46 仲間の声
「決まった!」
虹子がガッツポーズしかけた瞬間に、キーパー緋野神子の右手の指先がボールに触り、やや外に軌道が変わった白波唯のシュートは左ポストを直撃した。
まだボールは死んでいない。行かなきゃ・・・
虹子がそう思った瞬間、いち早くリバウンドに反応したマゼンタが飛び込んでボールを捉えた。しかし、至近距離のシュートはクロスバーを越えて、ゴールの後方でバウンドした。
「あ”ああああああぁっ!!!」
マゼンタの絶叫が響き渡る。その前のシュートを決められなかった白波唯もピッチを右拳で叩いて悔しがる。このタイミングで3回目の飲水タイムとなった。
「ミーのせいだ。ごめん」
ベンチに帰るなりマゼンタがみんなに謝ったが、誰も責める者はいなかった。梨恵がマゼンタの背中を刺すって「大丈夫、大丈夫」と慰める。
梨恵「桃香、行ける?」
桃香「モーマンタイだよ」
美麗「それを言うならケンチャナヨでしょ」
梨恵「あと、シアン」
シアン「え?」
梨恵はシアンを呼び寄せると、何やら耳打ちしていた。キーパーのバックアップとして控えるシアンは、もし相手側の緋野神子に何かあれば向こうのゴールマウスに立つことになっていた。だが、基本的には白組のメンバーだ。梨恵が何を伝えたのか虹子には分からなかった。
「よし、勢いはこっちにある。前向きに行こう」
梨恵がみんなに呼びかける。そして虹子を見て言った。
梨恵「虹子、まだ行ける?」
虹子「おかげさまで」
梨恵「相手は小春が出てくる。体力は高校生に及ばないけど、センスは抜群だから」
虹子「ポジションは?」
梨恵「ひなぎくがそろそろ限界・・・無いわね」
赤組のベンチを見ると、飲水前には完全にへたれていたひなぎくが、リスタートの笛も吹かれていないのに、仔犬のように走り回っていた。
「バナナドリンクを飲んだのね」
梨恵が半ばあきれた声で言う。ただ、中学生の梅田小春は気合いノリノリで、タッチラインの前で用意していた。
白組はマゼンタに代わり、桃香が再び前線に入る。白波唯と小野乃木桃香のコンビ、ターゲットマンというより動き出しで勝負するストライカータイプの組み合わせがどう機能するのか。
虹子には分からないが、赤組も疲労が出てきており、面白そうなコンビだとは想像が付いた。
赤組の方は右サイドハーフだった原川陽縁が下がって、代わりに梅田小春が入る。キャプテンの銀谷静がレフェリーの荒木コーチに何かを確認していた。
「システム、変えてくるかもしれない」
梨恵が白組に伝える。紅白戦もトレーニングの一環なので、流れの中での立ち位置は自由だが、基本の配置やスタートポジションを変える場合はキャプテンがコーチに確認して、許可をもらうことになっていたのだ。
赤組のスタートのポジションを見ると、3バックか。黒木千尋がセンターバックの二人と一緒に並び、左のひなぎくが最初から高いポジションを取る。新しく入った小春が右のウイングバックに。そして紅井沙羅が紺野巴と2トップになった。そして2トップのすぐ後ろに橙山華が構える。
「赤組は3ー4ー1ー2だよ!」
梨恵が右サイドバックの位置から、白組の全員に聞こえるように叫んだ。4ー4ー2で、この形にどう対応したら良いのか虹子には分からなかった。
ジュニア年代の試合は基本8人制だった。中学生になってからも11人のチーム戦術を本格的に習う前に辞めてしまった虹子が、いきなり対応するには難易度が高すぎた。
赤組ボールでスタートの笛が吹かれると、虹子は3バック右の黒木千尋をチェックすれば良いのか、アウトサイドの梅田小春をチェックすれば良いのか分からない。しかも、両方の選手を追い回す体力は残されていない。
虹子のチェックが中途半端になっている状況を、実戦慣れしている赤組のメンバーが見逃すはずも無かった。ボランチの唐銅あかりを経由して、虹子の背後でボールを受けた小春が斜めにボールを運び、その瞬間に動き出した華とワンツーを完成させる。
ペナ角でボールを受けた小春がワンタッチで浮き球のパスを送ると、本城あずきのマークを引き付けた紺野巴の頭上を越えたボールを、紅井沙羅が豪快なジャンピングボレーで捉える。
弾丸のようなボールがゴールネットに深々と突き刺さった。
沙羅「っしゃああああ!!!」
ひなぎく「出た、フライングブレス!」
華「ナイス沙羅!」
さくら「サラマンダー!」
沙羅「こんなもんよぉ!」
その光景を見ながら呆然とする虹子に、梨恵が素早く寄ってきて「ごめん」と言ってきた。
謝るのはあたしの方だ・・・
虹子は思ったが、梨恵は「悪いのは虹子じゃない。小春のマークを奈々美にしっかりさせるべきだった」とフォローした。
「とにかく切り替えよう!残り10分、まずは追いつくよ」
梨恵の声に対して、元気に反応するメンバーはいなかった。元気印の金美麗までが下を向いていた。しかし、意外なところからの「白組、諦めるなー!」という声にみんなが驚いて、ベンチの方を見た。
マゼンタとシアンだ。長身の二人が並ぶと遠目からでも迫力がある。彼女たちの声に伝播されたように「まだ行けるぞ。後ろは私が守り抜く。追い付くぞ!」とキーパーの与謝野楓が叫んだ。
虹子の体力はほとんど残されていない。しかし、仲間たちの声に気持ちは奮い立っていた。




