。通りすがりのサラリーマンが「大丈夫ですか」と気を遣ってくれた。
「だ、大丈夫です」
虹子は手をあげながら返したが、大丈夫なはずがなかった。
雄斗「虹子ちゃん、いつでもどこでもサッカーを楽しめ!」
類「虹子、また一緒にボール蹴ろうね。最高の出逢いに感謝!」
賢人「浜名の試合観に行くから。BR東京の試合も観にきてくれ」
夕輝「試合では容赦なく負かしに行くわ!ライバル(友)へ」
凌駕「フィールドに虹を描け!」
みんな見てて。あたし、もう絶対にサッカーから逃げないから。




