44 完璧な狙い
最初の飲水タイムまで、残り時間はほとんど主力組である赤組のペースだった。とにかくパス回しが正確で、テンポが早い。
「ほい、華ぽん!」
左サイドバックの黄宮ひなぎくからトップ下の橙山華に斜めのパスが通る。虹子がカットに行くが、ファーストタッチで外側を追い越す蝶野さくらに通されてしまった。
「しまった!」
虹子がそう思った瞬間にセンターバックの本城あずきがとっさにフォアチェックしたが、ボールには触れずアフターチャージになってしまった。
さくら「っつう!」
あずき「さくらさん、すんません」
さくらが右手を上げて問題ないジェスチャーをしたが、レフェリーの荒木良子コーチがイエローカードを提示した。
虹子はあずきにごめんのポーズを取った。あずきは笑顔で応えてくれたが、この時間帯にセンターバックがカードをもらうことの意味は、しばらくさサッカーから遠ざかっていた虹子もよく分かっていた。
振る舞いはいい加減に見えるひなぎくも、基本技術の高さはさすがU−16の代表選手だ。ひなぎくの運動能力は陸上のトップアスリートにも見紛える。虹子の目測としては、高校で所属していた陸上部の短距離代表選手より速く、しかも持続力は驚異的だった。
なんで、そんな選手が女子サッカーを・・・と一人に感心している場合ではない。少し遠目の位置からのFKはファウルしたあずきが、センターバックから攻撃参加した荻野目蒼と競合いながら、なんとか跳ね返す。
セカンドボールを虹子が拾うと、素早く右足で外に張るマゼンタに付けようとするが、キックが狙いとズレてしまい、サイドラインを割った。マゼンタがサムアップすると虹子は手をあげて返した。
赤組はそれぞれがベースの高さに加えて、強力な武器を持っている。その中でも橙山華の技術は別格だ。
4ー2ー3ー1と4ー4ー2の関係上、トップ下の華を白組のボランチ二人がマークしにくいというのもあるが、ワンタッチでガラリとリズムを変えられるので、その度に白組の守備が後手に回ってしまう。
水を摂りながら、白組のリーダー格である茶野梨恵の提案で、小野乃木桃香の守備時のポジションを少し下げて、ボランチの蝶野さくらをチェックする形に変えることになった。
スタートポジションはかぐら監督から4ー4ー2に決められているが、試合中の立ち位置やどう動くかは選手の自由だ。これで金美麗が右ボランチの唐銅あかり、そして虹子がトップ下の華をマンツーマン気味にチェックすることになる。
「ガビ、ちょっと大変になるけど蒼と静のチェック頼む」
茶野梨恵が伝えると、マゼンタは真剣な表情で「オッケー」と返した。ナイジェリア人のハーフであるマゼンタは黒髪のエクステンションが特徴的だが、青と赤のゴムの髪留めを所々に付けている。
虹子の目がマゼンタに合うと「ユー、もっと私を信じてボール出して」と伝えてきた。
虹子「分かった」
マゼンタ「あと桃香をもっと生かして」
虹子「えっ」
マゼンタ「簡単に言うとミーは長いパス、桃香は短いパスが得意」
「そうだよ、ガビたんの言う通りだよ〜」
桃香がマゼンタの指摘に頷いていた。幼児のようなあどけない童顔は相変わらずだが、表情は試合モードになっている。
梨恵「蒼は体が強くて足も速いけど、一瞬だけ甘くなるところがある。逆に静はタイトで粘り強いけど、足はそんなに速くない」
虹子「なるほど」
梨恵「虹子はそこをイメージして。美麗はボールを奪って、とにかくシンプルに」
美麗「え〜、なんかずるい」
琥珀「金ちゃんは技術が足りないから」
美麗「ストレートに言うな。アンバーだって人のこと言えないでしょ〜」
琥珀「アンバー言うな!」
梨恵「こらこら、とにかく絶対に前半で追い付くよ」
オオッ!
全体で叫びながら戻る。梨恵の指示通り、守備の形を変えたことで、赤組にも易々とはボールを回されなくなった。ただ、前からの守備でハメに行かないことで、ボール奪取の狙いどころが深めになるのは否めなかった。
再開から10分が経過し、前半も残り5分を残す時間帯。白組にチャンスが来た。
本城あずきが原川陽縁のクロスボールを跳ね返すと、セカンドボールを金美麗が拾う。虹子は試合のテンポに慣れて、ボールを持つ前に周りを見る余裕ができていた。
前方でマゼンタが目に入る。美麗が梨恵の指示通り、シンプルなパスを虹子に通すと、虹子は華のチェックをファーストタッチからのターンでプレスを外した。
「行ける!」
虹子の右足がインステップでボールを捉える。それと同時にマゼンタが縦に走り、一瞬でセンターバックの銀谷静の裏に出る。ワンバウンドしたボールをマゼンタは右足でコントロールしたが、やや外側に跳ねた。
それでもマゼンタが驚異的な身体能力で強引にキープすると、中央にボールを折り返す。そこに桃香が荻野目蒼よりも一瞬早く動き出した。
ノートラップのシュートに、とっさに前方へ反応する神子の動きを嘲笑うかのように、頭上をチップキックが神子の頭上を越えてゴールに吸い込まれた。
「やった〜!!」
その場で両拳を突き上げる桃香をマゼンタが、奈々美が、紗季が、そして少し遅れて駆け上がった美麗が囲む。揉みクシャになりながら、桃香が虹子に向かって手を振る。
「やったね。完璧な狙いだった」
梨恵が近寄ると、少し遠慮がちに手を振り返る虹子に言った。
そうだ、イメージは完璧だった。だけど、ボールが外回転だったから、マゼンタのコントロールを難しくしたことは蹴った虹子が一番理解していた。
それでも白組の全員で勝ち取った1ゴールだ。戻ってきた美麗と右手でハイタッチをかわした。スタッフの評価は分からない。だけど・・・
「あたし、このゲームを楽しめている。また、サッカーを楽しめている」
赤組の反撃は激しかったが、キーパー与謝野楓によるビッグセーブに助けられて、1−1のままハーフタイムになった。
ピッチ脇のベンチに戻るなり、梨恵が「唯、後半から行くよ。アップはできてる?」と聞く。
白波唯は「もちろん」と答えると、中学3年生であることを忘れさせる太々(ふてぶて)しいまでの面構えで返しながら、準備運動のポーズを取った。
虹子はとにかく前半の疲労を少しでも回復するために、ベンチに備えてあったアイスバックで脚部の冷却に努める。
しばらくして梨恵が後半の戦い方の説明を始めた。彼女トレーナーを目指すって言ってたけど、監督を目指した方がいいんじゃ・・・虹子のそんな考えをよそに、梨恵はプランを白組のみんなに伝えた。
小野乃木桃香に代わって入る白波唯が1トップになり、マゼンタがその後ろに。守備のオーガナイズは変わらないが、紅組が何か変化を加えてきたら、すぐ対応できるように確認した。
虹子は唯の投入はともかく、桃香をここで下げてしまうのは勿体いない気がした。その様子を察したのか、梨恵が「この紅白戦は交代フリーだから。桃香は後からまた入れる」と説明してくれた。
そう言われて虹子は目をキョロキョロさせて桃香を探したが、そこに桃香はいなかった。
梨恵「桃香、トイレよ。飲水前に行きたいって合図してきたから」
虹子「交代の理由はそれかい!」




