45 ビッグチャンス
飲水タイムを挟んで、30分ハーフの後半がキックオフした。
白組はセカンドトップに下がったマゼンタ・ガビルのキープ力を頼りに、全体を押し上げる。そして左右からのクロスに白波唯とマゼンタが合わせるという形は荻野目葵と銀谷静にも厳しい対応を迫った。
唯の強烈なヘディングシュートがゴールの右下を襲うが、神子がビッグセーブで切り抜ける。まさしく”神子”の名前にふさわしいビッグセーブで赤組を救った。
「みんなだらしないよぞ。そんなことじゃ本当にポジション奪われるぞ!」
守護神の叱咤激励に火をつけられたのか、赤組は後ろのパス回しから白組のディフェンスをいなし、立て続けにチャンスを作った。
虹子も懸命に華のマークをするが、徐々に距離を取られるようになってきた。純粋に華のポジジョンとりが巧妙で、付きにくいこともあるが、虹子は忍び寄る体力の不安を感じ始めていた。
「トモエっ!」
中盤で虹子のマークを外した華が、トップの紺野巴との見事なワンツーから、白組センターバックの本城あずさと千草沙織の間に潜り込んで、右足のインサイドキックでキーパーの与謝野楓の脇を破った。
ゴールネットが揺れた瞬間に紅組から歓喜が起きたが、副審を務める波田コーチがフラッグを上げると、主審の荒木良子コーチが「ピーッ」と大きく笛を吹いて、オフサイドのジェスチャーをした。
完璧に崩された。その原因が自分にあることを虹子は認めざるを得なかった。交代メンバーがFWの桃香とキーパーのシアン・マイヤーしかいない。
このまま虹子が出続けることは規定路線だが、公式戦であれば監督によって交代を告げられるだろう。不意にネガティブなイメージが虹子の頭の中を支配しそうになっていた。
アウトオブボールになったところで、梨恵がレフェリーの荒木コーチに何かを告げにいく。そしてキーパーの楓を除くメンバーを集めた。
「琥珀、ボランチに入って華を見て。奈々美は左サイドバック。虹子は左サイドに回って。あとガビは下がりすぎなくていい。金ちゃん、中盤のボール回収よろしく」
リスタートの間際、梨恵が大声で素早く白組のメンバーに指示を出す。琥珀はボランチできたんだ・・・と感心している場合ではない。
左サイドが楽なわけではないだろうが、確かにこのままボランチのポジションにいても、守備でチームのお荷物になるだけだ。
とにかく左サイドハーフのポジションで、できることに集中しないといけない。マッチアップするのは右サイドバックの黒木千尋だ。長い黒髪を後ろで束ねた千尋が「よろしくっ」と右手をあげながら、声をかけてきた。
赤組の中ではあまり絡めていないが、ここまでディフェンスとビルドアップが安定している印象だ。ただ、左の黄宮ひなぎくほどのスピードは無さそうだし、ここまでダイナミックな攻め上がりは見られない。
虹子はできるだけ高めのポジションをキープして、攻撃に絡んでいくイメージをしてピッチに戻った。試合再開の笛がなる。
梨恵による配置変更はかなり効果的だった。左から攻め上がるひなぎくを藤野紗季が粘り強くマークする。虹子に代わりボランチに入った秋野琥珀が華をマンマーク気味に封じた。
そして金美麗は豊富な運動量を発揮し、赤組のボランチコンビである蝶野さくらと唐銅あかりの二人を精力的にチェックする。その活動量は凄まじかった。
技術レベルは白組でも最も落ちるが、運動量で美麗に対抗できるのは「クライネ 」全体でも、ひなぎくぐらいか。
その黄宮ひなぎくには藤野紗季が粘り強く付いて、高い位置でボールを持たせない。これにより左ウインガーの紅井沙羅も、同サイドの高い位置でボールを持てなくなると、イライラした態度を取り始めた。
ボランチのさくらから、やや苦し紛れに出てきたボールをめぐり、先に触った茶野梨恵をアフターで倒すと、主審の荒木良子コーチがファウルの笛を吹き、沙羅にイエローを提示した。
沙羅「ああ、こんちくしょー」
良子「沙羅、暴言を吐いたら退場にするわよ」
巴「沙羅、落ち着いて」
沙羅「あークソッ」
巴「ほらほらっ」
巴が後ろから沙羅の両肩を揉んで、気持ちを落ち着かせた。白組のリズムが良くなったことで、虹子も守備の負担が明らかに減り、攻撃でボールに絡めるようになった。
虹子と対面する黒木千尋のチェックは的確だが、虹子の普通の右利きとは異なるボールの持ち方に対する困惑が見られる。
本職のサイドアタッカーというのは良くも悪くもボールを持った時の型がはっきりしやすい。ほぼ両利きな上に、インサイドがメインの虹子は、サイドのスペシャリストである千尋からすると対応に慣れない相手だったのだ。
この状況を利用しない手はない。虹子は2トップになった白波唯とマゼンタが、赤組のセンターバックと完全なマッチアップの関係になっているのを見逃さなかった。
中盤で金美麗がこぼれ球を拾う直前、虹子は後ろ手で、左サイドバックの東雲奈々美にサインを送る。正直、ぶっつけ本番で気付いてくれるか確信は無かったが、虹子のイメージはクリアになっていた。
「ミリョ!」
虹子は千尋と対面したまま右手でパスを呼ぶ。それに応じて出てきたパスは理想的な場所からややズレていた。だけど、ここはこれで十分だ。
虹子は後ろに下がりながらボールを何とかコントロールすると、内側から追い越す奈々美にボールを送る。虹子は無理な体勢のパスで、勢い余って転倒したが、奈々美はインナーラップで駆け上がった。この動きには赤組の右サイドハーフ原川陽縁も付いて来られない。
「ミリョ、走れーッ!」
金美麗の走り出すタイミングは虹子のイメージから少し遅れていた。しかし、赤組ボランチの蝶野さくらを引き付けるには十分だった。
一瞬だが、赤組のゴール前の局面は4対3になった。直前まで攻撃に出ていたボランチの唐銅あかり、そして虹子に対面していた黒木千尋の戻りも間に合わない。
東雲奈々美がタイミングよくボックス内の左寄りにパスを送り込むと、白波唯がノートラップで左足を振り抜いた。




