43 フラッシュバック
藤野紗季が右サイドから反対側の左コーナーに向かう。虹子は紗季のことをあまり知らなかったが、寮での食事中は確か、佐野梨恵と同じくメガネをかけていた。藤色の髪を後ろで束ねた紗季は仲間たちに左の人差し指で1のサインを送る。
白組は梨恵を主体に、短い時間でセットプレーのサインだけ、いくつか決めていた。もっともトリッキーなデザインなどは含まれていない。1はニア寄りを狙うという意味だ。
ゴール前には長身のマゼンタ・ガビル、そしてセンターバックの本城あずきと千草沙織、そして165cmほどありそうな金美麗が構える。小柄な小野乃木桃香はキーパー緋野神子の少し前に立った。
虹子は東雲奈々美とともに、ペナルティエリアのすぐ手前に構える。そしてカウンター要員として前目に残る紅井沙羅を茶野梨恵と月野琥珀でマークする。赤組は175cmはあろうかという荻野目蒼が、白組で最長身のマゼンタをゴール中央でマークしていた。
紗季の左足キックがストーン役の黄宮ひなぎくを越えてゴール脇を襲う。本城あずきが原川陽縁に厳しく付かれながらもヘッドでファーサイドに折り返す。そのボールをマゼンタが押し込もうとするが、蒼が体を投げ出してクリアした。
クリア、小さい・・・
ボールは測ったかのように虹子のもとへ飛んできた。気がつくと虹子の体は自然に動いていた。
その瞬間、小学校の時に決めたゴールがフラッシュバックする。あの時と全く同じシチュエーションだ。
「行ける!」
左足ボレーで捉えたボールは縦回転をしながら、美しいアーチを描く。ブロックに来た華の左上を抜けた弾道をキーパーの神子も見送るしかなかった。
完璧なタイミング、完璧な狙い。イメージが体の動きと完全にシンクロしていた。
バンッ!
無情にもクロスバーを叩く乾いた音がフィールドに響き渡った。そしてゴールラインの手前に落ちたボールを神子が、ガッチリとホールドして亀になる。赤組も白組も無く、グラウンドにいた誰もが息を飲んだ。
「おっし〜!」
ゴール前のあずきが叫ぶ。やはりイメージができていても、今の技術では決められない。肩を落としかけた虹子に「ヒューっ、やるじゃん!さすがはモーニングヒル」と声をかけたのは金美麗だった。
「サンキュ、金ちゃん!モーニングヒル関係ないけど」
それから白組のメンバーが帰陣しながら、虹子に合図を送ったり、拍手をしてくれた。
「これが・・・仲間」
ジュニア時代、城北ウイングで虹子はいつもチームの中心にいた。しかし、子供ながらに仲間たちとの信頼関係でつながっていたことを思い出した。
これで最初のミスを払拭できたわけではない。しかし、体の中にあるネガティブなものを取り除くことはできた。そして仲間の信頼も。
華の方を見ると、もう虹子のことを心配する姿はそこには無かった。今、華は仲間じゃない。相手の危険なトップ下だ。虹子は気持ちを守備に切り替える。
赤組の神子が右ワイドにロングキックを送ると、原川陽縁が秋野琥珀のマークを外しながら、ヘッドで中央に折り返す。素早く拾ったボランチの唐銅あかりから蝶野さくらを経由して、ものの数秒で、左サイドの紅井沙羅がボールを受けた。
「ッシャア!」
気合の声とともに、ワンバウンドのファーストコントロールから鋭いドリブルを見せた沙羅は茶野梨恵をインに破って、右足でシュートモーションに入る。
本城あずきがブロックに来たところで動作を止めて外すと、一瞬でインサイドにボールを持ち出した。ダイナミックなカットインとは裏腹に、沙羅はコンパクトなフォームから右足でボールを捉える。
「来た、ファイアボール!」
赤組の誰かが叫んだ瞬間、虹子の投げ出した左足にボールが当たった。
梨恵、あずきを破る流れで、虹子には沙羅のイメージが何となく読めていたのだ。ボールに当てた左足がジンジンとして動けなかったが、フォローにきた金美麗が素早くセカンドボールを拾う。
そこからカウンターの縦パスを小野乃木桃香に通そうとするが、ボールは大きく桃香の頭上を越えて、ゴール左のラインを割った。
「あっちゃ〜」
両手で顔を押さえる美麗に「ミリョ、ナイス狙い。技術以外は完璧!」と琥珀がポジティブなのかネガティブなのか分からない声で激励した。
虹子は白組のメンバーのことが少しずつ分かってきた。一人ひとりに個性も特長もある。それでも「クライネ」の主力が揃う赤組との明らかなベースの差は、すでに虹子も感じていた。




