49 トモミとサラ
「ラマージュ・ショコラティエ」の店内はチョコとケーキの販売もしていて、ショーケースには色とりどりのチョコが並んでいる。
母親の陽子にいくつか買ってあげようかなと考えていると「今日の16時から2名で予約している香月です」と朋美が店員に告げて、やや緊張が走った。
店内はすでに客がテーブルのほとんど閉めて、空いている席にも「Reserved」の表示が置かれている。
朋美、あなどれん・・・
ちょうど窓際に近い席を案内されて座ると、朋美が「今日はおごりじゃ。存分に喰らえ」と、およそ店内の雰囲気に似つかわしくない言葉を言った後で「長旅も疲れたじゃろうて」と言われて、虹子はギョッとした。
虹子「え?」
朋美「あのさ。親友っちゅうものを理解してるのかな、チミは」
虹子「なんで・・・知ってたの?サッカーのこと」
朋美「まあ、うすうすは気付いてたけど、正確には一昨日かな」
虹子「一昨日・・・と言いますと?」
朋美「とりあえずケーキ食べようよ」
朋美はこのお店の売りでもある3フレーバーのアイスが乗ったミルフィーユ、虹子はピスタチオのケーキを注文して、それぞれ紅茶を付けた。
ケーキが運ばれてくるまで、まるで容疑者が刑務所で尋問されているような居心地の悪さだった。朋美はサスペンスドラマで出てくる女警官よろしく、腕を組んで上から目線で虹子を見る。
ほどなくケーキが運ばれてきた。虹子はケーキにフォークを刺して、たぐり寄せたケーキを口に入れる。ピスタチオの独特の風味が口の中に広がって、香りまで味になるような美味しさだった。
だけど、事の真相をはっきりしなければ、心からケーキの味を楽しめそうにない。
「なんで知ったの?」
虹子は改めて朋美に尋ねた。
朋美「浜名ウンディーネに紅井沙羅っているでしょ。髪の赤い」
虹子「あ、うん。サラね」
朋美「あいつ、埼玉の越谷出身でさ。阿波踊りがうまいのなんのって、クククッ」
虹子「いや、早く本題」
朋美「ごめんごめん。あいつ顔立ちは美人なのに性格が男っぽくてさ」
虹子「それ、彼氏いない歴イコール年齢はあたしも一緒だから。で、本題」
朋美「はいはい。実はさ、浦和レッドクイーンズのジュニアユースで、彼女と一緒だったんだ」
虹子「えっ!?」
虹子は一瞬、意味が分からず、とりあえず目の前にある、うまそうな朋美のミルフィーユの上に乗ったアイスをフォークで刺して、口に放り込んだ。
冷たい、でも美味しい。そして目の前で朋美が般若の顔になっている。
朋美「それ、私が一番食べたかったやーつ。1万円よこせ」
虹子「ケーキより高いじゃん」
そう言いながら、虹子は朋美が切り出すのを待つ。少し間を作ってから朋美は口を開いた。
朋美「つまりさ・・・彼女、ユースに上がれなかったんだよ。レインズの」
虹子「そっか。それで浜名に?」
朋美「うん。まあ、うちもユースは狭き門だから。トップはWOリーグの3強だし」
虹子「東京シスターズ、浦和レッドクイーンズ、あと神戸のレオ・・・レオニダス!」
朋美「どこのベルギーチョコだよ。神戸レオナス」
虹子「ああ、そうだレオナス」
そう言って虹子は「クライネ」の練習試合で目の当たりにした紅井沙羅のシュートを思い出す。ファイアボールだか、ファイアブレスだか呼ばれていたが、すごい威力だった。
虹子「あれで昇格できないんだ・・・」
朋美「いや実は、あいつ能力はあるけど、極度のあがり症で」
虹子「ぜんっぜん、そう見えなかった。ゴール決めて、ッシャアとか叫んでたし」
朋美「それ完全に高校デビューというか、静岡デビューだと思う」
虹子「そうなんだ。今じゃ仲間から”サラマンダー”って呼ばれてるのに」
朋美「”サラマンダーって・・・ククッ」
朋美によると、沙羅は小学校の頃から虹子のことを知っていたという。彼女も男子に混じってサッカーをしていて、自分が試合に出られないチームの男子を圧倒する虹子を見て、憧れを抱いていたそうだ。
そこから浦和レッドクイーンズのジュニアユースに合格し、朋美も目を見張る成長で、チームのエースとして期待された。実際に紅白戦では朋美のパスから数えきれないほどのゴールを決めたという。
虹子「それなのに・・・」
朋美「あいつ、本番にめっちゃ弱くてさ。公式戦ノーゴールが続いて」
虹子「続いて・・・」
朋美「付いたあだ名が”浦和の師匠”」
虹子「それはつらいなあ」
朋美「だけど、上に昇格できれないことが分かった日に、あいつ言ったんだ」
虹子「えっ」
朋美「ここから絶対に生まれ変わるって。あの朝丘虹子のように」
「あたしのように・・・」
朋美の言葉を聞いた虹子の脳裏に、ゴールを決めた直後の沙羅の顔が浮かんでいた。




