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48 川口においでよ

 親友である香月朋美かづきともみからのメッセージ。虹子は救いの手にすがるように「空いてる。めっちゃ空いてる。ブラックホールぐらい空いてる」と返す。


 朋美:王子に行くよ。

 虹子:カフェの選択肢が少ないから。コービーコーナーで買って、うちでもいいけど・・・

 朋美:川口に来るかい?

 虹子:行くからゴチして。

 朋美:マイホームだしなあ。珍しくフットワークが軽いけど、何かあった?

 虹子:靴に羽根が生えてさ。ヘルメスみたいに。

 朋美:それなら電車じゃなく飛んでこい。

 朋美:【鳥のスタンプ】


 そういう朋美にもサッカーを再開したことは伝えなければいけない。本当は真っ先に伝えるべき友人だ。すぐに伝えるつもりだったのが、いつの間にか1ヶ月近く経っていた。


 あと3日で7月か・・・虹子がそう思うのとほぼ同時に、家の外で雨の音が聞こえてきた。


 浜名ウンディーネからの合否はまだ通達されていない。紅白戦の後に室崎むろさきかぐら監督、棚橋たなはし強化・育成部長、トップチームの倉田由美くらたゆみ監督から、それぞれ何か声をかけられたが、虹子はよく覚えていなかった。


 自分が今やれる全てを出して、負けたことが情けなくて悔しかった。そして東京ヤングシスターズのセレクションに落ちた後、一時でも諦めかけたこと。真剣に向き合ったからこそ、自分の心の弱さが許せなかったのだ。


 学校が終わって都電で自宅に戻ると、珍しくジャージ以外の私服を着た。そうは言っても母親の陽子が「虹ちゃんも女の子なんだから、たまにはこういうの着なさい」と言って、お正月の福袋に入っていた半袖のワイシャツとキュロットを押し付けられただけだが。


 陽子が郵便局の仕事から帰ってくる前に、そさくさを家を出て王子駅に向かい、そこから京浜東北線に乗った。


 朋美と遊ぶのはほとんど池袋だった。しかも虹子の要望で、都電の東池袋から近いサンシャイン・シティでスイーツを食べたり、水族館でアシカショーを見るのが定番になっていた。


 たまにアニメショップにも行かされるのだが、虹子は1分とたたずにきてしまい、先に出てサンシャイン・シティのカフェで朋美を待つこともあった。


 川口に行ったのは赤羽岩淵から荒川の橋を越えて、反対側に行ったぐらい。お互いの高校合格を祝う目的で、ちょうど桜のシーズンに川沿いの桜堤緑地で待ち合わせた。レジャーシートを敷いてお昼を食べながら、ジュースで乾杯した後に新荒川大橋を渡ったのだ。


 今回はスイーツの店に行くというので、王子駅から京浜東北線で浦和方面に4駅のJR川口駅で待ち合わせた。白いスウェットにカーキのロングパンツで現れた朋美は「あれ、珍しくお洒落してるじゃん」と虹子をからかってきた。


 確かにいつもは朋美の方がストリート系のファッションでビシッと決めているのだが、地元の散歩だからかラフで、なんだか逆転したようにすら感じる。


 朋美「だけど、ほとんどスッピンなのは相変わらずだね。十分に可愛いけど」

 虹子「からかうなよ」

 朋美「だけど、日焼けには気をつけた方がいいぞ」


「日焼け・・・」


 あまり気にしていなかったが、朝歯を磨く時に洗面台の鏡の前に立って、少し浅黒くなっていることに気が付いた。


 2日間の練習の朝、出がけに日焼け止めだけは華が塗ってくれたが、野外が基本のサッカーをやっていて100%カットすることはまず不可能だ。とにかく虹子は朋美にサッカーのことを話すと決めて家を出てきた。隠す理由は無い。


 虹子「・・・あのさ」

 朋美「なんだい?」

 虹子「やっぱりカフェで話す」


 かつては”だ埼玉”などという有り難くない呼び名もあった埼玉県だが、高校や大学も増えて、単なる東京のベッドタウンではなくなってきている。その中でも川口市の開発速度は凄まじく、お洒落なカフェの増加はその象徴ともいえる。


 朋美は行きつけだという「ラマージュ・ショコラティエ」というフランス洋菓子系列のカフェに虹子を連れて行った。本当にパリのシャンゼリゼー通りにでもありそうな店構えだ。


 もちろん虹子はパリなど行ったことはないが、旅行雑誌やウェブサイトでなんちゃって旅行をするのが、帰宅部になってからの日常だった。しかし、一人で浜名湖まで遠征したことで、少し変わってきているのかもしれない。


「RAMAGE」はフランス語で唐草からくさ模様の意味だが、朋美によると「小鳥のさえずり」という意味もあるらしい。


「そんなのどこで覚えたの?」


 虹子が聞くと「店員さんが教えてくれた」と即答してきた。こういうところでウンチクを言う割に、変に通ぶらないのが朋美の魅力の1つだと虹子は思っている。


 とにかく居心地の良い関係だ。朋美にとってはどうなんだろうか・・・と一瞬考えたが、余計な考えは頭の脇に追いやった。


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